第25話 海賊行為の理由

その場から去ろうとしていたヘリヤは足を止め、エイリーナのほうを振り返った。


そのときの彼女の顔は、激しく強張っていて、今にも飛びかかってきそうだった。


「未来がない? どうしてお前にそんなことがわかるんだ」


「わかる! 海賊行為なんかしてたら捕まっちゃうからだよ!」


エイリーナは熱弁を振るった。


グリンヌークにはロンディッシュはもちろんのこと、ここらの海域を守る武装商船団ギュミルタックがいる。


今はまだ上手くいっているかもしれないが、いずれにしても彼らに捕まるときがくると必死に訴えかけた。


だがヘリヤは強張った顔のまま歯を食いしばり、弱々しく言い返した。


「お前の言っていることはわからない」


「何がわからないの!?」


「ソフベルディさんは、未来を手に入れたいなら奪えばいいと教えてくれた。金を持っている連中から奪い続ければ、絶対に幸せになれるって」


エイリーナはソフベルディという名を聞き、それが誰かを考えた。


おそらくはヘリヤと船で向かい合っているときに、彼女に声をかけていた男のことだ。


ヘリヤは男について話を続ける。


「未来のない、ただ死ぬだけだったボクたちを救ってくれたんだ。奴隷の立場からも解放してくれた」


「あなた……奴隷だったの……?」


「そうだよ。そのうち使い潰される運命だったんだ。機械工房っていう立派な居場所があったお前なんかに、ボクたちのことがわかるわけがない」


エイリーナの言葉に耳を貸さないヘリヤ。


だが、それでも彼女は食い下がる。


「それでも、あなたは騙されてるよ!」


聞く耳を持たないヘリヤに対し、エイリーナはまくしたてるように言った。


「たとえ奴隷の立場から解放されても、今も何も変わっていないんだ。海賊行為なんて危険な仕事をするように言う人間なんて、絶対に信用しちゃダメだよ」


エイリーナの説得に、ヘリヤの顔はますます強張った。


「なんなんだ、お前は……。さっきから意味がわからないことばかり言いやがって……」


「少しは自分で考えなよ! ソフベルディって人があなたたちに何をさせているのか! そうすればアタシの言ってることがわかるはずだよ!」


「うるさい! もう放っておいてくれ!」


声を張り上げたヘリヤは、突然、宙へと飛び上がった。


彼女はそのまま建物の屋根へと飛び乗り、まるでエイリーナから逃げるように走り去った。


エイリーナは追いかけながら、何度も声をかけ続けた。


だが、エレメンタルを持っていない彼女では、屋根から屋根へと移動するヘリヤには追いつけず、結局見失ってしまった。


「なんで……なんで騙されてるってわからないの!」


港町の路地裏に、赤毛の少女の悲痛な叫びが響き渡った。


――陽が落ちて、夜になりかけた頃。


ショーズヒルドとアウスゲイルは宿へと戻ってきていた。


もうすぐ約束の夕食時だった。


二人は偶然にも宿の外で顔を合わせ、エイリーナがいる部屋へと向かう。


「ただいま戻りました」


「こっちもだ。いい話も聞けたぜ」


二人が部屋に入ると、エイリーナは窓から外を見ていた。


彼女が気がついて振り返ると、ショーズヒルドが訊ねる。


「お嬢、ゆっくり休めましたか?」


「ねえ、ショーズヒルド。ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど……」


ショーズヒルドはもちろんと答え、夕食を取りながら話をしようと提案した。


エイリーナも同意し、今夜は部屋で食事をすることにする。


そうと決まると、アウスゲイルが宿の人間に声をかけ、簡単なものでいいから用意してもらえるように頼んだ。


しばらくして部屋に料理が運ばれてきた。


ニンジン、カブ、タマネギなどの煮物、アザラシの肉を使ったスープ、パンとバターなど、このグリンヌークでは定番といわれている料理の数々だ。


イスランの夜もよく冷えるが、グリンヌークはそれ以上に冷えるため、こうした温かい料理が強張った体をほぐしてくれる。


「アザラシのお肉なんて初めてだったけど、とっても美味しいね」


エイリーナにも笑みが戻り、三人は他愛のない会話を楽しんでいた。


すぐに本題に入らなかったのは、ショーズヒルドとアウスゲイルの配慮だろう。


二人とも、明らかに元気がなかった彼女に気を遣ったのだ。


談笑もそこそこに、ショーズヒルドはエイリーナに声をかける。


「そういえばお嬢、先ほど聞いてほしいことがあると言っていましたが?」


「うん、実はね……」


話を振られ、エイリーナは相談したかったことを伝えた。


ショーズヒルドとアウスゲイルが宿を出た後、気晴らしに町を散歩していたとき、偶然、船を襲っていた海賊の少女と会ったこと――。


どうして海賊なんかやっているのかと問い、少女が奴隷出身である男に拾われ、その男の指示で略奪行為をしているのだと――。


そして、男に騙されていることになぜ気がつかないのかを訴えたが、聞き入れてもらえなかったことを――。


「なんでわかってもらえないんだろう……。少し考えれば誰だってわかることなのに……」


再び笑みを失ってしまったエイリーナ。


ショーズヒルドはそんな彼女に向かって、静かに言った。


「仕方ありません。その少女は奴隷だったのですから」

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