第43話 王の話

イスビョンの呼びかけに応じて、すぐに数人の召使いが部屋に現れた。


全員がフード付きの服を着ており、一般的な執事やメイドのような格好ではなかった。


しかし、その動きは紛れもなく奉公人のものであった。


彼らの動作は無駄がなく、訓練された者のそれであった。


それぞれ手には銀のトレイとティーポット、さらにはテーブルや椅子も運んできて、室内がちょっとしたサロンのように変わる。


召使いたちの手際の良さに、エイリーナは思わず感嘆の息を漏らした。


用意された美しい刺繍が施されたテーブルクロスの上には、銀のティーセットとともに、色とりどりのマカロンが並べられていた。


マカロンの甘い香りが部屋中に広がり、エイリーナの心をくすぐる。


「さあ、食べてくれ。今、いろんな国で流行っているお菓子だ」


と、イスビョンが微笑みながら言った。


召使いたちは頭を下げ、静かに部屋を出ていった。


テーブルに置かれたマカロンは、ピスタチオ、ラズベリー、チョコレートなど、さまざまなフレーバーが揃っており、その鮮やかな色合いが目を引く。


エイリーナが微笑みながら、ピスタチオのマカロンを手に取った。


「こんなお菓子があるんだ! まるで宝石だね!」


彼女は嬉しそうに声を張り上げた。


マカロンの外側はサクサクとした食感で、中はしっとりとしたクリームが口の中で広がり、甘さと香りが絶妙に調和している。


ヘリヤもエイリーナに続きマカロンを手に取り、その繊細な味わいを楽しんだ。


二人とも目が輝き、口元には笑みが浮かんでいる。


「どうだ、甘くて美味しいだろう?」


「はい、外国のお菓子なんて初めて食べたけど、すっごく美味しいです!」


エイリーナが生き生きと答えると、イスビョンは満足そうに微笑んだ。


先ほどからずっとそうだが、その態度は一国の王というよりは強面の好々爺こうこうやといった感じだ。


だが、そんなグリンヌーク王に対して、普段と変わらずに話しているのはエイリーナだけだ。


ヘリヤは当然、これから義理とはいえ家長となったイスビョンに委縮している。


彼女の手は微かに震え、視線は床に向けられていることからもそれは明らかだ。


一方でショーズヒルドとアウスゲイルは、王族との接し方をわきまえているのか、どこか控え目だった。


二人の動きは慎重で、言葉も選びながら話している。


もちろんロアールは変わらず堂々としているものの、彼だけは椅子に座らず、王の側に立っている。


その姿はまるで忠実な騎士のようであり、イスビョンへの忠誠心が感じられた。


「じゃあ、ここからはわしがしたかった話をしようか」


しばらく雑談をしていたところ、イスビョンが話を振ってきた。


彼の声には、どこか重みのある響きが含まれていた。


王の言葉に、ショーズヒルドとアウスゲイルの表情が思わず強張った。


彼らの目が一瞬で鋭くなり、緊張が走る。


そのときの二人の顔には、「やはり来たか」とでも書いてあるかのようだった。


ショーズヒルドは無意識に拳を握りしめ、アウスゲイルは唇を噛みしめた。


部屋の空気が一変し、先ほどまでの和やかな雰囲気が消え去った。


窓の外から差し込む陽光が、まるで重苦しい雲に覆われたかのように感じられる。


エイリーナはその変化に気づき、心配そうに二人の顔を見つめた。


彼女の心臓が早鐘のように打ち始める。


何か重要な話が始まるのかと、エイリーナは内心で思っていた。


イスビョンはそんな彼女らの反応を楽しむかのように、静かに笑っている。


その笑みには、何かを企んでいるような不気味さも漂っていた。


「マルクスンドで魔鯨まげいを倒したのは、お前たちだな?」


「えぇッ!? なんで知ってるの!?」


エイリーナが驚きの声を上げると、アウスゲイルは彼女の反応に頭を抱えた。


彼の顔には困惑と焦りが浮かんでいる。


驚いている赤毛の少女に、ショーズヒルドはまずは落ち着くように言い、続けて話しかけた。


「お嬢、いくら嘘が苦手でも、今の態度はいただけませんね」


「うぅ、ごめんなさい……。でも、まさか魔鯨のことを王さまが知ってたなんて、思わなかったんだよぉ……」


エイリーナはしょんぼりと肩を落とし、目を伏せた。


彼女の声には後悔と驚きが混じっている。


ショーズヒルドはそんな彼女を見てため息をつき、お茶を一口飲んだ。


湯気が立ち上るカップを見つめながら、彼女は静かに言葉を続けた。


彼女たちのやり取りを見ていたイスビョンは、エイリーナの反応に笑いながら言う。


「そこの銀髪の姉さんの言う通りだ。隠す隠さないは別として、探りを入れようとしている相手に、自らバラすような態度はマズいぞ」


「はい、次から気をつけますぅ……。それで、どうして王さまがそのことを知ってたんですか?」


「それはな、儂が王さまだからだよ」


イスビョンは自慢げに話し始めた。


ロンディッシュとの盟約で、グリンヌーク国内での貿易を一手に引き受けているため、周辺で起きたことは耳に入ってくる。


もちろん、イスランに出ている連絡船も例外ではなく、マルクスンドでの出来事はすでに船員から伝えられていた。


さらに、ロアール率いる武装商船団ギュミルタックは、表向きは商船団を名乗っているが、実際はグリンヌークの組織でもあり、表沙汰にできない事案を裏で解決する役割を担っている。


このため、イスビョンはグリンヌークの表も裏も知り尽くしており、国を管理しているはずのロンディッシュよりも情報に精通しているのだ。


「まあ、王族として褒められたものではないがな。他の国じゃ商人か義賊もどきに成り下がった愚王として笑われているのだから」


「でも、カッコイイですよ。だって国のみんなのことを思ってやっていることなんですから」


エイリーナの言葉に、今度はイスビョンが面食らっていた。


彼の顔には驚きと戸惑いが浮かんでいる。


こんなふうに褒められたことがないのだろう。


それはいくら国のためとはいえ、王族が自ら治安維持のために商売や汚れ仕事に近いことをやるなど、常識的にはおかしいからだ。


だが、そんなことを知らないエイリーナからすると、イスビョンのしていることは民のことを考える立派な王だった。


「他の国から笑われてもみんなのために頑張るのって、とっても立派なことじゃないですか」


エイリーナの称賛は止まらず、言葉を失っている王を見たロアールが、必死で笑いをこらえていた。


彼の肩が小刻みに震えている。


滅多に見られるものではないだろう養父の姿に、厳格なロワールでも思わず笑みがこぼれそうになっている。


イスビョンはそんな彼をじろりと一瞥して苦笑いをすると、エイリーナに向かってその口を開いた。


「そんなことを言われたのは初めてだな。なあ、赤毛の……たしかエイリーナと呼ばれてたな?」


「はい、アタシはエイリーナって言います。こっちの銀色の髪がショーズヒルドって名前でアタシの教育係で、こっちの金髪がアウスゲイルという名前でアタシの相棒なんです」


エイリーナは、自慢げに仲間たちを紹介した。


彼女の目は誇らしげに輝いている。


イスビョンは、ロアールから事前にエイリーナたちのことを聞いていたが、最後まで彼女の話に耳を傾けていた。


そして、一通り話が終わると、彼女に向かって訊ねる。


「なあ、エイリーナ。お前さん、儂の養子にならないか?」

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