★ 恋はチョコのように、魔法のように
「わぁっ、可愛い! 二ノ宮くん見て!」
ファンシーな盛り付けのデザートプレートが運ばれてきて、野乃花さんが小さく歓声を上げる。
「か、可愛い……っ!」
うさぎとハートを模した装飾は確かに可愛いけれど、はしゃぐ野乃花さんの方がずっとずっと可愛い。
「ね! 二ノ宮くんのくまと星のチョコプレートも可愛い!
食べちゃうのがもったいないな〜」
柔らかそうなロングの黒髪。丸縁の眼鏡の奥で、表情豊かな瞳がきらきらと輝く。
野乃花さんは、俺がパティシエとして働くお店の常連さん。
来店した子供が泣いて困っていたときに、手品であやして助けてくれたんだよね。
その時の笑顔にハートを撃ち抜かれてしまって、絶賛、俺の片思い中。
「可愛いよぅ……! でも美味しそうっ! なにから食べようかな〜」
男一人で入りにくい店に付き合ってもらうという名目で、俺から誘い続けて数ヶ月。
今回、初めて野乃花さんから誘ってもらえて、かなり、かなり嬉しい。
『オトナカワイイ』をテーマにした店内は女性客でいっぱい。俺以外に男は、恋人に付き合ってきた雰囲気の数人しかいない。
俺らも、周りからは恋人同士に見えているかも……?
事務職の野乃花さんは土日休みで、俺は平日休み。なかなか休みが合わないこともあって、こうして出かけられるだけで舞い上がってしまう。
野乃花さんが飾りのクッキーを口に入れ、幸せそうに顔をほころばす。
「ん〜! 美味しい!!」
「わ! ホント? 俺も食べよっ」
俺もくまのチョコムースにスプーンを入れる。オトナ向けだけあって、洋酒の効いた濃厚なチョコムースにラズベリーのジュレが仕込んである。
うちで同じようなのを出すなら、もう少し酸味を落とすか、ミルクチョコのムースを加えるとか、かな?
コーヒーとも合うし、冬向けの限定品にいいかも。
「実は、私! 気になる人ができて」
野乃花さんが嬉しそうに切り出してきて、持っていたカップを取り落としそうになる。
「ほら、二ノ宮くん。前に励ましてくれたから、報告したいなって。
えへ、『可愛いんだから、恋愛だってこれからだよ』って言ってくれたよね?」
これから俺と恋愛してほしい、ってつもりの言葉だったけど、当の本人にはまったく伝わってなかったみたい。
照れ笑いを浮かべた野乃花さんが、最高に可愛い。
コーヒーが一気に苦くなった。デザートプレートの半かけになったくまが『ほらみたことか』って言ってる。
いつものパターン。意中の人と仲良くはなれるけど、気がついたら相談役になって、キューピッドになって。
「どんな人?」
冷静を装って聞く。本当は聞きたくない。俺を好きになって。
「えぇっと、笑顔が素敵な人! 定食屋さんで働いていてね、すごく鍛えていそうなの」
ジェスチャーでうっすらわかる体格は、薄めの俺の二倍はありそう。
「……なんだか、意外」
「そう? あ!
野乃花さんが好きなアニメは、ちょうど姉さんも好きだったからよく知っている。
中身はともかく、俺の外見が例の
細身で長身。癖のある髪に泣きぼくろ。
野乃花さんから好みを聞きだしたとき、ちょっと意識してしまったのは絶対に言えない。
「そうそう、その人ね。たぶん三十歳で……」
「たぶん?」
あやふやな情報に引っかかると、野乃花さんは『しまった』という顔をして、ごにょごにょと言い淀む。
「えっと、ね。記憶喪失らしくて。ここ数ヶ月より前のことはまったく覚えていないらしいの」
「は?」
「名前も年齢もあってるのか、本人にもわからないんだって。それでも明るい人なんだ〜」
「え?」
なんだよ、記憶喪失って!? 訳アリの匂いしかしないよ、野乃花さん!?
応援できないよ! いや、応援なんてそもそもしたくないんだけど!
「きっと、私のほうが歳上だから、ね? その、
「俺は断然『あり』だよっ!! けど……」
俺個人としてはあり、というか野乃花さんに彼女になってほしい。五歳下の
人によるとしか言えないし、俺の気持ち的にも、そのお相手のことは諦めてほしい。
「そうだよね……」
野乃花さんの表情が曇る。
なんでも、中学あたりから何かに一生懸命打ち込んでいるうちに、恋愛と縁遠いまま、三十代半ばに差し掛かっていたらしい。
悪、とか、組織、とか? 当人がはぐらかすから、うっかり漏らした言葉からの推測だけど、闘病していたとかじゃないといいな、と思う。
ほんのささやかなことで『平和っていいね』なんて嬉しそうにするし。
ぐっ、と唾を飲み込んだ。こんな顔させて、何をやってるんだ、俺。
「その、お相手とは、どういうきっかけで……?」
「通勤の電車で、……痴漢から助けてくれたの」
痴漢……! 野乃花さんはおっとりしているし、優しいから目をつけられたのだろう。
無事でよかった、という気持ちと、嫉妬心がせめぎ合う。
「私、なんだかんだで強くて、ずっと守る側だったから。守ってもらうことに、その……、憧れがあって」
野乃花さんが頬を染めると同時に『ぽぽんっ』という耳慣れない音がした。
実は、なにか武道でもやっていたのかな? だとしても、野乃花さんは紛れもなく守られるべき存在だよ!
テーブルの周りの他の客たちが、「花が!」とか「手品?」とか騒いでいる。
確かに野乃花さんの周りは、花が咲いたよう。彼女の心象にぴったりの少女漫画みたいな花々が舞っている。
「いや、柄じゃない、ってわかってはいるの! でも『もうダメだ』って思ったときに助けてもらえるのって、その……、いいなぁ、って」
『ぽぽんっ』『ぽぽんっ』と花が増えてくるくると回る。
話し方に野乃花さんが背負ってきたものを感じて、ぐっと詰まる。
もう、そんなの。容姿とか関係なく、
「……そんなことない。いいと思う。
ヒロインも花も。魔法も。ちゃんと野乃花さんに似合うよ」
泣きそうな気持ちでなんとか返すと、はっと野乃花さんが周りを見回した。
「やだな〜!
これはね、手品! 手品なの」
途端に空想上の花も消える。
せっかくの手品を楽しみたかったけど、今は自分の気持ちに折り合いをつけるので精一杯だ。
「ごめん。ちゃんと見れてなくて……」
「えっ、そうっ!? なら、よかった」
よかった、わけないのに。野乃花さんは優しい。
好きになったきっかけの子供に対して以外も。例のアニメの
野乃花さんは誰に対しても優しくて、周りを笑顔にしてくれる。
そんな野乃花さんがピンチのときに、独り『もうダメだ』なんて思わせたくない。
本当は俺が駆けつけて助けたい。けど、野乃花さんが望むなら――
「今度、手土産を持って、お礼に行こうと思うんだ」
瞬間、丹精込めて俺が焼いた菓子を持って、例の彼を訪ねる野乃花さんの姿が目に浮かんだ。
泣ける。帰って
けど、負けるな。俺!
「……なら! 選ぶの――俺が付き合おうか?」
「いいの!?」
うん、いいんだ。野乃花さんが笑ってくれるなら。
一番大切なのは、野乃花さんの幸せだろ……っ!
くまのチョコムースを大きくすくって、口に放り込む。
可愛い外見に反して、ほろ苦くて酸っぱくて。だけどやっぱり甘い後味が、鼻の奥でつんとした。
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