第20話 イメージ
宙へと飛び、無重力の状態で赤毛の少女はエレメンタルを両手で握りしめた。
両目を閉じ、暴れ回るクジラの化け物を仕留めるイメージを、具体的に頭に浮かべようとする。
「浮かんだよ! これが魔鯨を倒す魔法だぁぁぁ!」
エイリーナは叫びながら目を開き、握っていた剣を振り上げた。
すると錆びた剣が輝き始め、やがてその光は稲妻へと変わる。
彼女がイメージしたのは雷だ。
以前に故郷のイスランで見た――巨大な大木を真っ二つに割って倒した雷光を思い出したのだ。
巨大なものを倒せるものは何かと考えたとき、ふと頭に浮かんだのが雷だった。
錆びた剣――エレメンタルの刃が凄まじい稲妻をまとい、エイリーナが振り落としたのと同時に魔鯨の体へと注いだ。
「ブオォォォン!」
雷は魔鯨へと命中。
空中へと飛び出したエイリーナを追う形で、自分も宙に飛んでいたショーズヒルドは、その光景を見ながら空中で彼女を抱きかかえた。
二人が火口の底へと着地すると、魔鯨もまたその側へと落ちてきた。
ドシンッと山全体を揺らすほどの衝撃が辺りに広がったが、その後、もうクジラの化け物はピクリとも動かない。
その姿は全身が黒焦げになっており、まるでクジラの丸焼きだ。
「やりやがった……ッ! エイリーナの奴……マジで魔獣を倒しちまったぞ!」
アウスゲイルが歓喜の声をあげ、彼女たちがいる火口の底まで降りてくる。
そんな彼を見上げながら、ショーズヒルドは抱きかかえていたエイリーナを地面へとゆっくりと下ろした。
赤毛の少女はケガなどはしていなかったが、なんだかフラフラしていて、上手く立っていられないようだった。
敵を倒したことで緊張が解けたせいなのか。
それともエレメンタルを使った影響なのか。
何はともあれ誰も失うことなく、エイリーナたちは無事に魔鯨退治に成功した。
「お見事でしたよ、お嬢。ですが、まさか雷とは」
「アタシの知ってることで大きなものを倒すイメージってなると、雷しか思いつかなかったんだ。でも、今回は運がよかっただけで、これからはもっとイメージできることを増やさなきゃ」
「想像力を
「それいいね。とっても楽しそう」
――その後、エイリーナたちは施設に戻り、魔鯨を倒したことを船員たちに伝えた。
連絡船に乗っていた乗客も含めて、誰もが信じられないという顔をしていた。
しかし、船員たちが建物の外にクジラの化け物がいないことを確認すると、救援用の信号弾を空へと打ち上げた。
どうやら航海中に問題が起きたときに、海に出ている他の船へ知らせる方法があったようだ。
信号弾を打ってから数時間後――。
エイリーナたちがいた島、マルクスンドの近くに船が現れ、すべての人間が救助された。
エイリーナたちも当然その船に乗り、当初の目的地であるグリンヌークへ向かったことに。
「そういえばアウスゲイルがいたとこ、スヴォルド商会だっけ? 名前ぐらいは知ってたけど、一体どんな組織なの?」
「私が知る限りでは、香辛料、織物、金属製品、農産物、宝石、香水から造船業や要人警護まで幅広く展開している世界最大の商会だと認識してますが、どうもただの商人ギルドではなさそうですね」
ショーズヒルドの言葉を聞いて、アウスゲイルは顔をしかめた。
そして、苦い顔をしながら彼女たちに向かって言った。
「ああ、俺は組織の末端だったが、他にも手広くやってる。俺がいた魔導具の開発部門とか、あとは人身売買とかな」
「魔法の剣を売ろうとしてるアタシが言えるようなことじゃないけど、それって犯罪だよね? よくロンディッシュに目をつけられないなぁ」
「そこは上手くやってんのさ。たぶん上の連中の中には、ロンディッシュ内と繋がっている奴もいる」
ロンディッシュは、今から二百年前、魔法大戦を終結させる為に有志によって国家の枠組みを超えて結成された勢力がその前身となっており、マジックソルジャーの開発を行いその武力を使って戦争を終結に導いた。
戦後はその軍事力を背景に各勢力が保有する軍事力を一本化し、世界を監視し戦争の火種となるであろう事象に対して介入している。
そのロンディッシュによって、現在は魔法は禁忌とされ、たとえどんな些細なことでも魔法に関わった者は犯罪者とされる。
しかし、スヴォルド商会はその法の目を抜け、魔導具の開発を行えていた。
その事実から、アウスゲイルが言ったことに間違いはないだろう。
表向きは大手の商会とはいっても、魔法の剣――エレメンタルを狙っているスヴォルド商会は、ロンディッシュ以上に気をつけなければいけない相手だ。
「では私たちは世界最大の武力組織と、世界最大の犯罪組織の両方を相手にしなければならないということですね。……お嬢、これはやはり考え直したほうがいい気がしてきました」
「あッ! 見て見て二人とも! なんかおっきな船が見えてきたよ!」
ショーズヒルドが今からでも魔法の剣を手放すことを勧めようとしたとき、エイリーナはまるで誤魔化すように、目に入った船を見に駆け出していった。
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