恋はチョコのように、魔法のように/#匿名キャラお見合い企画 参加作

今井ミナト

恋はチョコのように、魔法のように

「わぁっ、可愛い! 二ノ宮くん見て!」


 ファンシーな盛り付けのデザートプレートが運ばれてきて、野乃花さんが小さく歓声を上げる。


「か、可愛い……っ!」


 うさぎとハートを模した装飾は確かに可愛いけれど、はしゃぐ野乃花さんの方がずっとずっと可愛い。


「ね〜! 二ノ宮くんのくまと星のチョコプレートも可愛い!

 食べちゃうのがもったいな〜い」


 柔らかそうなロングの黒髪。丸縁の眼鏡の奥で、表情豊かな瞳がきらきらと輝く。


 野乃花さんはパティシエとして働くお店の常連さん。

 来店した子供が泣いて困っていたときに、手品であやして助けてくれたのがきっかけで仲良くなった。

 その時の笑顔にハートを撃ち抜かれてしまって、絶賛、俺の片思い中。


「可愛いよぅ……! でも美味しそうっ! なにから食べようかな〜」


 男一人で入りにくい店に付き合ってもらうという名目で、俺から誘い続けて数ヶ月。

 今回、初めて野乃花さんから誘ってもらえてかなり、かなり嬉しい。


 『オトナカワイイ』をテーマにした店内は女性客でいっぱい。俺以外に男は、恋人に付き合ってきた雰囲気の数人しかいない。


 俺らも、周りからは恋人同士に見えているかも……?


 事務職の野乃花さんは土日休みで、俺は平日休み。なかなか休みが合わないこともあって、こうして出かけられるだけで舞い上がってしまう。


 野乃花さんが飾りのクッキーを口に入れ、幸せそうに顔をほころばす。


「ん〜! 美味し〜!!」

「わ! ホント? 俺も食べよっ」


 俺もくまのチョコムースにスプーンを入れる。オトナ向けだけあって、洋酒の効いた濃厚なチョコムースにラズベリーのジュレが仕込んである。

 うちで同じようなのを出すなら、もう少し酸味を落とすか、ミルクチョコのムースを加えるとか、かな?


 コーヒーとも合うし、冬向けの限定品にいいかも。


「実は、私! 気になる人ができて」


 野乃花さんが嬉しそうに切り出してきて、持っていたカップを取り落としそうになる。


「ほら、二ノ宮くん。前に励ましてくれたから、報告したいなって。

 えへ、『可愛いんだから、恋愛だってこれからだよ』って言ってくれたよね?」


 その相手は俺であってほしい、と期待しての言葉だったけれど、当の本人にはまったく伝わっていない。

 照れ笑いを浮かべた野乃花さんが、最高に可愛い。


 コーヒーが一気に苦くなった。デザートプレートの半かけになったくまが『ほれみたことか』と揶揄やゆしてくる。

 いつものパターン。意中の人と仲良くはなれるけど、気がついたら相談役になって、キューピッドになって。


「どんな人?」


 努めて冷静を装って聞く。本当は聞きたくない。俺を好きになってほしい。


「えぇっと、笑顔が素敵な人! 定食屋さんで働いていてね、すごく鍛えていそうなの」


 ジェスチャーでうっすらわかる体格は、薄めの俺の二倍はありそうだ。


「……なんだか、意外」


「そう? あ!

 白金しろがね騎士ナイト様みたいな人が好みだって言ったから!? あはは。恥ずかしいなぁ。

 魔法少女ヒロインのピンチに颯爽と現れて、助けてくれるのが格好よいんだよ〜」


 野乃花さんが好きなアニメは、ちょうど姉さんも好きだったからよく知っている。

 中身はともかく、俺の外見が例の騎士様キャラに少し似ていると、コスプレをしての売り子をさせられそうになったこともある。


 細身で長身。癖のある髪に泣きぼくろ。

 野乃花さんから好みを聞きだしたとき、ちょっと意識してしまったのは絶対に言えない。


「そうそう、その人ね。たぶん三十歳で……」


「たぶん?」


 不明瞭な情報に、野乃花さんは『しまった』という顔をして、ごにょごにょと言い淀む。


「えっと、ね。記憶喪失らしくて。ここ数ヶ月より前のことはまるっきり覚えていないらしいの」


「は?」


「名前も年齢もあってるのか、本人にもわからないんだって。それでも明るい人なんだ〜」


「え?」


 なんだよ、記憶喪失って!? 訳アリの匂いしかしないよ、野乃花さん!?

