恋はチョコのように、魔法のように
今井ミナト
☆ はじまりは、甘い甘い気持ち
「あっ! 魔法少女のお姉ちゃん!」
「あはは、手品だって~」
お店の前ですれ違った、ふりふりスカートの小さな女の子に手を振りかえす。
さすがに三十代半ばで魔法少女はないんじゃないかな!?
せっかくのお誕生日なのに泣いていたあの子が気になって。つい魔法でお花をプレゼントしちゃったからな~。
顔も覚えられちゃってるし、惜しいけどしばらく来ないほうがよいかも。
カランっ、とドアベルの音を鳴らして、店に入る。
パステルカラーの可愛い内装。焼き菓子の甘い匂い。このあたりで一番、美味しいフィナンシェを置いているこのお店は私の大のお気に入り。
ショーケースに並ぶキラキラしたスイーツたち。レジ台の後ろはガラス張りの作業場で、パティシエさんたちが忙しく働いている。
ここ数年、月に二回くらいは、こうしたお休みの日に通ってる。営業時間が比較的長いおかげで、仕事終わりのご褒美にもできるのがまた、お気に入りの理由の一つ。
今週は仕事も忙しそうだし、おやつ用にも何か買っておこうかな?
日持ちする焼き菓子を選んでいると、きゃあ、と愉しげな声が耳に届いた。
「わ、ほら……!」
「声かけないの?」
「えー。でもー」
見ると、パティシエさんが仕上げたケーキをお盆に持って、ショーケースに補充してる。
すらっと背が高くて、白いコックコートに焦げ茶のタイがよく似合ってる。
ふふ。いいな~。私も恋がしてみたい。
つい最近まで、戦いばかりで恋どころじゃなかったからな~。
アニメみたいに、
私にも、
まあ、現実はアニメみたいにはいかないよね。
そんなことより今は……!
やっぱりフィナンシェかな? 暑くなってきそうだし、気分をかえてマドレーヌ?
あまり暑くなると、チョコがけのお菓子は厳しいし、今のうちに楽しんでおくのも良いかも?
甘い甘いお菓子は、優しく心を満たしてくれる私の癒やし。
食べ過ぎはダメだけど、お菓子がない日常なんて考えられない。
「冴島さん……、いや、野乃花さんっ!!」
見ると、さっきのパティシエさんが緊張した面持ちでこちらを見てる。
「あの……、なにか?」
名前、教えたかな? 記憶を探しても、いまいち心当たりがない。
「……俺、ここのパティシエで二ノ宮
「ごめんね~。覚えてないや」
二十代後半くらいかな? しゅん、としてしまった様子に申し訳なくなる。
「それで……、ご要件は?」
「俺、俺、あの……っ!! 市場調査の手伝いをしてほしいんです!!」
パティシエさん――二ノ宮くんのなかなかしどろもどろな話を要約すると、こうだった。
女性向けのスイーツの開発のために、可愛いデザートを扱うカフェに行きたいけれど、男性一人では入りづらい。
職場内で頼める人もいないし、困っていたところ、以前話した私を思い出したらしい。
「私、じゃなくても、その……」
正直、カフェにいく相手に困るようには見えない。ほぼ初対面の私に声をかけられるなら、別にほかの人だっていくらでも誘えそうだし……。
「いえ! 野乃花さんと一緒にいきたくて……」
なんだか理由を色々、説明してくれてるけど、うーん……。
この店が好きなのも私だけじゃないだろうし、専門知識なんてないしな~。
「とても、とても、困ってるんです! どうか、お願いします!」
二ノ宮くんが頭を下げた。ちょ、ちょっと!?
このお店、お気に入りなのに! パティシエさんに謝らせてるみたいになっちゃってるよ!
まあ、ここまで必死になるんだし、ものすごく困っているのかも……?
「……あ、あの! じゃあ、一回! 一回だけなら……」
「本当!? ……やった」
一瞬で、ぱあっと顔が明るくなって、小さくガッツポーズまでしてる気がする。
そんなにカフェに行きたかったんだ……!
「……嬉しいです! あの、予定を――あとで連絡先渡しますっ!」
言葉の途中で振り返った二ノ宮くんが慌てだしたので、つられて私もそちらに視線がいく。
ガラスケースの向こうで仁王立ちしてるのは、えらいパティシエさんなのかな……?
「俺、いきます。すぐ、すぐ、連絡先用意するので!」
お仕事の延長線とはいえ、仕事中だもんね。早く、戻ったほうがいいよ。
ちょっと多めに焼き菓子を選んで、帰り際に連絡先を渡された。
絶対に連絡ください、って念を押されちゃった。
うう。ずっと、魔法少女なんてやってきたからか、『助けて』って頼まれると弱いんだよね……。
人助けは、魔法少女時代で慣れてるし! ちょっとしたお手伝いだけなら、きっと大丈夫なはず。
あーあ。私にも、いつか騎士様が現れてくれるといいのに。
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