第34話 交渉へ
――次の日の朝。
エイリーナたちは屋敷で一夜を過ごし、ヘリヤや子どもたちと共に泊まっていた宿へ向かった。
朝の光が差し込む中、彼女たちの足取りは軽やかだった。
昨夜に話し合った今後のことは、アウスゲイルの考えた案で進めることになり、宿で簡単な食事を取ってから港に行くことに。
エイリーナはパンをかじりながら、これからの展開に胸を躍らせていた。
その目的はもちろん武装商船団ギュミルタックに会うことだ。
アウスゲイルの案とは、海賊を捕らえた手柄をヘリヤのものとし、ソフベルディの下でしていた略奪行為の罪の免除をしてもらうというものである。
実は最初に彼が言った話は、ヘリヤがソフベルディの部下だったことを隠そうというものだった。
だが彼女はその案を拒否し、ちゃんと罪を償いたいと言った。
そのときのヘリヤの瞳には決意の光が宿っていた。
当然、彼女は自分が裁かれることを理解している。
しかし、最近グリンヌーク周辺の海を騒がせていた海賊を捕らえた功績がある。
それゆえ、そこまで重い罪にはならないだろうと、アウスゲイルは予想していた。
彼の話を聞き、あれだけ喚いていたエイリーナもようやく折れ、現在に至る。
あとは武装商船団とできた接点を活かし、どうやってグリンヌーク王に会う口実を作れるかだが……。
それは出たとこ勝負だ、とアウスゲイルは言う。
「交渉事ってのは勢いが大事なんだよ。その場のノリとか相手の機嫌とかな」
「ふーん。じゃあ、アウスゲイルに任せちゃっていい? アタシ、駆け引きとかはそういうのってよくわかんなくて」
エイリーナは少し不安そうに眉をひそめたが、アウスゲイルの自信に満ちた表情を見て、少し安心したように頷いた。
「任せとけ。こう見ても口には自信がある。きっとグリンヌーク王に会えるようにしてやるさ」
彼の言葉に、エイリーナは再び希望を抱き、ニッコリと微笑んでいた。
もちろんヘリヤや子どもたちもだ。
だが、ショーズヒルドだけが不安そうに顔をしかめている。
「作戦に異論はありませんが、あなたの交渉術には不安しかないですね」
「今盛り上がってんだから、たまには空気読めよ!」
宿から港までの道で、アウスゲイルの怒鳴り声が響き渡った。
それから屋台が並ぶ通りを抜け、目的地へと到着。
まだ朝も早いというのに、港へ停泊している船からは次々と積み荷が運び出されている。
中には漁船もあり、早朝からさばいた魚をつまみに、エールを飲む漁師や船員の姿もあった。
さすがは貿易業で盛んなグリンヌークだ。
「いつか、イスランもこんなふうにしたいなぁ」
その光景を見たエイリーナは、いつか自分の故郷イスランの港もこれくらい栄えてほしいと目を輝かせていた。
ショーズヒルドは、そんな活気ある港の光景を眺める彼女を見て、微笑みながら言う。
「その願い、お嬢ならば必ず叶えられるでしょう」
「うん、絶対に叶えてみせる! ありがとね、ショーズヒルド!」
笑顔で答えたエイリーナ。
そんな彼女の元気な姿に、アウスゲイルもヘリヤたちも一緒になって笑顔になっていた。
彼女たちは港内の通路を進み、武装商船団ギュミルタックの船の前へとたどり着いた。
なぜエイリーナたちにギュミルタックの船がわかったのか?
それは、アウスゲイルが彼らの船の旗のデザインを知っていたからだった。
ギュミルタックの旗は、グリンヌークの国旗が元になっている。
その旗は、白と緑の色がとても鮮やかで、まるでこの北国グリンヌークの風景をそのまま切り取ったかのようだ。
白い部分は、グリンヌークの冬季に降り積もる広大な雪原を表していて、無限に広がる純白の世界を思わせるものだ。
緑部分は、その雪からのぞく自然の癒しを表しているようであり、希望を感じさせる色である。
さらに旗の中央には円形のデザインがあり、上半分は緑、下半分は白で、まるで緑の大地に雪が降り積もっているように見える。
この無駄のない力強いデザインは、グリンヌークの自然の厳しさと美しさを見事に表現している。
武装商船団の旗は、このデザインの上に二本の斧が交差したものだ。
そして、船の名称はグリーン·アクスであり、掲げられた旗をそのまま表した名前になっている。
「綺麗……こんな船、初めて見た……」
エイリーナは船の前で立ち止まり、その壮大な姿に圧倒された。
グリーン·アクスは、白と緑の縞模様の船体に金色の装飾が輝く美しい帆船だ。
三本のマストに張られた真っ白な帆が風を受けて膨らみ、その姿はまるで大海を舞う白鳥のようであり、まるで船全体が芸術作品のように見える。
エイリーナは機械工房の娘として、これまで様々な船に触れてきたが、ここまで美しい船にはお目にかかったことがなかった。
船を見つめるエイリーナを置いて、アウスゲイルが甲板にいる男に声をかける。
「おーい、俺たちはイスランから来たもんなんだが、いろいろあって海賊を捕まえてよ。引き渡したいから、ちょっとあんたらの頭に会わせてくれねぇか?」
アウスゲイルの口にした海賊という言葉に、声をかけられた男は即座に反応し、甲板から飛び降りてきた。
ドシンと苔の生えた石畳に着地した男は、ゆっくりと顔を上げ、アウスゲイルに向かって答える。
「海賊を捕まえたと言ったな。話を聞こう」
そう言った飛び降りてきた男は、自分のことを武装商船団ギュミルタックのキャプテン――ロアール·バレンツだと名乗った。
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