第30話 手を汚さないで

ヘリヤは、壁を破壊し、そこから現れた赤毛の少女――エイリーナの姿を見て、固まっていた。


どうしてここにあいつが来たのか?


まさか助けに来たのか?


あれだけ冷たい態度を取ったのに、放っておけなかったというのか?


うまく体が動かせなかったヘリヤは、それでもなんとか口を開いた。


「な、なんで、お前が……?」


「話はあとあと! 今はこの人たちをやっつけるんだよ!」


エイリーナはそう叫ぶと、ヘリヤを囲んでいたソフベルディの部下たちに突っ込んでいった。


錆びた剣が輝くと、その刃は竜巻に包まれ、彼女が武器を振るたびに、男たちを壁へと叩きつけていく。


このことから、エイリーナも魔法の剣――エレメンタルをかなり使いこなせるようになったことがわかる。


「ショーズヒルドは子どもたちをお願い! アウスゲイルはヘリヤを守ってあげて!」


二人に指示を出したエイリーナは、目に入る男たちを吹き飛ばして、まるで猪のように突進していく。


そんな彼女の後ろ姿を見たショーズヒルドは、不機嫌そうに顔を強張らせていた。


「お嬢、またそんな役割分担を……。本来ならば戦いの場で将たる者は、後方で指揮を執るものですのに」


「文句言うなよ、ショーズヒルド。それにしても、あいつも怒ることあるんだな」


「たしかに、私はお嬢が生まれたときからお傍にいますが、誰か特定の人に対してあれだけ怒りを見せるのは初めてですね」


男たちをなぎ倒しながら、エイリーナはソフベルディの前までたどり着いた。


後ずさる相手に、彼女は剣を突きつけて激しく睨みつける。


「さあ、もうあなたを守る人はいないよ!」


「テメーもウィザード·システム持ちかよ!? 魔法なんて使いやがって、ふざけんじゃねぇ!」


「そんなシステム受けてたまるか! 大人しく負けを認めろ!」


「俺がガキなんかに負けるもんか! おい、お前ら! なに手を抜いてんだよ!?」


ソフベルディは叫びながら剣を手にし、エイリーナへと斬りかかった。


だが、その刃をエレメンタルに弾かれ、壁へと叩きつけられる。


呻きながらもまだ降伏しないソフベルディは、再び立ち上がると、今度はその場から逃げ出そうとした。


しかし、それを見逃すエイリーナではない。


「仲間を置いて逃げるなんて……ホントに救いようがない人だな、あなたは!」


「や、やめろ! うわぁぁぁッ!」


エイリーナは剣が起こした風に乗って、逃げる敵へと飛びかかる。


そして、振るわれた錆びた剣がその背後を打ち、今度こそソフベルディは動かなくなった。


その間に、ヘリヤたちを囲んでいた男たちもショーズヒルドとアウスゲイルによって倒され、海賊をすべて捕らえることに成功する。


「終わったね、ヘリヤ。大丈夫? どこもケガしてない?」


俯いているヘリヤに駆け寄り、エイリーナが声をかけた。


声をかけられたヘリヤが返事をせずにいると、彼女はいきなり落ちていたナイフを手に取って、気を失っているソフベルディを突き刺そうとした。


だが、ナイフがソフベルディに刺さることはなく、寸前のところでエイリーナによって阻止される。


「邪魔をするな! こいつは……ボクの手で始末しなきゃいけないんだ!」


「違うよ、ヘリヤ! こいつなんかに、あなたの手を汚すことはない!」


エイリーナはそう叫び返すと、ヘリヤを抱きしめた。


優しく、まるで親が子を包み込むように。


彼女の体温を感じながら、ヘリヤは涙を流し、もうソフベルディに何かしようとはしなくなった。


そんなヘリヤの姿を見ていた子どもたちもまた、全員が泣き出し始め、特に幼い子らをショーズヒルドが宥めている。


「ご立派です、お嬢」


子どもらを宥めながら、ショーズヒルドが微笑んでいた。


最低な男を殺そうとしたヘリヤを止め、エイリーナが彼女の価値を示し、そして慰める姿を誇らしく思ったのだろう。


そう――。


エイリーナの判断は正しい。


未来ある子どもの手を、こんな小悪党の血で染めることはない。


「とりあえず全員ふん縛っておいたぜ。それでどうするんだ、こいつら?」


アウスゲイルがソフベルディを含め、その場にいた海賊をすべて拘束し、ショーズヒルドに声をかけた。


感激に浸っていた彼女は、ムッと表情をしかめると、アウスゲイルに向かって言った。


「人がお嬢の成長を喜んでいるというのに……。無粋ですよ、アウスゲイル·ビエーレ」


「あのな、そんなの後で本人を直接褒めてやれよ。つーかそのフルネーム呼びはなんとかなんねぇのか……」


「これは今の私とあなたの距離を表す呼び方です。第一に、私はまだあなたを信用していませんからね」


ショーズヒルドの辛辣な返事に、アウスゲイルは呆れながら「さいですか」と答えた。


まあ、彼女の態度は当然のことだと、アウスゲイルは受け入れている。


そもそもエイリーナがおかしいのだ。


自分を殺そうとした相手の事情を聞き、仲間にしてしまうなど、いくら彼女が世間知らずの子どもだからといってもあり得ない話だ。


「そして今度は、大人の道具にされていた子たちを救うか……。本当に、エイリーナはスゲーなぁ……」


ショーズヒルドには直接褒めろと言ったアウスゲイルだったが、彼もまた口から賛辞が漏れていた。

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