第36話 好条件
部屋の空気が一瞬で凍りついた。
エイリーナは驚きのあまり息を呑み、アウスゲイルも目を見開いた。
ロアールは一瞬、表情を硬くしたが、すぐに冷静さを取り戻し、ヘリヤを見つめる。
「協力者だったという話だったが、違うのか? もし奴らの仲間だったら話が変わってくる」
ロアールの声には冷たい鋭さがあり、その場の緊張感をさらに高めた。
「ちょっと待って! 協力者だって話は本当だよ! ヘリヤがいたからアタシたちは、ソフベルディ一味を捕まえることができたんだ!」
エイリーナも椅子から立ち上がり、身を乗り出した。
彼女の目には必死さが宿り、声は震えていた。
だがロアールは、彼女の必死な訴えに対し、静かに答える。
「俺は本人に訊いている」
声を張り上げることはなかったが、その態度には明らかに威圧感があった。
彼の鋭い視線がヘリヤに向けられ、部屋の空気がさらに重くなる。
その迫力にエイリーナは口をつぐみ、頼りのアウスゲイルも冷や汗をかいて黙ってしまう。
ロアールの存在感が圧倒的で、誰もがその場に釘付けになっていた。
これは不味いことになった。
予定ではソフベルディ一味を捕らえた功労者としてヘリヤの罪の免除、または罪の軽減を狙っていたのだが、ロアールの態度からそれは望めなさそうだ。
彼の冷静な目が、全てを見透かしているかのように感じられた。
せっかくアウスゲイルが考えた案も、このままでは水の泡になる。
エイリーナは焦りを感じながらも、どうすることもできなかった。
もしかしたらヘリヤは、最初から罪を告白することを決めていたのかもしれない。
彼女の表情には決意が宿り、その目はまっすぐにロアールを見つめていた。
「ボクはずっとあいつの、ソフベルディの言いなりだった。商船を襲って積み荷を奪っていた実行犯はボクだ」
「たしかに入ってきた情報では、船を襲った一味のほとんどが子どもだったと聞いていたが……。じゃあ、その後ろの子たちもそうなのか?」
「そう……です。でも、みんなは積み荷を運んだだけで、船員たちに暴力を振るったのはボクだけです。だから牢屋に入れるならボクだけにしてください!」
ヘリヤはロアールの前に飛び出し、その頭を深く垂れた。
子どもたちも慌てて彼女の後に続き、謝りながらお辞儀をした。
彼ら彼女らは、ヘリヤだけが悪いのではないと、今にも泣きそうな声で訴えている。
エイリーナたちはその様子を見ていることしかできず、何も言うことができなかった。
ロアールはしばらくの間、沈黙を保ったままヘリヤたちを見つめていた。
その視線には厳しさと同時に、何かを考え込むような深い思索が感じられた。
「そう構えるな。隠してればいいものを自分から打ち明けて来たんだ。悪いようにはしない」
ロアールの言葉に、ヘリヤは再び頭を下げた。
彼女の目には涙が浮かんでいたが、その決意は揺るがなかった。
エイリーナはその姿を見て、胸が締め付けられるような思いを感じた。
彼女もまた、何かできることはないかと考え始めていた。
「お前たちの処分は……そうだな。
意外にもロアールは、ヘリヤたちの罪を軽いものとした。
彼の冷静な目が子どもたち一人一人を見つめる。
子どもたちはまだしも、実行犯であるヘリヤも同じ扱いだ。
エイリーナはホッと息を吐くと、ショーズヒルドとアウスゲイルのほうを見て、ニッコリと微笑んでいた。
だが、次にロアールが発した言葉で状況が変わる。
「まあ、その人数だけに、全員が同じところで働けるというわけにはいかないがな」
ヘリヤの顔から笑顔が消え、彼女の心臓が一瞬止まったかのように感じた。
「それはダメ……」と、彼女は小さな声で呟いた。
子どもたちの間に不安の波が広がり、彼ら彼女らの目には再び恐怖の色が浮かんだ。
「今、ダメと聞こえたが?」
「ダメ……みんなバラバラになっちゃダメ……なんです……」
ヘリヤは身を震わせながら、ロアールに答えた。
彼女の目には涙が浮かび、声はかすれていた。
ロアールの表情が冷たいものへと変わっていく。
彼としてはかなりの好条件を提示したつもりだったのに、ヘリヤの拒否はそれを踏みにじる行為だ。
この様子だと、罪の処遇が酷いものになる可能性が一気に高くなってしまった。
凄まれて黙り込んだままのヘリヤを見たエイリーナは、ロアールの目の前に飛び出す。
彼女の心臓は激しく鼓動し、手は震えていた。
「ヘリヤたちの願いを聞いてあげられないですか!? みんな一緒にいれるなら、ロアールさんの言う通りになるんだし!」
ロアールは眉をひそめた。
「さっきからいちいち割って入ってくる奴だな。いいか、エイリーナ。俺は道理の話をしている。そいつらは罪を犯した。なら、こちらの決めた処遇を受け入れるべきじゃないのか?」
「それはそうだけど……でも、やっぱり一緒にいたいのにバラバラになっちゃうのは……」
「なら、お前が積み荷分の金を払うか? それなら筋も通せるぞ。それとも
エイリーナは話に入ったことで、状況はさらに悪化した。
ロアールは彼女が口をはさんだことで、武装商船団が舐められていると感じたようだ。
彼の目には冷酷な光が宿り、部屋の空気が一気に張り詰めた。
これにはさすがに黙ってるわけにもいかず、ショーズヒルドが堪らずエイリーナの行為を止めに入る。
「お嬢、彼の言い分は正しいです! それにここでギュミルタックと揉めるのは、今後のことに響いてしまいますよ! そうなるとお嬢の夢はどうなるのですか!?」
「でも、ヘリヤたちがバラバラに……」
ショーズヒルドの言葉を理解しながらも、エイリーナはまだ食い下がろうとしていた。
彼女の目には涙が浮かび、唇は震えていた。
そんな姿を見たヘリヤは、そっと彼女の肩に触れる。
「これはエイリーナに言われた通り、よく考えなかったボクの責任」
「ヘリヤ……」
「だったらちゃんと罪を償って、みんなと堂々と生きていきたい。今後こそ未来を手に入れるために」
笑みを浮かべるヘリヤ。
彼女の覚悟を改めて知ったエイリーナは、それ以上もう何も言えなくなっていた。
「終わったか? じゃあ、話を戻すとするか」
「はい。ボクらはちゃんと罪を償うつもりです。ですが、みんなと離れ離れになるのだけは勘弁してくだ――ッ!?」
ヘリヤがロアールに答えようとしたのとほぼ同時に、船に衝撃が走った。
一体何が起きたのかと、室内にいた全員が窓から外を見るとそこには――。
「俺に逆らったガキどもは皆殺しだ! ついでに武装商船団も今日で終わらせてやる!」
捕らえたはずのソフベルディが、動く機械人形に乗って叫んでいた。
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