第26話 育ちの違い

ショーズヒルドは、まるでエイリーナを宥めるように言葉を続けた。


人として当たり前の権利を奪われ、何かを学ぶことを奪われ、ただ言うことを聞くようにだけ育てられる。


それが奴隷というものであり、本人の意思など、奴隷を買う側の人間にとっては邪魔なものでしかない。


おそらく海賊の少女は、生まれてからずっと従属させられることを強いられてきたのだろう。


そんな境遇から拾われ、居心地の良い場所や甘い言葉をかけられれば、略奪行為さえ正当化できてしまう。


「自分で考えるように育てられたお嬢とは違って、その子は考えることを放棄するように育てられた。だからお嬢の訴えに痛みこそ感じても、聞き入れることができないんです」


エイリーナは、奴隷というものを改めて知った。


それまでなんとなく知った気になっていたが、それは彼女の想像を超えるものだった。


奴隷とは自由を奪われ、従わされる人生を送ることだと思っていた。


だが、それだけではなかった。


人に買われるということは、相手から思考すらも奪うのだと、エイリーナはショーズヒルドの話からそのことを理解した。


「そうか……。だからヘリヤは……」


俯くエイリーナを見て、ショーズヒルドもまた両目を閉じていた。


しばらく沈黙が部屋の中を流れると、これまで黙っていたアウスゲイルが口を開く。


「なあ、ちょっといいか?」


「うん、大丈夫だよ……」


「その海賊やってた子を拾った男の名前って、ソフベルディで間違いないんだな?」


「間違いないと思うけど……。もしかして知ってる人なの?」


エイリーナの問いに、アウスゲイルは乾いた笑みを浮かべて頷いた。


どうやら彼が部屋を出る前に言っていたグリンヌークに住む知り合いとは、そのソフベルディという男だったらしい。


さらに彼が言うに、先ほど情報収集をしに出たときに、ソフベルディのところへ顔を出していたそうだ。


「あの野郎……。最近ようやく使えるのが手に入ったとか言ってやがったが、まさかエイリーナと鉢合わせた子のことだったとはな」


「その“使えるのが手に入った”の“使える”とは、もしかしてお嬢が言っていた魔法らしき力が使えることと、何か関係があるのですか?」


ショーズヒルドが訊ねると、アウスゲイルは顔を強張らせる。


「大ありだぜ。ソフベルディの野郎が絡んでんなら、その魔法らしき力ってのは、確実にウィザード·システムによってもたらされたもんだ」


ウィザード·システムとは――。


魔力のない者の体に強制的に魔法が使えるようにする施術で、現在はロンディッシュにより世界的に禁止されている。


二百年前にあった魔法とは違い、火や水、風や土などに変えず、体内の魔力をそのまま放てるようにするという、当時の言葉でいうとマジック·ソルジャーを生み出すためのものだ。


現在は禁止こそされているものの、犯罪組織や賊などに流出し使われている。


その施術は質が劣悪かつ低いため、成長期の子どもにしか定着しないとされ、その粗悪な施術の成功率は五割、失敗した者は廃人となってしまうと言われていた。


おそらく海賊の少女ヘリヤは、奴隷にされたときか、またはソフベルディに拾われたときにウィザード·システムの施術を受けたのだろう。


彼女以外にも人身売買で購入された子どもの多くが、本人の意思と関係なく施術を強制されているのが実情だ。


「そんな酷い! いくら魔法の力が使えるようになるからって、廃人になるかもしれないのに無理やりやらせるなんて!」


「弱者は搾取される……ありふれた話さ。反吐が出るような話だがな」


エイリーナが悲鳴を上げるように声を張り上げると、アウスゲイルは吐き捨てるように言い返した。


そう――。


これは世の中で本当によくある話なのだ。


居場所のない子どもを売買し、さらに使える駒にするために教育することは、アウスゲイルのよく知る世界では普通のことだった。


だからこそ彼はそんな世界に反抗し、裕福だった暮らしを捨てて、世界から爪弾きにされた者たちが笑顔になれる場所を作る夢を持ったのだ。


そして、彼のその夢は今、エイリーナの夢でもあった。


「ねえ、二人とも。アタシ、ヘリヤたちをなんとかしてあげたい!」


「お嬢は……またそんな無茶を言う……」


ショーズヒルドが大きくため息を吐いたが、エイリーナは止まらない。


「だって、きっとヘリヤは他の拾われた子のためにこんなことしているんだよ! 他に行くところもないから悪いことをやらされてるんだ!」


「しかし、お嬢の話を聞く限りは、曲りなりとも本人の意思でやっているように聞こえましたが」


「それはわからないからでしょ!? あの子だって真実を知れば、絶対に自分のやっていることが間違ってるって理解できるはずだよ!」


こうなればもう意地でもやる。


ショーズヒルドは呆れながらも笑みを浮かべた。


彼女の隣にいたアウスゲイルのほうはというと、笑顔で拳を手のひらに打ちつけている。


「……また遠回りをしたがる。私たちの目的はグリンヌーク王と会うことでしたのに……。ですが、お嬢がそこまで言うなら、私に反対はできませんね」


「そうこなくちゃな! ソフベルディのアジトならわかるぜ。早速、今から乗り込むとするか!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る