第27話 捨て時
――グリンヌークの港町から少し離れた屋敷。
ヘリヤはその建物の廊下をトボトボと歩いていた。
長い前髪でいつも以上に顔を隠し、屋敷に戻る前からずっと歯を食いしばっている。
「なんなんだよ、あの赤毛……。自分で考えろってなんだよ……!」
町で会った赤毛の少女の言葉が、ヘリヤを苦しめていた。
それは、彼女が自分のやっていることに対して、長らく疑問を持っていたからだった。
船を襲い、他人を傷つけて積み荷を奪う。
それがいけないことだとわかっていながら、どこかそのことを考えないようにしてきた自分。
そして、本当にソフベルディが言うように、こんなことを続けて未来が開けるのか――ヘリヤは違和感を覚えていたのだ。
「ボクにはこれしかない……。ソフベルディさんがそう言ったんだ……」
だがしかし、それ以外に自分が生きていく道を彼女は知らない。
それでも、内に湧いてくる違和感を抑えられない状態になっていた。
ヘリヤは仲間である子どもたちがいる部屋には行かずに、ソフベルディがいる二階へと上がっていった。
そして、ソフベルディの部屋の前に立つと、その扉をノックする。
「もしかしてヘリヤか? なんだよ、ノックなんかしねぇで入ってこい」
声が聞こえ、ヘリヤは部屋へと入った。
そこにはフード付きの黒い外套を羽織った、金のピアス、ネックレス、指という指に指輪をつけている男――ソフベルディがいた。
「今日は町に行ってたらしいじゃねぇか。今のお前ならあいつらになんでも買ってやれるもんな。喜んだろ?」
「……」
笑顔を振りまくソフベルディだったが、ヘリヤは何も言わずに彼の前で立っていた。
その態度に何かあったかと思ったソフベルディは、彼女に声をかける。
「どうしたヘリヤ? なんか元気ねぇな。町でなんかあったのか?」
「……ボクたち、このままでいいのかな」
ヘリヤは俯きながらも話し続けた。
町で顔見知りと出くわし、彼女からもっとよく考えるように言われたこと――。
そして、このまま略奪行為を続けていて、本当に未来などあるのかと。
「ボクたちがやっていることは、逆に将来を無くしてしまうことなんじゃないかって、思って……」
「何を言ってんだよ、ヘリヤ。お前らは俺の言うことを聞いてりゃいい。そうすりゃ今よりも幸せな未来が待ってんだ。お前がその未来を信じなくて、他の奴らはどうするんだよ。幸せな未来は努力しないと手に入らない。俺がそう教えてきたじゃねぇか」
「そ、そうなんだけど……。あいつが、あの赤毛が言ったんだ。船を襲っていても未来はないって……」
「なんだそりゃ? いかにも何も知らない奴が言いそうな綺麗ごとだな。いいか、ヘリヤ。そいつはウィザード·システムを受けた人間のことを何もわかっちゃいねぇ」
ソフベルディは、ヘリヤの肩に手を回し、グッと自分に引き寄せながら話し始めた。
違法とされるウィザード·システムを受けた者が、まっとうに生きることは許されていない。
それは、世界を管理する武力組織ロンディッシュが定めた法であり、魔法の力を持った者は、たとえまだ子どもだろうが罰を与えられる。
そんなヘリヤたちに寝る場所と食べるものを与え、未来のないお前たちに手を差し伸べたのは誰だと、ソフベルディは彼女の耳元で
彼に訊ねられたヘリヤは、俯きながらも言う。
「……ソフベルディさんです」
「そうだろ。俺はそんなお前らをお天道様の下を歩かせてやりたいんだよ。これまで辛い目に遭った分、素晴らしい未来を一緒に見ようぜ」
ヘリヤは、迷いながらもコクッと頷いた。
その態度を見たソフベルディは、ニカッと歯を見せると、彼女から手を放す。
「いちいち人の言うことなんか気にすんな。どうせ恵まれてる奴の言葉だ。お前たちのことなんてこれっぽっちも理解してねぇ。ヘリヤ、お前は俺のことだけ信じてりゃいいんだ。そうすりゃ幸せな未来が手に入る」
「そう、だよね……。うん、わかった。ソフベルディさんを信じる」
「お前はいい子だ、ヘリヤ。上手く魔力を使えない仲間のために体を張ってるお前こそ、本物の英雄マジック·ソルジャーだぜ」
ヘリヤは称えられると、部屋を後にした。
彼女はソフベルディの言葉に納得したような口ぶりだったが、その表情はなんだか浮かないままだった。
そのことを察したソフベルディは、テーブルにあった酒瓶に手を伸ばし、それに口をつけて中身を飲み干した。
プハーと酒臭い息を吐き、瓶を手にしたまま急に冷たい表情に変わった。
「そろそろ捨て時だな、あれも……」
そう呟いたソフベルディは、酒瓶をテーブルの上に置くと部屋を出た。
廊下にはヘリヤの足音が聞こえ、彼はゆっくりと音のするほうへ歩き始めた。
まさか後をつけられているとは思ってもいないヘリヤ。
彼女は浮かない表情のまま、次の仕事の準備をしようと、奪った積み荷が隠された地下室へ向かった。
ソフベルディにもらった金属のブレスレットを見つめ、気持ちを切り替えながら。
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