第35話 武装商船団

ロアールは肩幅が広く背の高い男で、右目の下にほくろが見える。


深緑の三角帽に肩章エポレットの付いた深緑のフロックコート姿は、まるで軍人のようだった。


態度や口調もその格好に合った厳格な印象で、自警団というよりはグリンヌークの将校といっていい風貌だ。


船に乗るように言われたエイリーナたちは、アウスゲイルを先頭に彼の後をついて行った。


甲板には数人の船員がおり、彼らはロアールとは違って、いかにも荒くれ者といった着崩した格好の者が多い。


しかも、船に乗ってきたエイリーナたちへ向ける視線は、まるで敵でも見るかのように厳しいものだった。


「兄貴、なんですか、そいつらは?」


「入団希望者って感じでもないですし。まさか兄貴のダチとか?」


「お前ら、人前では兄貴はやめろっていつも言ってるだろう! キャプテンと呼べ!」


船員たちが声をかけてくると、ロアールは彼らを一喝した。


だが、怒鳴られた船員たちは嫌な顔一つせず、「へいへい」と笑いながら頭を下げていた。


対するロアールは、やれやれと言いたげにため息を吐いている。


その様子を見たエイリーナは、彼らの仲がとても良いものだと解釈し、ニッコリと微笑んだ。


「慕われてるんですね、ロアールさんって。あッ、ロアールさんって呼んでいいですか? それともバレンツさんのほうがいいかな? アタシのことはエイリーナって呼んでください」


「エイリーナだな、覚えた。俺はどちらでも構わない。呼びやすいほうで呼んでくれ」


「じゃあ、ロアールさんで」


いつの間にか前を歩いていたアウスゲイルを追い抜き、ロアールの隣に並ぶエイリーナ。


ガッチリとした体格で表情の変化が乏しい男と初対面だというのに、彼女はちっとも引いた様子がなかった。


エイリーナ自身は先ほどの船員たちとのやり取りから、ロアールに好感を持っているのだが、それがわからないアウスゲイルは、彼女の堂々とした話しぶりに舌を巻く。


「なあ、エイリーナって誰にでもああなのか? 相手は武装商船団のキャプテンだぞ? いわばこの海域の守護神みてぇな相手なのに、よくあんな気さくに話せるな」


「お嬢は生まれてからずっと、イスランで自分よりも年上の方々と関わってきました。その中には酒で暴れる方もおり、たとえ強面でも、彼のような知的な人なら普段通りに話しますよ」


「知的ねぇ……。まあ、たしかにイメージしてた奴とは違ったな」


「あなたは見たままでしたけどね」


「会話のたびに皮肉を言うなよ!」


いつもの夫婦喧嘩だと、ヘリヤは前を歩くアウスゲイルとショーズヒルドを見て、クスリと微笑んでいた。


それは彼女の後ろにいた子どもたちも同じで、荒くれ者のような船員らを怖がっていた彼ら彼女らも、二人のやり取りを見て恐怖が和らいでいるようだった。


それから甲板から船室に入る。


「うわぁ! 中も綺麗だね!」


エイリーナが扉を開けて客間に足を踏み入れると、まず目に飛び込んできたのは豪華な装飾が施された木製の家具だった。


壁には精巧な地図や航海計器が掛けられ、部屋全体に知的な雰囲気が漂っている。


大きな窓からは海の景色が広がり、柔らかな自然光が部屋を明るく照らしていた。


テーブルの上には、会議のための道具が整然と並べられており、その整頓された様子にエイリーナは感心するしかなかった。


彼女は一瞬、ここが船の中であることを忘れ、まるで陸上の豪邸にいるかのような錯覚を覚え、つい声が出てしまった。


ロアールはそんなエイリーナのことは気にせずに、適当に座るように言った後、彼も椅子に腰を下ろした。


「それでは話してもらおうか」


「ああ、捕まえた海賊はソフベルディ一味で――」


打ち合わせ通りに、アウスゲイルが話し手としてロアールに説明した。


グリンヌークへ向かう途中で、偶然にもソフベルディが襲う船に出くわしたこと――。


その後、島へと到着し、ヘリヤと出会って彼女の協力でソフベルディを捕らえることができたことを――。


アウスゲイルの説明はかなり話を端折っていたが、重要なところはしっかりと伝えていた。


説明をしていた彼を見たエイリーナは、その内容に感心していた。


それもそのはずだ。


アウスゲイルは嘘をつくことなく、見事にヘリヤが不利な立場にならないように話を組み立てたのだ。


本当に頼りになると、エイリーナは改めて彼の有能さに笑みを浮かべた。


ロアールは腕を組み、真剣な表情でアウスゲイルの話に耳を傾けていた。


「ソフベルディの一味には、ずっと煮え湯を飲まされてきたからな。捕まえてくれて助かった」


「連中は奴らのアジトで拘束してある。あとで案内するぜ。それと売られそうになってた子どもたちも保護しているから、そっちのほうもなんとかしてほしい」


ロアールは頷き、少し緊張を解いたように見えた。


このまま無事に話も終わるかと思われたが――。


突然、ヘリヤが椅子から立ち上がり、ロアールに向かって口を開いた。


「ボクもソフベルディ一味でした」

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