 応援できないよ! いや、応援なんてそもそもしたくないんだけど!


「きっと、私のほうが歳上だから、ね? その、歳の差恋愛そういうのってありだと思う?」


「俺は断然『あり』だよっ!! けど……」


 俺個人としてはあり、というか野乃花さんに彼女になってほしい。五歳下の二十九歳を野乃花さんのほうが恋愛対象としてみてくれないだけ。

 実際のところ、人によるとしか言えないし、そのお相手のことは諦めてほしい。


「そうだよね〜」


 野乃花さんの表情が曇る。


 なんでも、中学あたりから何かに一生懸命打ち込んでいるうちに、恋愛と縁遠いまま、三十代半ばに差し掛かっていたらしい。

 悪、とか、組織、とか? 当人がはぐらかすから、うっかり漏らした言葉からの推測だけど、闘病していたとかじゃないといいな、と思う。


 ほんのささやかなことで『平和っていいね』なんて嬉しそうにするし。


 ぐっ、と唾を飲み込んだ。俺は、何をやっているんだ。


「その、お相手とは、どういうきっかけで……?」

「通勤の電車で、……痴漢から助けてくれたの」


 痴漢……! 野乃花さんはおっとりしているし、優しいから目をつけられたのだろう。

 無事でよかった、という気持ちと、嫉妬心がせめぎ合う。


「私、なんだかんだで強くて、ずっと守る側だったから。守ってもらうことに、その……、憧れがあって」


 野乃花さんが頬を染めると同時に『ぽぽんっ』という耳慣れない音がした。

 実は、なにか武道でもやっていたのだろうか。だとしても、野乃花さんは紛れもなく守られるべき存在だ。


 テーブルの周りの他の客たちが、「花が!」とか「手品?」とか騒いでいる。


 確かに野乃花さんの周りは、花が咲いたよう。彼女の心象にぴったりの少女漫画みたいな花々が舞っている。


「いや、柄じゃない、ってわかってはいるの! でも『もうダメだ』って思ったときに助けてもらえるのって、その……、いいなぁ、って」


 『ぽぽんっ』『ぽぽんっ』と花が増えてくるくると回る。

 話し方に野乃花さんが背負ってきたものを感じて、ぐっと詰まる。

 もう、そんなの。容姿とか関係なく、騎士様ヒーローじゃん。


「……そんなことない。いいと思う。

 ヒロインも花も。魔法も。ちゃんと野乃花さんに似合うよ」


 泣きそうな気持ちでなんとか返すと、はっと野乃花さんが周りを見回した。


「やだなぁ!

 これはね、手品! 手品なの」


 途端に空想上の花も消える。

 せっかくの手品を楽しみたかったけど、今は自分の気持ちに折り合いをつけるので精一杯だ。


「ごめん。ちゃんと見れてなくて……」

「えっ、そうっ!? なら、よかった〜」


 よかった、わけないのに。野乃花さんは優しい。


 好きになったきっかけの子供に対して以外も。例のアニメの魔法少女ヒロインみたいに。

 野乃花さんは誰に対しても優しくて、周りを笑顔にしてくれる。


 そんな野乃花さんがピンチのときに、独り『もうダメだ』なんて思わせたくない。

 本当は俺が駆けつけて助けたい。けど、野乃花さんが望むなら――


「今度、手土産を持って、お礼に行こうと思うんだ」


 瞬間、丹精込めて俺が焼いた菓子を持って、例の彼を訪ねる野乃花さんの姿が目に浮かんだ。

 泣ける。帰ってパキ太やガジュ美観葉植物たちに水でもやって癒されたい。


 けど、負けるな。俺!


「……なら! 選ぶの――俺が付き合おうか?」

「いいの!?」


 うん、いいんだ。野乃花さんが笑ってくれるなら。


 一番大切なのは、野乃花さんの幸せだろ……っ!

 くまのチョコムースを大きくすくって、口に放り込む。


 可愛い外見に反して、ほろ苦くて酸っぱくて。だけどやっぱり甘い後味が、鼻の奥でつんとした。

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