第42話 義兄妹

建物を出たエイリーナたちは、外で待っていたロアールに連れられて、港町から別の場所へと移動した。


大きな馬車に乗り込み、目に入るグリンヌークの景色を楽しみながら数時間――目的地であるこの国の中心部へとたどり着いた。


舗装された道には活気のある屋台が並び、香ばしい食べ物の匂いや賑やかな声が響いていた。


街並みはそれほど港町と変わりなく、それが逆にグリンヌークの豊かさを感じさせた。


ロアールを先頭にエイリーナたちは中心部にあった屋敷の門を開け、中へと足を踏み入れる。


門の重厚な音が静寂を破り、彼らの存在を告げた。


「お久しぶりです、ロアール様。失礼ですが、今日の御用件は?」


門を開けると、そこには数人の男が立っていた。


彼らは服装こそ街の人間と変わらなかったが、腰に剣を差し、その眼光はどう見ても格好と合っていない屈強な男たちだった。


彼らの鋭い視線がエイリーナたちを一瞬で評価し、警戒心を緩めることはなかった。


ロアールは彼らに軽く挨拶すると、その問いに答えた。


「親父に会いに来た」


男たちはロアールの答えを聞くと、コクッと頷いてエイリーナたちを屋敷の中へと案内した。


廊下を進むたびに、足音が高く響き渡り、古い建物の歴史を感じさせた。


移動しながら、エイリーナがロアールに訊ねる。


「ねえ、なんでロアールさんのお父さんをアタシたちに紹介するの? 会わせてくれるのは嬉しいけど」


「親父といっても血のつながりはない父親だ。この国じゃ上に仕えることは、その人間の家族になることだからな。つまりは親父というのは俺のボスのことだ」


話を聞いたエイリーナは、グリンヌークの文化に驚きながらも考えた。


今さらだが、武装商船団ギュミルタックはグリンヌークの周辺の海を守る組織だ。


ということは、そのボスとなると――。


「やっぱりヘリヤの予想通りなのかな……?」


「もしそうなら俺たちにとっちゃ嬉しい限りじゃねぇか」


エイリーナの言葉に、アウスゲイルがにやけながら答えた。


彼の表情には期待と興奮が混じっていた。


すると、前を歩いていたロアールが足を止め、目の前にあった扉をノックする。


扉の向こうからは低い声で「入れ」が返ってきた。


エイリーナたちは扉を開けて足を踏み入れた。


部屋にはやはりというべきか屈強な男たちが並んで立っており、その中で唯一、椅子に座っている初老の男の姿が見える。


彼の存在感は圧倒的で、その眼差しには長年の経験と知恵が宿っていた。


「来たか、ロアール」


「お久しぶりです、親父」


「報告は聞いてるぞ。なるほど、そいつらがソフベルディ一味を片付けた者たちか。思っていた以上に若いのもいるが、全員いい面構えをしている」


しわだらけの顔に白髪交じりの黒髪をした初老の男。


凝った刺繍の入ったワイシャツと高級感のある深緑のフロックコートを着ているが、手入れをしていないのか、よれてしまっている。


彼の鋭い目つきは、長年の経験と知恵を物語っていた。


エイリーナがこれがロアールのお父さん――武装商船団ギュミルタックのボスかと思っていると――。


「ビンゴだぜ」


「ヘリヤの予想通りでしたね」


アウスゲイルとショーズヒルドが呟くように言った。


そう――。


エイリーナにはわからなかったが、この男こそ彼女たちが魔法の剣エレメンタルを売ろうとしていた相手――グリンヌークの王であるイスビョン·グリンヌークだったのである。


ロアールが慇懃いんぎんな態度で、グリンヌーク王と話している後ろでは、気がついていないエイリーナに、ショーズヒルドが耳打ちしてそのことを伝えた。


目的の相手と会えたエイリーナは、わかりやすく明るい笑みを浮かべている。


「それで、そこの前髪の長い少女のことだが……。ロアール、お前はどうしたいんだ?」


「こいつは身内のために体を張れる奴です。親父、俺はこいつを妹分にしたいと考えてます」


「ほう。お前がそこまで他人を評価するのはめずらしいな。いいだろう、わしのもとで家族の契りを交わせばいい。その子を含めた仲間全員、交わした瞬間からグリンヌークの家族だ」


グリンヌーク王――イスビョンの言葉に、ヘリヤは言葉を失っていた。


前髪からのぞく目は見開いており、その体はプルプルと震えている。


どうやら武装商船団で賠償金を払うために働けるとは聞いていたようだが、まさか家族として迎え入れてもらえるとは思ってもいなかったのだ。


孤児であり、海賊に利用されるだけだったヘリヤたちが、国の傘下である組織の一員になれることは、破格の大出世だといえる。


彼女の心には感謝と驚きが入り混じり、涙がこぼれそうになっていた。


「やったね、ヘリヤ! これがとてつもなくすっごいことだって、アタシにもわかるよ!」


場の空気など読まず、エイリーナはヘリヤに抱きつき喜んでいた。


それを見たイスビョンの周りに立っていた男たちは苦い顔をしていたが、エイリーナは気にせずに立ち尽くしているヘリヤに声をかけ続ける。


だがイスビョンだけはその様子を微笑ましく眺め、それからロアールに向かって訊ねた。


「それでお前たちの義兄妹の序列はどうする?」


「対等でいこうと思ってます。どちらが上でも下でもない。ただ兄としてこいつと家族になるつもりです」


「ふむ。お前はそれでいいかもしれんが、この子には荷が重いだろう。形だけでもいいから主従関係は決めておけ。もちろんお前が上でな」


ヘリヤの話が終わると、イスビョンの周囲にいた男たちは一斉に部屋を後にした。


一人ひとりが王に深々と頭を下げ、去り際に全員がエイリーナたちを睨むように見ていたのが気になったが、まあ、組織としての態度としてはありふれたものだろう。


彼らが部屋を出ていくと、イスビョンはニカッと歯を見せ、扉の外へ向かって声を張り上げた。


「おーい、たしかウォータリアの連中からもらったマカロンがあっただろう? うちの新しい家族とその友人に出してやれ」

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