第41話 予想外
――ヘリヤが武装商船団ギュミルタックに自首してから数日が経っていた。
彼女と仲間の子どもたちの処遇も決まり、全員がロアールの目の届くところで働けるようになった。
現在はその話を通すために、上の人間と直接顔を合わせるまで待機しているといった状況だ。
「よかったね、ヘリヤ。それでロアールさんがいう仕事ってなにをやるの?」
「物流倉庫の管理だって言ってた。でもボクだけはお願いして、船に乗せてもらうことにしたよ」
エイリーナが興味津々に訊ねると、ヘリヤは微笑んで答えた。
彼女の言葉を聞き、エイリーナは目を丸くする。
「ええっ、船に乗るの!? すごいじゃん! でも、なんでまたそんな危険なことを?」
「ボクの力は、誰かを守ることに使いたいと思ったんだ」
ヘリヤはウィザード·システムを施術したマジック·ソルジャーだ。
世界を武力で管理するロンディッシュが禁忌とした魔法の力を持つ――いわば違法の存在。
しかし、だからこそこの力を良いものとして使いたい。
人から奪うのではなく、人を守るためにこそ力は使うべきだと。
「それに船に乗っても、みんなとは暮らしていけるしね」
ヘリヤは付け加えた。
エイリーナは腕を組んで考え込む。
「うーん、でも残念。ヘリヤたちには絶対に
「賠償金を払い終わったら考えてもいい」
「それっていつになるの? あんまり長いと、アタシもヘリヤもおばあちゃんになっちゃうよ」
二人が笑顔を交わし合っていると、部屋の扉が開き、そこへアウスゲイルが現れた。
彼の顔は憔悴しきっており、エイリーナとヘリヤは一体何があったのだと声をかけた。
「どうもこうも、こっちはロアールにあれこれ訊かれてクタクタなんだよ。スヴォルド商会のことを教えろって言われても、俺はほとんど何も知らねぇってのに」
アウスゲイルは疲れた声で答えた。
彼の肩は落ち、目には疲労の色が濃く浮かんでいた。
「自分が組織の下っ端だと、最初から説明すればそんなことにならなかったんじゃないですか? 見栄を張るからそのような目に遭うんです」
ショーズヒルドがアウスゲイルの後ろから現れた。
彼女も尋問には同席していたようで、そのときの大物ぶったアウスゲイルの態度に、
そして、ここ数日で行われたソフベルディの尋問も終わったようで、二人はそこで聞いた話をエイリーナに伝えることにした。
「ソフベルディたちが船に現れたのは、カルドゥールの野郎が手を貸したかららしい」
アウスゲイルが言った。
なんでもエイリーナたちが捕らえたソフベルディ一味を自由にしたのは、アウスゲイルの元上司であるスヴォルド商会のカルドゥールだったようだ。
さらにカルドゥールは、海賊にマジック·マシンを与え、エイリーナの持つ魔法の剣――エレメンタルを奪って来るように依頼したらしい。
これは武装商船団に捕らえられたソフベルディが吐いた話で、エイリーナたちにとっては知りたかった情報である。
おそらくカルドゥールは、グリンヌークとイスランの中継地点であるマルクスンドで、魔鯨の死体を確認したのだろう。
カルドゥールはエイリーナたちが生きていたことを知り、このグリンヌークまで追ってきたのだ。
「魔鯨とか魔導兵器はなんとかできたけど、また何かして来たらこのグリンヌークにまで被害が出ちゃうね。ロアールさんたちの船だってかなり壊されちゃったし」
エイリーナが不安そうに言うと、ショーズヒルドは答えた。
「現状でカルドゥールが、グリンヌークで何かしてくることはないでしょう。ソフベルディ一味が暴れたことで、グリンヌークにいるロンディッシュも巡回を始めたようです。それに、ロアール·バレンツが上の人間に状況を伝えたのもあって国全体が警戒態勢に入っていますので、今すぐどうこうということはないと思われます」
「ロンディッシュが人のために動くの?」
エイリーナは目を細め、ショーズヒルドに疑わしげな視線を向けた。
彼女の声には、信じられないという感情が滲み出ていた。
疑うのも無理はない。
エイリーナの故郷であるイスランに滞在しているロンディッシュは、余程のことがなければ動かないのだ。
実際に、町が火事になったときも出撃する気配すらなかった。
「お嬢は勘違いしているようですから伝えておきますが、ロンディッシュが全員ガマルのような男ばかりではないのです」
ショーズヒルドが口にしたガマルというのは、イスランに滞在しているロンディッシュの隊長だ。
彼の名前を聞いた瞬間、エイリーナの顔には嫌悪感が浮かんだ。
ガマルはイスランで問題が起きたり、住民たちが苦情を言い出すと、いつも機械工房ロイザヘルズに後始末を頼んでいた。
それはロイザヘルズが、島の暖房設備である地熱エネルギーを利用したストーブのメンテナンスを定期的にやっていたからであった。
それと若くして代表になったエイリーナの立場や性格もあって、彼女は住民たちの相談をいつも聞いていたのだ。
ガマルはそれを知り、面倒なことはエイリーナに任せればいいと、島の管理というロンディッシュの仕事をほとんどしていない。
しかし、けして何もしていないというわけではなく、イスランで採れた野菜や作られた工芸品や羊毛などはすべてガマルが他の国に売り出していることで、わずかながらも島の住民に収入が入る。
それでもいてもらわないと困るというわけではないのだが、エイリーナからすると、ガマルは怠け者でお金にならないことはしないというイメージがついているので、正直いってあまり好きではない。
そういう理由もあって、彼女のロンディッシュへの評価は低くなっていた。
「そりゃ人によると思うけど、うーん……」
エイリーナは腕を組み、眉をひそめた。
「お前がそんな露骨に嫌うなんてよっぽどだな、そのガマルって野郎は」
アウスゲイルは驚いたように目を見開いた。
そのとき、武装商船団の船員が現れた。
彼の表情は緊張しており、何か重大な知らせがあることを示していた。
なんでも船員の話では、これからエイリーナたちに会わせたい人間がいるようで、至急出かける準備をするようにとのことだ。
話を聞いたエイリーナたちは、とりあえず支度に入ることにした。
「でも、誰なんだろうね、ロアールさんがアタシたちに会わせたい人って」
エイリーナは小首を傾げ、考え込んだ。
「ボクの予想だと……」
ヘリヤは呟くように言った。
「たぶん王さまだ」
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