第19話 火口内での戦い

「ブオォォォン!」


魔鯨まげいは、目の前を走るアウスゲイルに向かって叫ぶ。


開いたその大きな口には、まるで刃の山のように鋭い歯が無数に並んでいた。


噛みつかれたら間違いなく命はない。


アウスゲイルは振り返りながらゴクッと唾を飲み込むと、自分を鼓舞するように声を張り上げた。


「こんなところで死んでたまるかよ! スツトゥルとラングルが守ってくれた俺の命……エイリーナに救い上げてもらった俺の夢は、魔獣ごときに渡してやるほど安くねぇ!」


呼吸が苦しくなってきても、アウスゲイルは走る速度を緩めなかった。


先ほど魔鯨の攻撃で受けた傷の痛みに耐え、一心不乱に自分の役目を果たそうと駆け続けた。


そして、なんとか追いつかれることなく、アウスゲイルは島の中心にある山の頂上へたどり着き、火口の中へと降りていく。


ここまで走って登ってきた緩やかな山道とは違い、急な下り坂ではあったものの、幸いなことに人の足で降りられないほどではなかった。


「ヤベー! もう追いつかれてるじゃねぇか!? こりゃ近づいてから逃げてたら途中でやられてたかもな」


下へと移動していると急に暗くなり、ふと上を見てみれば、そこにはもう魔鯨の姿があった。


アウスゲイルはショーズヒルドが槍を投げてくれたことに感謝しながら、火口の底へとたどり着く。


魔鯨はそこから動かない彼の姿を見ると、まるで笑うように鳴き、火口の中へと飛び込んできた。


ここまでは作戦通り。


あとは、火口の中で動きが制限されたクジラの化け物を、エイリーナとショーズヒルドが仕留めれば無事に成功だ。


「よし、おいエイリーナ! 魔獣はもう中に入ったぞ! 俺に遠慮なんかせずさっさとぶっ放せ!」


敵を十分に引きつけたと判断したアウスゲイルは、火口の開口部にいるエイリーナに向かって声を張り上げた。


エイリーナのとショーズヒルドは、火口へと飛び込むように魔鯨の背中へと飛び乗る。


「よっと、ここまでは順調だね。あとはアタシがエレメンタルの魔法が使えれば完璧」


「お嬢は“使えれば”と曖昧な言い方をしていますが、以前はどうやって魔法を発動させたのか覚えていないのですか?」


「うん。だって、あのときは火事になった町をなんとかしたくて必死だっただけだから」


エイリーナの説明を聞いたショーズヒルドは、無言であごに手を当てた。


そして少しの間考え込んだ後、エイリーナに訊ねる。


「お嬢はそのときに、もしかして大量の水があればいいのにと願ったのではないですか?」


「そうだよ、だって町中に火がついてたんだもん」


「やはり、そうですか」


「えッ? まさか今の説明で魔法の使い方がわかっちゃったの?」


「それは試してみなければなんとも言えません。ですからお嬢、今から言うやり方に従ってください。エレメンタルを握ってから、魔鯨を倒す魔法を具体的にイメージするんです」


ショーズヒルドの助言を聞き、エイリーナは早速やってみる。


錆びた剣を構え、両目をつぶってクジラの化け物を倒す魔法をイメージしようとした。


だがエイリーナはすぐに目を開いて、申し訳なさそうな顔でショーズヒルドに訊ねる。


「えーと、ショーズヒルド。ちょっと聞きたいんだけど、クジラの弱点ってなに?」


「私の知る限り、クジラは音に対してかなり敏感です。あとは海の環境汚染で弱るという文献を、以前に読んだことがあります」


「それって何をイメージすればいいの? 音や環境汚染の魔法なんてイメージできないよ。うわッ!?」


エイリーナがまごまごしていると、魔鯨はアウスゲイルへと突進した。


彼女たちは慌てて魔鯨の背中にしがみつくようにつかみ、吹き飛ばされないようにする。


突進の衝撃で火口内の岩壁が破壊され、ボロボロとその欠片がこぼれ落ちた。


アウスゲイルは間一髪避けることができたようだが、狭い火口の中では、いつまでも逃げ続けるのは不可能だ。


魔法をイメージできないと判断したショーズヒルドは、左腕の義手を構え、魔鯨の背中――自分の足元へその砲口を向けた。


「時間があまりないようなので、第二プランに移ります。お嬢、衝撃に備えてください」


彼女の言葉に、エイリーナは身構えて衝撃に備えた。


そして次の瞬間――凄まじい爆音と共に煙が舞い上がり、魔鯨の背中に穴が空いた。


「ブオォォォンッ!?」


苦しみにのたうち回る魔鯨は、狭い火口の中で暴れ、何度も壁に衝突した。


その背中にいるエイリーナとショーズヒルドは、突き刺さった槍をつかんでなんとか振り落とされないように踏ん張った。


「おい、どうなってんだよ!? まだ息があんぞ、こいつ!」


火口の坂を上りながら、アウスゲイルは彼女に向かって叫んだ。


作戦通り魔鯨に一撃を加えることはできたものの、大砲くらいではクジラの化け物は止まらなかったのだ。


なら倒すまで撃ち続ければいいのだが、もう残りの弾は残っていなかった。


「くッ!? 魔鯨の生命力をあなどってました。せめてナイフでもあればとどめの一撃を喰らわせられるのですが……」


ショーズヒルドはそう言ったが、エイリーナも彼女も使える刃物を持っていない。


エイリーナの持つ剣は錆びていて切れないし、ショーズヒルドの槍は今魔鯨の背中に突き刺さったままで抜くことが難しい。


このままでは二人は振り落とされ、アウスゲイル共々クジラの化け物の餌食えじきになる未来しか見えない。


「よし、なら今度こそアタシが!」


「何をする気ですか、お嬢!?」


そんな状況の中、エイリーナは突然、掴んでいた槍を手放し、自らを空中へと放り出た。

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