第29話 獣には鎖を
――夜のグリンヌークをエイリーナたちは歩いていた。
彼女たちはアウスゲイルを先頭に、これからヘリヤがいるだろうソフベルディのアジトへと向かっている途中だ。
そのアジトは町から離れたところにあり、いかにも海賊らしいとショーズヒルドが不機嫌そうに言っている。
「見えたぜ。あそこだ」
アウスゲイルが指を差した方向には、海の見える景色と大きな屋敷があった。
外観に
ここらは
廃墟になった屋敷に住み着くのは、犯罪者の常套手段だ。
エイリーナたちが屋敷に近づいていくと、建物から凄まじい破壊音が聞こえてきた。
今回はひとまずヘリヤたちの様子を見に来ただけだったが、これは抜き差しならぬ状況になっているようだ。
「今のはなに!? なんか大砲でも撃ったみたいな音だったけど!?」
「どうやら事情はわかりませんが、中で戦闘が起きているようですね。いかがしましょうか、お嬢?」
「そんなの決まってるよ!」
ショーズヒルドに訊ねられたエイリーナは、迷うことなく突入を選んだ。
――その頃。
屋敷内では、地下室から出たヘリヤが仲間たちのいる部屋へとたどり着いていた。
大したことはないものの、ケガをしている彼女を見た仲間たちは、冷や汗をかきながら言葉を失っていた。
「みんな、早くここから逃げるよ!」
「いきなりそんなこと言われても……」
「一体何があったの、ヘリヤ……?」
ヘリヤは困惑する仲間たちに向かって、目に涙を浮かべて声を張り上げた。
「私たちはソフベルディに騙されてたんだ! 早く逃げないと、捕まって、みんな売られちゃう!」
彼女の言葉を、その場にいた誰もが信じられなかった。
ソフベルディは奴隷だった彼らを引き取り、温かい食事と寝床を与え、さらに住むところを提供してくれたのだ。
「お前たちのような子どもを見ていられない。恵まれている連中に一泡吹かせて、一緒に幸せな未来をつかもうじゃねぇか」
――そう言ってくれた人物だったのである。
それが実は、無知な自分たちを利用して、彼らが嫌悪する人身売買の片棒を担がせていたなど、到底信じられる話ではなかった。
だが、泣きながら叫ぶように言ったヘリヤの姿は、それが紛れもない真実だということを理解させるには十分だった。
誰もが青ざめ、中には泣き出す者まで現れ、ヘリヤの仲間たちの顔からは一気に生気が抜けていく。
そんな姿を見たヘリヤは、仲間たちを立ち上がらせるため、大声で言った。
「大丈夫! ボクがみんなを守るから! 魔力があるボクのほうが、あいつらよりも強いんだ!」
そこへ、部下を引き連れたソフベルディが現れた。
その手には何か宝石のようなものがあり、ヘリヤが違和感を覚えたとき、ソフベルディはニヤリと下卑た笑みを浮かべた。
「そいつはどうだろうなぁ、ヘリヤ」
「そこを退け、ソフベルディ! 退かないなら次は殺す!」
声を張り上げ、身構えたヘリヤは体内に意識を集中させた。
そして、流れる魔力を感じると、それを全身に行き渡らせた。
しかし、魔力を全身にまとった瞬間、その光はヘリヤの体を離れ、宙へと飛散していく。
「なにこれ!? なんでマジック·アドバーストが使えないの!? まさか……ボクに何かしたのか、ソフベルディ!?」
「何もしちゃいねぇよ。ただ俺はお前にプレゼントを贈っただけだ。今お前の腕に付けているブレスレットをな」
ソフベルディはいつでもヘリヤを無力化できるように、魔力封じの腕輪を付けさせていた。
腕輪を贈られたとき、ヘリヤは自分が大事にされていると喜んでいたが、まさかこんな効果があったとは……。
これでは獰猛な獣に鎖を巻きつけて、言うことを聞かすのと同じだ。
「お前らみたいな魔力を持った野良犬を、首輪なしで飼うわけねぇだろ」
「野良犬……ボクらはお前にとって犬だったのか……ッ!」
「ウィザード·システムは厄介だからな。こういうこともあろうかと、前もって準備しておいて正解だったぜ」
魔力をまとえないヘリヤは、ただの喧嘩慣れした子どもに過ぎない。
それで一人二人くらいなら倒せそうだが、武器を持ったソフベルディの部下たちは十人以上いる。
さらに彼女の背後には戦闘ができない仲間たちがおり、彼らを守りながら逃げるなど、どう見ても無理な状況だ。
震える仲間たちを一目見て、ヘリヤはどうすればいいのかを考えていた。
それでも、この状況を変えるような作戦は思いつかない。
それも当然だ。
ヘリヤはこれまで、自分で考えることを放棄し、ソフベルディの言う通りにしてきた。
いや、もっと昔から彼女は、物心つく前から人に買われて奴隷として強いられ、思考するという学びを奪われていたのだ。
ただでさえ考えることが苦手なのに、こんな危機的状況で何か考えつくはずもない。
(……くッ!? なんでこんなときにあいつ……赤毛の顔が浮かぶんだよ!)
歯を食いしばるヘリヤの頭の中に現れたのは、赤毛の少女――エイリーナの姿だった。
彼女は自分たちが海賊だと知っていながらも、ロンディッシュへ通報しなかった。
それどころか、ヘリヤたちがソフベルディに騙されていると、訴えかけてきていた。
何も得しないというのに、どうしてあの赤毛の少女はそんなことをしたのか――
そんなことが、ふっとヘリヤの脳裏をかすめていた。
「おい、ヘリヤ以外は今すぐ殺せ! こいつには、今まで必死に守ってきた仲間が殺されるところ見ながら死んでもらうんだ」
指示を受けた部下たちが動き出す。
ヘリヤは仲間たちを守ろうと飛び出すが、三人に囲まれてしまい、助けに向かえない。
「やめろ……やめろ! みんなに手を出すな!」
「フハハハハハッ! 感謝しろよ、ヘリヤ! ここで死ねば、お前らは奴隷に戻らずに済むんだからな!」
仲間たちが殺される。
ヘリヤは自分の無力さに涙を流し、喉が枯れるまで叫び続けたが、その声はソフベルディの高笑いによってかき消された。
このまま彼女を含め、全員が殺されてしまうかと思われたが――。
「夜分に失礼します」
突然、凄まじい衝撃と音と共に、部屋の壁が破壊された。
そこには隻腕、隻眼の女性が立っており、この場に似つかわしくない挨拶をしている。
そんな彼女の背後から、赤毛の少女が飛び出してきた。
少女は錆びた剣を手に、ソフベルディの部下たちを一瞬で吹き飛ばしていく。
「あなたたちみたいな人、アタシ大っ嫌い!」
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