機械工房のお嬢と魔法の剣～剣を売って故郷を買います～

第21話 黒ずくめの子どもたち

エイリーナは船首まで出て、見えてきた船を眺めた。

すると、船の側にもう一隻あり、その二つの船はまるでぶつかり合っているようだった。

一体何事だと思っていると、船から声が聞こえてきた。

「よーし、積み荷は全部運び出したな! さっさとズラかるぞ!」

微（かす）かに耳に入った野太い男の大声。

エイリーナはすぐに理解した。

二つの船の状況と先ほどの言葉から、どうやら一方の船が襲われているのだと。

「大変だ! 早く助けないと!」

エイリーナは錆びた剣を構え、前に見える二つの船に向かって飛び出した。

そこへショーズヒルドとアウスゲイル、さらには事態を把握した船員たちが集まってきた。

船が襲われている光景を見て、船員たちは大慌てで船を旋回させようと声をあげた。

そんな中、エイリーナは船首から海へと飛び込んだ。

「お嬢!?」

「大丈夫だよ、ショーズヒルド! エレメンタルがアタシを運んでくれるから!」

海へと飛んだエイリーナの体は、錆びた剣が輝くのと同時に空へと舞い上がった。

突然、風が吹き始めたのだ。

エイリーナが風が吹くイメージを思い浮かべ、エレメンタルに願ったのだろう。

吹き出した突風が彼女を目の前に見える船まで運んでいく。

「ショーズヒルドとアウスゲイルは、船員さんたちにあまり遠くに行かないでって言っておいてよ! 離れすぎるとアタシが戻れなくっちゃうから!」

「またそんな無茶をなさるんですから! いいですか、危険だと思ったらすぐにお逃げてください! これが私の最大限の譲歩（じょうほ）です!」

「わかってるよ! 危なくなったらすぐに逃げる!」

風に乗って二隻の船へと飛んでいくエイリーナを見て、ショーズヒルドはそんな彼女の後ろ姿を眺めながら、歯を食いしばって船員たちのもとへ向かう。

事態を黙って見ていたアウスゲイルは、明らかに不機嫌そうなショーズヒルドの後を渋々ついていった。

「まったく、お嬢は……いつもこうなんですから……。少しは心配する人間のことも考えてもらわないと……」

「まあ、そう怒るな。自分から巻き込まれにいくのはあれだけど、エイリーナがやろうとしていることは善いことなんだからよ」

「わかってますよ、そんなことは! だけど、心配なのは変わらないでしょう!」

「おーこわ……」

怒鳴られたアウスゲイルは思う。

エイリーナは、こんなお堅い女に見張られながらよく好き勝手しているなと。

そもそも魔鯨（まげい）を倒したエイリーナが、海賊如きにどうにかされるとは思えないのにと。

だがアウスゲイルは、そこまで彼女のことを案じているショーズヒルドを見ていると、なんだか笑えてきてしまった。

「何がおかしいんですか? お嬢が危険なところへ行ってしまったというのに、不謹慎です」

「いや、わりぃ。でもな、なんかお前とエイリーナって……くくく……くっははは!」

「注意した直後に笑うな!」

――風に乗って二つの船へとたどり着いたエイリーナは、襲われているほうの船の甲板に着地した。

突然どこからともなく現れた少女の姿に、その場にいた誰もが視線を向ける。

甲板には倒れている船員が数人、そして船を襲ったと思われる黒ずくめの者たちがいた。

「え……? まさかあなたたちが船を襲ったの!?」

エイリーナは思わず声を張り上げていた。

なぜならば船を襲ったと思われる者たちは、全員エイリーナと同じ年齢か年下に見えたからだった。

そんな少年少女が海賊行為をしていたことが、彼女には信じられない。

「どうしようヘリヤ!?」

「ソフベルディさんは早く船に戻るように言ってるけど!」

少年少女が仲間の一人に向かって訊ねると、その人物がエイリーナの前に立ちふさがる。

「みんなは船に行って。こいつはボクが止める」

ヘリヤと呼ばれた黒いチェニックを着た少女がそう言うと、少年少女は慌てて逃げていった。

それを見たエイリーナが身を乗り出すと、目の前に立つ少女は穿いていた黒いブーツで床を踏みつけ、彼女を威嚇（いかく）する。

そして、顔が隠れるくらい長い前髪をした黒髪の少女は、今にも噛みつかんばかりの顔をのぞかせながら、激しく睨（にら）みつけてきた。

「あなた、自分がやっていることがわかってるの!? こんなのまんま海賊じゃない!?」

「海賊なんかと一緒にするな。ボクたちは生きるために、未来のために頑張ってるんだ」

「ちょっとアタシの話聞いてる!? そんなの返事になってないよ!」

エイリーナが言い返すと、ヘリヤは拳を握って彼女に襲いかかる。

その動きは凄まじく速く、運動神経に自信があったエイリーナでも避けるのが精一杯だった。

だがそんなことは関係なく、黒ずくめの少女の攻撃は続く。

激しい拳の連打が、エイリーナの意識をもぎ取ろうと襲いかかってくる。

「もうッ! わからず屋がすぎるんなら、アタシだってやり返すよ!」

「好きにすれば。どうせボクのスピードに追いつけるはずないんだから」

「そういうのを油断大敵っていうんだよ!」

しばらく攻撃を避け続けていたエイリーナだったが、相手の態度にムッと頬（ほほ）をふくらませ、反撃を始めた。

持っていた錆びた剣――エレメンタルを構え、放たれたヘリヤの拳に合わせるように、彼女に向かって打ち返す。

だが、どういうわけか。

ヘリヤは痛がることなく、何度も殴り返してきた。

錆びているとはいえ、金属を拳にぶつけているというのだ。

エイリーナとしては、少しお灸（きゅう）をすえてやろうと考えてやったことだったが、黒づくめの少女はまるっきり堪（こた）えていない。

「どうなってんの!? 痛くないの、あなた!? やせ我慢してるなら、そのうち手の骨が折れちゃうよ!」

「いちいちうるさい奴。もう終わらせる」

そう言ったヘリヤは、エイリーナから距離を取った。

そして彼女は右の拳を突き出し、赤毛の少女へと狙いを定める。

「マジカル·キャノン」

その言葉の後、突き出した拳が輝き始め、それは閃光となって放たれた。