☆ 恋に魔法とお砂糖をかけて

 夜のカフェバーは、思ったより大人な雰囲気だった。

 柔らかい間接照明の店内、机に置かれたキャンドルのあかりがゆらゆら揺れる。

 昼間の雰囲気で来たことのある店を選んだけど、店選び、失敗しちゃったかな?


 いつものカフェオレとコーヒーの代わりに頼んだノンアルコールカクテル。

 二ノ宮くんと夜に会うのは、はじめてな気がする。


「けど、本当にもういいの……? その……」


 二ノ宮くんが言葉をにごす。

 洋菓子店おみせではコックコートだけど、今日はシャツにカーディガン姿。すらっとした長身で、なんでも似合ってうらやましい。


 始まったばかりの恋はあっという間に終わっちゃって、もう全部ぜんぶおしまい。


「仕方ないよ〜。相手あってのことだもん」


 ついに運命の騎士ナイト様に出会えたと思ったんだけどな。


 彼にとって、誰かが困っていたら手を差し伸べるのはあたりまえで……。私もその中のひとり。

 人助けが趣味みたいなものだと笑う彼には、もう特別な人がいた。


「短かったな〜」


 ショートグラスに口をつけると、南国めいた甘酸っぱい風味が口の中に広がっていく。


 中学に入ったあたりで魔法少女になって。ずっと悪の組織と戦っていた。

 誰かを守ることはあっても、守ってもらえたことなんてなかったから……。

 はじめてのことに、うっかりときめいちゃった。


「これでおしまい、って思うとさみしいね」


 せっかく平和になったんだから、自分の幸せを探したいのに。

 もしかしたら、恋愛って世界を救うより難しいのかも。


「野乃花さん……」

「相談にのってくれてありがとう、二ノ宮くん。よい報告がしたかったよ〜」


 二ノ宮くんはお気に入りの洋菓子店で働くパティシエさん。

 せっかく応援してくれてたのに、残念な結果になっちゃった。


「いいよ、そんなの! ……俺っ」


 ぐっ、と飲み込むようにして、言葉を探してくれてるみたい。

 失恋までが早すぎて、気を使わせちゃったよね。


「野乃花さんが笑ってくれれば、それで」

「あはは、ありがとう」


 そうして、恥ずかしかったのか、同じくノンアルコールのロングカクテルをぐいっとあおる。


 よい子だな〜、二ノ宮くん。

 素直なところと懐っこいところが、小さかった頃の弟みたい。あの、昔はずっとあとを追いかけてきたのに、今ではすっかり無愛想になっちゃった。


 二ノ宮くんも弟も同じ二十九歳。それなのに、二ノ宮くんだけ子供扱いはおかしいかな?


「野乃花さんは、可愛いし、優しいし……」

「ストップ! ストップ! 気を使わなくていいよ〜!」


 二ノ宮くんこそ、優しいのに。


 歳上で特別美人でもない、スタイルが良いわけでもない私にも『こう』だもん。

 人当たりがよくて、空気も読めて、嬉しくなることをさらっと言ってくれちゃう。


 そのくせ、自分への好意には鈍いんだから、本当、罪作りだよね。


「次は、私が二ノ宮くんを応援するね!」

「えっと……、間に合ってる、かな?」

「ええ〜? 力不足なのはわかってるけど……」


 まあ、そうだよね。

 二ノ宮くん、実際、かなりモテてるもん!


 バイトの子とか、お客さんとか! 接客の女の子とちょっといいかんじなのも、お店に行くといつも楽しそうに話してるから知ってるし。


 恋愛経験ほぼゼロの私の助けなんて、いらないか〜。


「そうじゃなくて……!

 うぅ。じゃあ、気持ちだけ」


「気持ちなら、いくらでも――?」


 でしゃばり過ぎちゃったかな? 二ノ宮くんの反応に途中で口をつぐむ。


「ごめん。今は時期じゃない、というか、その……、今日は俺のことより野乃花さんだよっ!」


「大丈夫だよ〜。ちゃんとお礼もできたし、さ。

 幸せそうであてられちゃった」


 いざ、お礼に行こうとする段になって、急に不安になってきて。

 相手がいるって知ったとき、がっかりしたけど、どこかでほっとしてた。


「だから、もう当分、騎士様は探さなくていいかな〜」


 魔法が使えることを一生秘密にするのかな、とか。

 私に魔法の力があることで、危ない目に合わせてしまうかもしれない、とか。


 考えても仕方がないことだけど、ずっと戦ってばかりいたんだもん。


 魔法の力でなんでもできるわけじゃない。

 戦っている間、家族や友達――私の大切な人たちを巻き込んでしまわないか、ってずっと怖かった。


「そんなに……、その人のこと好きだったの?」


 二ノ宮くんがものすごく悲しそうな顔で、じっと私をみつめてる。

 や? あれ? どうして、当人よりも二ノ宮くんのほうがつらそうなの……?


「もう恋もしたくないくらい」


 カロン、と二ノ宮くんのグラスの氷が音を立てる。


「違う、違うよ〜!」


 なんだか、大失恋してしまった、みたいな空気になっちゃった……! 話し方が重くなりすぎちゃってたかな? 

 魔法のことは話せないし、困ったな〜。


「たしかに、苦いし、酸っぱいけど……、お砂糖をいっぱい足してもだめかな……?」


「え?」


「野乃花さんがもう嫌だ、って思った分より、ずっと。幸せになって、恋っていいなって思えるように。俺……」


 動揺したせいか、『ぽぽんっ』と音がして、右手の中に魔法でうまれた小さな花。

 いちばん得意な花の魔法。魔法少女を引退してから、驚いたりときめいたり、感情がたかぶると時々あふれてしまう。


 小さな花に思わず反応しちゃったせいで、二ノ宮くんが首を傾げる。


「どうしたの?」

「な、なんでもない」


 あれ? なんで『手品だよ』って、いつもみたいに言えないの?


「……俺は、俺はね――」


「わかったよ〜! もう一回だけ、頑張ってみる!」


 二ノ宮くんとは、これまでもずっと仲良くしてきたのに。

 なぜだか急に居心地が悪くなって、言葉を遮る。


 ピンチでもないのに、心臓がどきどきしてる。


「もう一回だけ……」


 復唱して二ノ宮くんが難しい顔をする。


 ずっと独りでもいいかな、なんて思わなくもないけれど。

 もう一回だけ、勇気をだしてみようかな。



「……次は『私が守ってでも、ずっと一緒にいたい人』を探すつもり」


「え!? どういうこと!?

 ねえっ! 野乃花さんっ!!」



 二ノ宮くんはなぜか慌てだして、気づくと悲しい空気も気まずい空気もどこかにいっちゃった。


 ちゃんとみつけられたら、いつか。その人には言えるかな?


『私の手品、本当は魔法なんだよ』って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る