★ 砂糖菓子みたいな想いを、君に

 水曜日は定休日で俺もお休み。まだ冷え込みがきついけど、空は気持ちのいい晴れ。

 レースカーテン越しでも日差しの暖かさがわかる。


「パキ太、いい天気だね」


 部屋着のまま、パキラの鉢植えに話しかける。

 実家なら姉さん達に笑われるだろうけど、幸いにも一人暮らし。観葉植物に話しかけても問題ない。


「ガジュ美も、そろそろ水足しとこうね」


 パキラのパキ太に、ガジュマルのガジュ美。働き始めた頃からうちにきて、部屋で一番日当たりのいい窓辺でいつも俺を待っててくれる。

 日々の変化はほぼないけれど、手のひらに隠れそうな苗木が、いつの間にか抱えるくらいに大きくなった。


 水を用意して戻ると、飾り棚のチョコに目がいって、ついにやけてしまう。


「ねえ、あのチョコってさ。やっぱりバレンタインかな。それとも、ただのお礼?」


 もらったチョコは、飾り棚の一番目立つところに置いてある。

 もらえるなんて思ってなかったし、もう見てるだけで胸がいっぱいで、しばらく食べられそうもない。


「わざわざ会いに来てくれたんだよ! 仕事中じゃなかったらごはん誘いたかったなぁ」


 細口のジョウロで水をやりながら、木曜日の夜に想いを馳せる。


 閉店したあとだから、俺に会うためだけに来てくれたのは間違いない。急いだんだけどな。もっと早く仕事を終わらせてれば……。


 今頃、会社に着いたあたりかな? 暇があると、つい野乃花さんのことを考えてしまう。


「それにしても、なんで前日だったんだろう? ――まさかっ、当日はデートだったり……?」


 元々、バレンタイン当日の予定は聞かれなかった。と、いうことは、野乃花さんになにか予定があった可能性が高い。


 売り場を見に行った、って言ってた。


「本命チョコ……、誰かにあげたのかな」


 当たり前だけど、パキ太もガジュ美もなにも答えてくれない。


 うわ。ダメだ。凹む。

 チョコをもらってからまだ一週間も経ってない。渡すところが余計、リアルに想像できてしまって、それだけで胸が痛い。


「やめやめっ! 考えても仕方ないよね」


 少なくとも、チョコをくれたってことは『その他大勢』ではないはずなんだから。

 さっさと着替えて、お返しでも見に行こう。




 爽やかな水色に白のハートのポップ。

 チョコレートに偏った印象のバレンタインに比べて、ホワイトデーは置かれている商品も多彩だ。


 チョコ専門ショコラティエじゃないし、こっちのほうが得意分野。


 店のホワイトデー向けでよく出るのは、チョコ系のお菓子やクッキー、ギモーブあたりだったかな?

 ……自分でつくっちゃう? いや、さすがに重いか。


 ホワイトデーまではまだ三週間以上ある。今日は、下見だけして……。

 ふっ、と、キャンディ屋の掲示が目を横切る。


 ホワイトデー、お返しのお菓子の持つ意味……?


 上の方のキャンディや金平糖、マカロンの横には、甘い言葉が並び、下の方へいくに従ってお断りの意味が強くなっていく。


 クッキーは、『友達でいましょう』で、チョコは『気持ちをお返しします』

 マシュマロは、『あなたのことが嫌いです※諸説ありり』、グミも『あなたのことが嫌いです』


 ……いやいやいや!

 価格帯とか、手間暇とかあるよね……!?


 あきらかに本命っぽい、めちゃくちゃ手の込んだクッキー缶でも……?

 チョコの入った菓子は……?


 意味のないやつもあるみたいだけど、ギモーブをマシュマロに間違えられたりしたら大事故だよ!?


 職場みせのラインナップだと、マドレーヌかバウムクーヘンならまだセーフ、かな。

 けど、絶対に意味を込めて買ってない人も多いはず。


 きっと野乃花さんは、お返しに熱烈な意味を込めても気づいてくれない。

 でも、逆に変な意味はしっかり受け取りそうなんだよなぁ。


 目をきらきらさせて『二ノ宮くんとはずっと友達だよ』なんていう姿が目に浮かぶ。


 俺が作るなら、マカロンかカップケーキかなぁ。

 買うなら、キャンディか金平糖……?


『あなたは特別な人』『あなたが好き』なんて言葉を見てると、つい真剣に考え込んでしまう。

 さすがに飾りはしないだろうけど、日持ちを考えるとカップケーキよりマカロン。マカロンよりもキャンディや金平糖かな。


 俺がチョコをみるたび、野乃花さんのことばかり考えてるみたいに、野乃花さんも俺のこと思い出してくれないかな……なんて。


 飴の専門店だけあって、ショーケースには可愛い色合いの飴や金平糖がたくさん並んでる。大きさも大小様々で、瓶詰めの小さな金平糖は数色を組み合わせて雰囲気に合うラベルが貼ってある。

 あ。これ、野乃花さんが手品でよく使う、花みたいな色……。


 だめだ。……完全に、商戦にハマってる。


 ばかだなぁ、と苦笑して、キャンディ屋をあとにする。

 きっと野乃花さんは何を贈っても、笑顔で『ありがとう』って受け取ってくれる。


 けど、それで満足していたら、このまま一生、友人か弟分のままだ。


 そこからもう一歩、関係を進めたい。野乃花さんの特別になりたい。

 ヒーローや騎士ならともかく、『守ってでも、ずっと一緒にいたい人』はどう目指せばいいかもわからないけど。


 ただ待っていたら、野乃花さんがほかの誰かと最後の恋をしちゃうかもしれない。

 『もう独りでいいや』って、俺のこと見ないままかもしれない。


 もう逃げない。期待して待つだけはもうやめる。

 言ってしまえば、今の幸せはなくなってしまうかもしれないけれど。


 ちゃんと伝える。


『野乃花さんのことが好き。俺と付き合って』って。

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