☆ ときにはブラックコーヒーを
「野乃花さんっ!」
ぱあっと、嬉しそうな顔をして、人の波の向こうから二ノ宮くんが手を振ってくれる。
改札前や駅前広場には、誰かを待つふわふわした期待感がただよっているみたい。
「ごめんね。待たせちゃった?」
「ううん、ぜんぜんっ! 来てくれてありがとう。
無理言ってごめんね」
金曜日の仕事終わり。まして、今日はホワイトデー。
仕事を理由にしばらく距離をとるつもりだった。それなのに、『どうしても、今日がいい』なんて珍しいことを言うから。
魔法のことは不安だけど、条件付きで会うことにした。
「本当はゆっくりごはんでもって思ったんだけど、時間ないならカフェでもいい?」
「うん、大丈夫」
本当は予定なんてない。
短時間で切り上げて帰れば、この前みたいに魔法があふれてしまうこともないはず。
「野乃花さん、こっち」
案内されたのは、駅からほど近いカフェ。
ナチュラルテイストの可愛いお店で、そこここに観葉植物が置かれている。コーヒーの良い香りと温かなぬくもりにほっと息を吐く。
「カフェラテでいい?」
「オリジナルブレンドにしようかな」
黒板の手描きイラスト付きのメニューから、いつも飲んでいるカフェラテじゃなくて、コーヒーを選ぶ。
「珍しいね? 他にも頼む?」
意外そうな顔に苦笑して、首を横に降る。
ショーケースに並ぶ、アメリカンな雰囲気のざっくり盛られたスイーツはたしかに美味しそう。フードメニューも充実してるみたい。
時間がないってことにしちゃったのがちょっと惜しい。魔法のことさえなければ、ゆっくり過ごせて楽しいだろうな〜。
「ブレンド二つお願いします。席は予約してあるから、ちょっと待ってて」
ちょっと奥まった位置にある丸テーブルの席に斜向かいに座る。この位置だとちょうど観葉植物の影になって、人の動きも気にならない。
ぽってりした厚めのカップに入ったコーヒーに、つい、お砂糖を足したくなって、はっと手を止める。
「野乃花さんのこのあとの用事は……、うう、やっぱいいや。一時間くらいなら大丈夫なんだよね」
「うん。二ノ宮くんこそ、いいの?」
「俺は、いつまでだって大丈夫」
ぎゅっ、と手を握る。ちょっと、一瞬、ときめきかけちゃった。
だって、今日はホワイトデーだもん。それなのに、私を優先しちゃっていいの?
やっぱり、私……、二ノ宮くんのこと、好きになってきちゃってる。
「これ、受け取ってほしいんだ」
二ノ宮くんがお店のマークの入った紙袋を差し出してくれる。
「よかったら開けてみて」
丁寧に透明なシールを剥がして、中を覗く。
「金平糖……?」
可愛い色合いの金平糖が何色か瓶に詰められて、可愛いラベルが貼られてる。
「可愛い……っ! ありがとう」
なぜか一瞬、『やっぱりね』みたいな少しさみしげな表情になった気がした。少女趣味だって呆れられちゃったかな?
「お礼のつもりだったけど、余計に気を使わせちゃったね〜。
楽しみに食べるね」
わざわざホワイトデー当日に渡しにきてくれるなんて、やっぱり律儀だな〜。
たぶん、これで二ノ宮くんの用事はおしまい。
私もちゃんと言わなくちゃ。
もう、市場調査には行かないよ、って。今日は、このために来たんだから。
「えっと、ね。私、二ノ宮くんに話したいことがあるの」
私たちの関係は、パティシエさんとただの常連客。
市場調査の手伝いをやめたら、もう接点はなくなる。
理由なく……っていうのも不自然だから、甘いものを控えてることにするつもり。
あれから何度も考えてみたけど、やっぱりこれが正解だよね。
「待って。先に俺に言わせて」
「え?」
逆はあっても、二ノ宮くんが話を遮ってきたことなんてあったかな?
真剣な雰囲気に気圧されて、次の言葉を待つ。
「野乃花さん、好きです。俺と付き合ってください」
びっくりしすぎて、花も出なかった。
「……え!?」
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