第23話 まずやるべきこと

――それから船はグリンヌークの港へと入った。


船を降り、港町へと足を踏み入れたエイリーナたちは、その活気に驚かされていた。


町の路上はまるで市場のように賑わっており、店先には魚や果物はもちろん、他国の品々も並んでいる。


さらに道はちゃんと舗装されており、エイリーナたちが住むイスランとは違って、簡素ながらも文明の香りが漂っている。


「以前に私が来たときと比べて、ずいぶんと変わりましたね」


「これもさっき話した武装商船団のおかげさ。海の治安が守られるようになって、国外へ安全に輸入や輸出ができるようになったからな」


畜産農業で生計を立てているイスランとは違い、グリンヌークは狩猟と漁業が中心の国だ。


それが安全に海を渡れるようになれば、当然、貿易業が盛んになる。


ならばイスランも他国と貿易をすればいいではないかと思われるが、エイリーナの故郷の輸出入はどうしてかロンディッシュによって制限と管理をされているため、あまり住民へは還元されていないのが実情だった。


グリンヌークの町を歩きながら、エイリーナたちはひとまず滞在する宿を探すことにした。


どうやらアウスゲイルが以前に使った店があるらしく、宿はすぐに決まった。


部屋に入った三人は、今後の計画について話し合うことに。


「お前たちが考えていたのは、エレメンタルを買ってくれる大金持ちを見つけることだろ?」


「お前たちではなく、お嬢の考えです。そこはお忘れなく」


「細かい奴だな。別にそんなのどっちでもいいじゃねぇか……」


「よくありません。お嬢が自分で考えて行動に移したということは素晴らしいことなんです。たとえそれが失敗する可能性が高くとも、お嬢が自分の意志で決めたという事実は、決して細かいことなどではありません」


アウスゲイルは、ショーズヒルドの言葉に辟易へきえきした。


それでも彼は何か言うのをこらえ、話を進めようとする。


「へいへい。わかりましたよ。じゃあこの国で一番の大金持ちとなると、やっぱグリンヌーク王になるな」


グリンヌークの王――。


その名をイスビョン·グリンヌークという。


代々続くグリンヌークの王族で、現在でもこの島の主だが、国がロンディッシュの管理下にあるため、庶民とほとんど変わらない生活をしていると言われている。


だがそれはあくまで表向きの話で、その裏では私兵を集め、貿易業で独自の勢力を持っているらしい。


魔法大戦後に、世界を監視、管理しているロンディッシュという存在がいながらも、今なお気を吐き続けている王族は、現在はグリンヌーク王だけだというのは、少し世界情勢に詳しい者なら誰でも知っている話だ。


アウスゲイルがグリンヌーク王の名を出すと、ショーズヒルドはコクッと頷いた。


「当然そうなりますね。問題があるとすれば、私たちがグリンヌーク王の前に魔法の剣を見せたときに、ロンディッシュに報告される恐れがあるということですが……」


ロンディッシュは大戦後、魔法に関わるすべてのことを禁忌とした。


少しでも魔法について知ろうとしたり、調べようとすれば犯罪者として扱われる。


そのため、もしグリンヌーク王がエレメンタルの存在を知った場合、それがロンディッシュに伝わる可能性は高いだろう。


いくら気骨のある王とはいえ、世界最大の武力組織を軽んじることは考えにくい。


どんな事情があっても、間違いなく報告されるのは明白だ。


「それよりもまず俺たちがグリンヌーク王に会えるのか? 相手は仮にも一国の王さまなんだぞ」


「まあ、難しいでしょう。相手の立場からすると、私たちは名も無き島から来た素性も知れぬ怪しい連中になりますから。第一私たちは、グリンヌーク王がこの島のどこにいるのかさえ知りませんしね」


「そんなの一から調べるしかないじゃねぇか。はぁ……考えてなしだとは思っていたが、まさかここまでだったと……」


「無策でアイデア頼りだったことは認めます。ですが私の中では、現地で情報収集することは最初から想定していました。ともかく今できることはこの国を知ることです。少しずつでも王に近づけるよう頑張りましょう」


話していて呆れていたアウスゲイルだったが、彼はバンッと自分の膝を叩き、気を取り直した。


思えば、最初から島を買うという目標自体が、子どもじみているのだ。


それをわかっていて仲間になったのだから、文句を言っているひまなどない。


今はただできることから始めるだけだ。


「そうと決まれば、俺は俺で動かせてもらうぜ。グリンヌークにはこの宿みてぇに知っている奴らもいるんだ」


「では、私は酒場辺りで聞き込みをしてみます。これだけ大きな港町ですので、きっと国の内情に詳しい人物がいる可能性も高いでしょう」


アウスゲイルとショーズヒルドは、それぞれやることを決めて部屋を出ようとしていた。


一方でエイリーナはというと、少し前からずっと元気がなかった。


いつもなら率先して会話に入ってくる彼女だが、今回は黙ったまま何の意見も口にしていない。


「お嬢はどうなさいますか?」


「ごめん、ちょっと休ませて……」


「ここまで戦い続きでしたからね。承知しました。情報収集は私たちに任せて、お嬢はごゆっくりとお休みください」


それからショーズヒルドとアウスゲイルは、夕食までには戻ると言って部屋を出ていった。


二人がいなくなると、エイリーナはベッドへと飛び込み、天井をただぼんやりと眺める。


「うぅ、ダメだぁ。モヤモヤが止まんない……」

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