第33話 良手

エイリーナはヘリヤの返事に、驚きを隠せなかった。


てっきりこのまま協力してくれると思っていただけに、そのショックは大きく、彼女に考え直すようにと声を張り上げる。


「そんなことしたら牢屋に入れられちゃうよ! それに、ヘリヤがいなくなったら、みんなはどうするの!?」


エイリーナの声は震えていた。


彼女の目には涙が浮かび、必死にそれをこらえようとしているのがわかった。


激しく動揺するエイリーナ。


ヘリヤの仲間たちである子どもらは、もう別室で眠っているが、今彼女が言ったことを聞いたらどう思うか……。


これから先に、ヘリヤなしで子どもたちが生きていけるなんて無理だと、エイリーナは彼女に訴えかけた。


「これはみんなのため……。ボクは自分のしてきたことを償わないと……。じゃないと、未来なんて手に入らないと思うんだ」


だが、ヘリヤの意志は固かった。


たとえソフベルディにいいように使われていたとはいえ、商船を襲って積み荷を奪っていたのは事実だ。


このままその事実を隠して生きていても、けして幸せにはなれない。


何よりも仲間たちが日の当たる場所を歩けるようにするには、この方法が一番なのだ。


これはパーティーのときからずっと、ヘリヤが考えていたことだった。


「ボクはウィザード·システムを使われた人間で、仲間の中にも何人かいる。だからずっと怯えて逃げ続けるよりは、ちゃんとケジメをつけたいんだよ」


「で、でも、ヘリヤが捕まるなんて……そんなおかしいよ! 悪いのは全部ソフベルディで――ッ!?」


ヘリヤの出頭を止めようと食い下がっていたエイリーナの肩に、ポンッと手が置かれた。


彼女が振り返ると、そこにはショーズヒルドが立っていた。


彼女の表情は穏やかで、しかしその目には深い理解と悲しみが宿っていた。


ショーズヒルドは首を左右に振りながら、何も言わずに諦めるように促している。


エイリーナがそんなショーズヒルドに向かって声を張り上げようとすると、彼女は口を開いた。


「お嬢、決めたのはヘリヤです。彼女のことを大事に思うなら、その意思を尊重してあげねば」


「そ、それはわかるけど……。でもやっぱりヘリヤが捕まっちゃうなんて、アタシ絶対にヤダ!」


エイリーナの声は涙で詰まり、彼女の心の中の葛藤がそのまま表れていた。


覚悟を決めているヘリヤに、それを知ってもなお譲らないエイリーナ。


ショーズヒルドは、自前の短い銀髪をポリポリと手でかくと、両腕を組んで「うーん」と唸っている。


現実的なことを考えれば、ヘリヤの判断が正しいだろう。


たとえ捕まらなかったとしても、この先、彼女が罪悪感に苦しむことは、その性格からも明白だ。


さらにいえば、仲間の子どもたちはヘリヤと同じく元奴隷である。


世の中のことを何も知らない未成年が生きていけるほど世間は甘くない。


だが、エイリーナとしては納得がいかない。


そもそもヘリヤたちは、ソフベルディに騙されていたのだ。


エイリーナの言い分としては、すべて騙したほうが悪いという考えだ。


しかし、無知な子どもを利用し、略奪行為をさせるなど当然あってはならないことだが、それでもヘリヤが海賊の手足となっていたことに変わりない。


どうすればいいのかは、もうショーズヒルドの言葉がすべてを物語っている。


だが、エイリーナが絶対に納得しないことを彼女は理解しており、この場を収める手立てが思いつかないでいた。


元々エイリーナは、魔法の剣――エレメンタルをロンディッシュから隠し、それを売って故郷を救おうというような子だ。


そんな犯罪者になろうとも頑として夢を叶えようとする彼女に、理屈など通用しないことを、ショーズヒルドは誰よりもよく知っているのだ。


「ヘリヤたちはもう自由なんだよ!? それなのに、どうしてまたそれを奪われなきゃいけないの!?」


ヘリヤとショーズヒルドが黙り込んでも、エイリーナは二人に訴えかけ続ける。


どうして騙された者が捕まらなくてはならない?


正直者が馬鹿を見るなんて、そんなのあんまりだ。


――と、赤毛の少女は喚き散らすように叫んでいた。


互いに納得する結論など出ず、このまま彼女たちの意見は分かれたままになりそうだったが――。


「一つだけいい手があるぜ」


これまで話を聞くだけだったアウスゲイルが、その口を開いた。


彼がいう良い手とは、ヘリヤたちの出頭する相手をロンディッシュではなく、このグリンヌークを守っている組織――武装商船団ギュミルタックにするというものだ。


「それがいい手なの? でもそれじゃ、結局ヘリヤが捕まっちゃうことに変わりはないでしょ?」


すかさずエイリーナが訊ねると、アウスゲイルは「フフフ」と肩を揺らしながら説明を始めた。


ロンディッシュは世界を管理する武力組織だ。


当然、犯罪者に重い罰を与え、その罪が重ければ処刑も行う。


一方で武装商船団ギュミルタックは、あくまでグリンヌークを守る自警団のような組織であり、公的な治安組織ではない。


本当はグリンヌーク王の私兵だというのは、国の事情に詳しい者ならば誰でも知っていることだが、少なくとも表向きはそうだ。


この両組織の違いに、ヘリヤがギュミルタックへ出頭する意味がある。


「話が見えてきましたよ、アウスゲイル·ビエーレ。つまり、あなたはギュミルタックを相手に交渉するつもりですね」


「さすがは教育係。察しがいいな」


「えっ? ごめん、アタシにはよくわかんないんだけど……」


ショーズヒルドはアウスゲイルの考えていることを理解したが、エイリーナはチンプンカンプンで小首を傾げていた。


彼女の眉間には小さな皺が寄り、困惑の色が濃く浮かんでいる。


そんな彼女に、アウスゲイルはニヤリと口角を上げながら言う。


「簡単に言うとな。ヘリヤに協力してもらって、海賊を捕らえたことにすりゃいいんだよ」


「それだけではないでしょう。あなたが考えていることは」


「おっ、そこまでわかったのかよ? 大したもんだなぁ」


話のすべてを理解したショーズヒルドに感心するアウスゲイル。


だが、エイリーナにはいまいち話が見えて来ない。


たしかにヘリヤに協力してもらってソフベルディたちを捕まえたとなれば、罪も軽いものにしてもらえそうだが……。


その他にまだ何かあるのかと、エイリーナは考えてもなにも出てこなかった。


彼女の瞳は迷いの色を帯び、唇を噛みしめる。


しびれを切らしたアウスゲイルは、そんな赤毛の少女に向かって、これまでの話の意図を口にする。


「ようはだ、エイリーナ。ヘリヤを海賊を捕らえた功労者にしてギュミルタックと関りが持てれば、その上にいるグリンヌーク王にも会えるかもしれないって話だ」

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