第31話 ささやかなパーティーと意外な特技

捕らえたソフベルディ一味はひとまず放置し、エイリーナたちは屋敷で今後のことを話し合うことにした。


その前に、せっかくヘリヤたちが自由になったのだからと、エイリーナがパーティーをしようと提案。


ならばと屋敷内にあった台所や食材を使って、彼女たちは子どもらと一緒に料理をすることに。


「おい、なにやってんだ、ショーズヒルド!?」


「なにって、野菜を切ってるだけですが?」


「キャベツはちゃんと芯を取らなきゃダメだろ!? エイリーナもカブをそのまま切るんじゃなくて、ちゃんと皮を剥がせよ!」


台所でアウスゲイルの怒鳴り声が響き渡っていた。


どうやらショーズヒルドもエイリーナも料理に関してはあまり知識がないようで、何かと手順がおかしい彼女たちにやきもきしているようだ。


特にまだ幼いエイリーナはまだしも、これまで彼女を育ててきたショーズヒルドの無知さに、アウスゲイルは呆れてものが言えなくなる瞬間ばかりだった。


「料理くらい覚えろと言わねぇが、そんなんでよくやって来れたなぁ」


「私はお嬢の教育係です。そのため読み書きや算術はもちろん、世界の歴史や情勢、さらには武芸に宗教、音楽など、私自身が学ばなければいけないことが多かったので、料理に関しては栄養バランスしか考えていませんでした」


「そりゃ料理を覚える時間もねぇか。しかし、教えながら自分も勉強してたのかよ……」


アウスゲイルは、雑にキャベツの芯を取り始めたショーズヒルドを見て思う。


隻腕に隻眼と、どう見てもまっとうな人生を送ってきた容姿には見えない彼女は、おそらく傭兵か何かだったのだろう。


しかも話では、まだ彼女がエイリーナくらいの年齢のときにイスランへと流れ着いたと聞いた。


そのことから考えるに、きっとショーズヒルドは、エイリーナの両親から彼女の教育係を任された後、死ぬ物狂いで勉強したに違いない。


その理由は、いくら魔法大戦後――世界中で大きな戦争が起きていないとはいえ、傭兵には文字の読み書きもできない者が多いからだ。


(まあ、かといってキャベツの芯を取らない言い訳にはならねぇがな)


そんなことを想像しながら、ひとり肩を揺らしているアウスゲイル。


ショーズヒルドはそんな彼を見て不可解そうな顔をすると、気にせず野菜を切り続けるのだった。


それから少しでもパーティーらしくしようと、アウスゲイルが台所にあったオーブンでスポンジケーキを作った。


そのケーキに、エイリーナとヘリヤ、そして子どもたちがブルーベリージャムやフルーツで、わいわい騒ぎながらデコレーションしていく。


「あまり派手にし過ぎるなよ。味がおかしくなるからな」


「料理に対するこだわりが強すぎる男は、異性からの評価が芳しくないことが多いですよ」


「ご丁寧にどうも! 別に女に好かれたいわけでもねぇから、それで構わねぇよ!」


味にこだわるアウスゲイルに、ショーズヒルドがチクりと嫌味を言うと、皆が大笑いしていた。


ちなみにソフベルディたちに捕まっていた子どもたちも、エイリーナらと一緒に調理に参加している。


彼ら彼女らはすぐにでも帰りたがったのだが、現状ではどうすることもできず(どうやらかなり遠くの国の子もいた)、とりあえず食事を取ることをショーズヒルドがすすめだのだ。


その後、無事に料理は完成。


屋敷の大広間に皆で運び、エイリーナたち子どもにはベリージュース、酒が飲める大人には蜂蜜酒ミードと、それぞれ木製の容器に入れて手に持つ。


「じゃあ、ヘリヤ。乾杯の挨拶をお願いね」


「えっ!? ボクがやるの!?」


エイリーナは、何の前振りもなくヘリヤに乾杯の音頭を取るように頼んだ。


ヘリヤはまさか自分がそんな役を頼まれると思っていなかったので、驚きと戸惑いを隠せなかったが、子どもたちから急かされ、結局やることになった。


「そ、それじゃ……ボクがやらせてもらうね……」


もじもじと木製の容器を掲げ、ヘリヤは震えながら言う。


「エイリーナ、そしてショーズヒルドさんとアウスゲイルさんも、本当にありがとう……。ボクらみんな、感謝してもし切れないくらいです……。もう……これ以上言葉にできないので、皆さん、乾杯!」


「かんぱーいッ!」


彼女のか細い声とは反対に、エイリーナと子どもたちの声は部屋に響くほど大きかった。


それから皆、テーブルに並んだ料理に向かって、我先にと手を伸ばし始める。


アウスゲイル主導で皆で作った料理は、キャベツやカブ、玉ねぎ、ニンジンなどの野菜に、アザラシの干し肉を使った、風味豊かなスープだ。


本来、干し肉は塩気が濃いため、スープを作るときは味の調整が難しいのだが、これをアウスゲイルは見事に美味しいものに仕上げていた。


ちなみにエイリーナたちがデコレーションしたスポンジケーキは、食後に皆で食べる予定になっている。


「うーん、美味しい! ただ野菜と肉を切って煮ただけなのに、こんなに美味しいなんて、まるで魔法だよ! アウスゲイルって剣だけじゃなくて、料理も得意だったんだね!」


「まさか、ここまで違うものなのですかッ!? こ、これは、私も本腰を入れて料理を学ぶ必要がありますね……」


子どもも含めエイリーナたちが料理を絶賛し、ショーズヒルドはあまりの美味しさに驚愕していた。


アウスゲイルはこれくらい誰でも作れると返事をし、照れ隠しか、蜂蜜酒ミードを一気に飲み干して、早くももう二杯目を注ぎ始める。


その横では、料理を口にしたショーズヒルドが、ムムムと顔をしかめながら蜂蜜酒ミードを一口飲む。


「あら? なんですか……? 急に前が見えなくなってぇ……」


「あぁッ!? 誰だよ、ショーズヒルドにお酒を飲ませたのは!?」


いきなりパタリと倒れたショーズヒルドに、エイリーナが駆け寄った。


なんでも彼女は、お菓子に入っているアルコールだけでも記憶を失ってしまうほど酒に弱いらしく、こうなるともうしばらく目覚めないのだそうだ。


「しっかし一口しか飲んでねぇのに寝ちまうなんて、どんだけ酒に弱いんだよ」


「本人も昔は努力して強くなろうとしたらしいけど、結局ダメだったんだって」


「そんなとこまで努力家なのかよ……。まあ、ショーズヒルドらしいというかなんというか……。次からは料理に入れるものにも気をつけたほういいな、こりゃ」


強面のショーズヒルドにそんな弱点があったことを知ったアウスゲイルやヘリヤたち子どもらは、顔を真っ赤にして眠っている彼女を見て、皆で大笑いした。

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