第40話 バラバラになりたくないという件

――戦いの後。


船の修理もあって、エイリーナたちは港にある武装商船団の所有する建物に移動していた。


建物の中は狭く、小さな部屋がいくつも並んでいた。


壁には古びた地図や航海用具が掛けられており、潮の香りが漂っている。


薄暗い照明が部屋全体をぼんやりと照らし、どこか落ち着かない雰囲気を醸し出していた。


そこでヘリヤの仲間である子どもたちを守っていたショーズヒルドに甲板であったことを話すと、彼女は眉間にシワを寄せ、静かに口を開いた。


「では、お嬢はマジック·ソルジャーと同等の力を持つ機械人形と戦ったと、そういうことですね」


ショーズヒルドは声こそ張り上げていないが、その態度から彼女が怒っていることは伝わってきた。


彼女の目は冷たく光り、拳が固く握られているのが見える。


エイリーナはなぜ彼女が怒っているのかわからず、困惑した表情を浮かべた。


彼女の心臓は早鐘のように打ち、手のひらには汗がにじんでいた。


一方でアウスゲイルは、その理由をわかっているようだった。


「ねえ、アウスゲイル。なんでショーズヒルドは怒ってるの?」


エイリーナは小声で訊ねた。


「そりゃお前、少し考えりゃわかるだろ……」


アウスゲイルはため息をつきながら答えた。


だが、エイリーナにはその理由がまったくわからない。


彼女は心の中で何度も状況を振り返り、何がショーズヒルドをここまで怒らせたのかを考えたが、結局、答えは見つからなかった。


「ショーズヒルド、どうしてそんなに怒っているのかな……?」


エイリーナは恐る恐る訊ねた。


「ご自分でお考えください」


ショーズヒルドの返事は冷たく、彼女の疑問を解消するものではなかった。


その声には鋭いとげが含まれていた。


エイリーナはさらに困惑し、心の中で何度も問いかけた。


(アタシ、なんかしちゃったのかな? でも誰も大ケガしなかったし、特に問題はないと思うんだけど……?)


ショーズヒルドが怒っている理由は、エイリーナが魔導兵器などという物騒なものと正面切って戦ったからだ。


少し前に、同じくらい危険な魔鯨まげいと戦ったばかりだったが、そのときには彼女が傍にいた。


つまり今回は、ショーズヒルドがいないところでエイリーナが無茶をしたことを、彼女は怒っていたのだ。


だが、結局エイリーナにはショーズヒルドがなぜ怒っているのかはわからず、その夜に彼女から説教を受けたことで理解するのだった。


――エイリーナがショーズヒルドの考えがわからないでいた頃。


ヘリヤは、別の部屋でロアールと向かい合っていた。


冷たい海の風が微かに感じられる中、夕日の柔らかな光が部屋に差し込んでいる。


ヘリヤの心臓はまだ戦いの余韻で高鳴っていたが、今は冷静さを保つ必要があった。


周りには誰もいない。


二人きりで、彼女たちは話の続きを始めた。


「さっきは助けられたな」


――とロアールが静かに言った。


彼の声には感謝と少しの驚きが混じっていた。


「そんなことないです……。それに、あなたたちがいなかったら、ボクらもやられていたし……」


ヘリヤは力のない声で答えた。


ソフベルディ一味との戦いで、ロアールの危機を救ったヘリヤ。


だが、彼女もまた武装商船団ギュミルタックが手を貸してくれなければ、危なかったと謙遜する。


事実、彼女たちだけでは仲間の子どもたちを守り切れず被害が出ていた。


それでもヘリヤが武装商船団を助けたことには変わりはないと、ロアールは答えた。


「邪魔が入ったが、話に戻ろう。積み荷の件に関してはキッチリ払ってもらう。その額は一億スターリンド」


一億スターリンドがどのくらいかというと、庶民の年収で考えればわかりやすいだろう。


このグリンヌークの農民ならば約七十万スターリンドで、労働者なら約百五十万スターリンドが相場だ。


比べると途方もない金額に聞こえるが、何度も商船を襲った犯罪者への賠償金と考えれば、少々安い値段だと思われる。


「……時間はかかっても、必ず全額払います」


ヘリヤは決意を込めて答えた。


「いい答えだ。それでお前たちはバラバラになりたくないって言っていたが、その件も考えてやる」


ロアールは優しく微笑んだ。


その笑顔には、彼の心の中にある温かさが表れていた。


ヘリヤは驚きを隠せなかった。


なぜならばソフベルディ一味が襲撃してくる前の話では、ヘリヤたちは皆、離れ離れにされて働かされるという流れになっていたからだ。


どうやらロアールは心変わりしたらしい。


その理由がヘリヤが彼を助けたからかはわからないが、これは彼女にとって願ってもないことだった。


「いいんですか? ボクたちみんな一緒にいても?」


ヘリヤの声には希望が満ちていた。


ロアールは自信を持って答える。


「一度イスビョンの親父に話を通さないといけないが、なんとかなるだろう」


「あ、ありがとうございます!」


ヘリヤは声を張り上げて頭を下げた。


その目は涙ぐんでおり、彼女がどれだけ喜んでいるのかが伝わってくる。


そんな彼女を見たロアールは、笑みを浮かべると、独り言を呟いた。


「まさかソフベルディ一味にウィザード·システムを使ってた奴がいるとはな。しかも、その仲間が魔法の剣の所有者とは……これは親父がなんと言うか……」


「親父……?」


顔を上げ、不思議そうな顔で見つめてきたヘリヤに、ロアールは言い返した。


「ああ、親父ってのは、この国グリンヌークの王、イスビョン·グリンヌークだ」

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