第22話 苛立ち

エイリーナは甲板を転がり、寸前のところで閃光を避けた。


すぐに立ち上がり、身構えながらも今の攻撃の正体を考える。


閃光の発生源を探しながら、彼女はその光の性質について思いを巡らせた。


もしかしてあの閃光は魔法によるものなのか?


海賊行為をするような人間なら、禁忌とされる魔法が使えてもおかしくはないが、その答えにエイリーナは違和感を覚えていた。


(エレメンタルの魔法は剣が放つ光が水や雷に変わるけど、あの子のはそのまま出してる感じがする……)


エイリーナの覚えた違和感の正体は、彼女の感じ方でいうと、性質の違いだった。


魔法の剣が光を彼女がイメージする属性へと変えるのに対し、ヘリヤの放った光はその変化する前のものを放っているように見えたのだ。


つまりエイリーナの考えでは、黒ずくめの少女は魔力のかたまりをそのまま放出していることになる。


まるで制御されていないエネルギーが一気に解放されるように、光は周囲の空気を震わせ、甲板に焼け焦げた跡を残していた。


それを見るに光属性の魔法とも考えられるが、つい最近まで魔法のことを何も知らなかったエイリーナには、それを確かめるすべはない。


「おいヘリヤ、いつまで遊んでんだ! もう全員こっちにいるぞ!」


野太い男の声が聞こえると、黒ずくめの少女は船のほうへ視線を向けた。


彼女はチッと舌打ちをし、その場から一目散に去っていった。


「おい! あれだけ自信満々だったのに逃げるの!?」


「ソフベルディさんが戻れって言うなら戻る。運が良かったね、赤毛。あのままやってたらボクにやられてたよ」


「あーちょっと待って! あなたには訊きたいことがいっぱいあるんだよ!」


ヘリヤはエイリーナを興味なさそうに一瞥すると、すでに動き出していた船へと飛び乗った。


このまま逃がしてたまるかと、エイリーナは錆びた剣を構えたが、そこへショーズヒルドとアウスゲイルの声が聞こえてきた。


どうやら二人は船員から小舟を借りて、ここまでやって来たようだ。


「ご無事ですか、お嬢。敵はもう逃げてしまったようですけど」


「うん、アタシは大丈夫……って、忘れてた! 船に乗ってた人はみんなケガしてるから、早く手当てしてあげなきゃ!」


そして、ショーズヒルドとアウスゲイルの姿を見たエイリーナは冷静さを取り戻し、今になって襲われた船員の心配をし始めるのだった。


騒ぎが終わり、離れていた船も駆けつけ、ケガ人の応急手当はされた。


幸いなことに命に関わるほどの重傷者はおらず、両方の船は無事に出発することができた。


人手が足りない問題があったが、そこはアウスゲイルが手伝うことで解消された。


「ようやく見えてきましたね。それにしてもたかが島一つ移動するだけでこれでは、先が思いやられます」


出発してから数時間が経ち、やっと目的地であるグリンヌークが見えてきた。


島を見たショーズヒルドは、大きなため息を吐きながら、今後のことを頭を悩ませているようだった。


それも無理はない。


エイリーナたちの故郷であるイスランから一番近くにある国――グリンヌークに向かうだけで、スヴォルド商会、魔鯨、そして海賊と休む間もなく次々と問題が起きたのだ。


たとえ心配性のショーズヒルドでなくても、愚痴を漏らしてしまっても仕方がない。


「しかし、さっきの連中、よくグリンヌークから出ている船を襲ったな」


襲われた船はグリンヌークの商船だった。


なんでもアウスゲイルが言うには、グリンヌークにはロンディッシュ以外にもこの海域を守る勢力がいるようで、ここらの海で略奪行為なんてしようものなら目をつけられるらしい。


しかも海戦では無敗を誇るらしく、その名は他の国でも有名なようだ。


「初耳ですね。そのような団体がいたんですか」


「ああ、武装商船団ギュミルタックっていえば、かなり武闘派で通ってるグリンヌークの守り神だ。まあ、お前が知らないのは無理もないぜ。連中が現れたのはここ数年の話だしな」


ギュミルタック感謝ですか。なるほど、海を守る団体らしい良い名ですね」


アウスゲイルとショーズヒルドがそんな会話をしている横では、エイリーナがうつむいていた。


その様子からして落ち込んでいるかと思えたが、彼女はしかめっ面にムッとして口元をへの字にしていて、めずらしくなんだか苛立っているようだった。


ショーズヒルドはそんなエイリーナの様子に気がつくと、彼女に声をかける。


「海賊の少女のことが気になりますか?」


「……なんだかずっとモヤモヤしていて……」


「それはその子が魔法らしきものを使ったからですか?」


「いや、違うよ。もちろん気にはなるけど……。このモヤモヤはなんか……」


ショーズヒルドは爪を噛み始めたエイリーナの正面に立つと、彼女の手を取った。


そして、赤毛の少女に向かって訊ね続ける。


「では、その子が自分のしていることを理解してなさそうだったからでしょうか? それともお嬢と同じ年齢くらいの子どもが海賊をしなければならないこの世界にでしょうか?」


エイリーナは、ここでようやく顔を上げた。


彼女は小首を傾げているショーズヒルドに向かって、声を震わせて言う。


「たぶん何も知らない、何もできない自分にだと思う……。それはヘリヤって子も同じで、あの子もずっとイライラしている感じだった」


そう言い終えた後、エイリーナは再び俯いてしまった。


無力感、罪悪感など、これまで味わったことのない気持ちが彼女を不安にさせている。


だがショーズヒルドは、下を向いたエイリーナの手を握り、静かに口を開いた。


「同じ悩みがあるなら、それは良いお友だちになれそうですね」


ショーズヒルドの言葉を聞いたエイリーナは、考えもしなかったことを言われ、思わず笑ってしまった。

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