第16話 夢の詳細

――エイリーナは地下倉庫になった小部屋で、マルクスンドの地図を眺めていた。


作戦に不備がないかを考えながら乾燥したブルーベリーをつまみ、ワイン棚に囲まれている彼女。


そこへ、ドアのノックすらなくアウスゲイルが現れる。


「あれ? もう歩いて大丈夫なの? あまり無理しないほうがいいよ」


ブルーベリーを食べながらそう言ったエイリーナの顔は、まるで頬袋にドングリを詰め込んだリスのようにふくらんでいた。


アウスゲイルはそんな彼女を見て気が抜けたが、すぐに気持ちを切り替える。


「外にいる化け物と、マジでやる気なのか?」


「うん。だってそれしか方法がないもん」


「いや、助かる方法ならある」


「ホント!? 戦う以外に方法がるならぜひ教えてよ!」


エイリーナは頬袋に入っていたブルーベリーを飲み込むと、アウスゲイルに飛びつくように近づいた。


その食いつき具合からするに、どうやら彼女も魔鯨まげいと戦うのは避けたかったようだ。


彼女の態度に安心したアウスゲイルは、待ちかねている赤毛の少女に向かって言う。


「エレメンタルを奴らに渡すんだ。運よく俺のポケットの中に、カルドゥールに連絡できる信号弾が残っている。奴の気が向けば、この島に現れるかもしれねぇ」


アウスゲイルが言う助かる方法とは、スヴォルド商会へ錆びた剣――エレメンタルを引き渡すことだった。


彼の持っていた信号弾とは、特殊な火薬の玉だ。


これに火をつければ緑色の煙が発生する。


元々は作戦の成功を知らせる合図のために渡されたものだが、一か八かスヴォルド商会の飛空艇が島に戻ってくる可能性はあると、アウスゲイルは考えていた。


たしかにカルドゥールの狙いは魔法の剣であり、エイリーナたちの命ではない。


彼が現れて上手く交渉さえできれば、少なくとも彼女たちは助かるだろう。


「ダメだよ、そんなの」


だが、エイリーナはその提案を拒否した。


彼女は目の前に立つアウスゲイルのことを見上げながら、真っ直ぐに見つめて言葉を続ける。


「アタシの夢を叶えるには、この剣、エレメンタルが絶対に必要なんだ」


それから彼女は、自分の夢について語った。


世界から忘れられた島――イスラン。


元々は開拓地だった島だったが、その途中で魔法大戦が起こり、計画は破綻している。


今はろくな発展もなく一応ロンディッシュが管理している。


その影響もあって現在もまともな仕事もないため、住んでいる人間は日に日に島を出て行ってしまう。


そんな状況でも島を管理している組織――ロンディッシュは何もすることなく、島で手に入る食物や鉱物を安く買い取って私腹を肥やしている。


現状を変えるには、イスランを島ごとロンディッシュから買い取るしかない。


この魔法の剣を大金持ちに売って、それで得た金で島を自分たちの手で変えるのだと。


エイリーナは夢の詳細を話し、エレメンタルを手放せない理由をアウスゲイルに伝えた。


「それに、たぶんこの剣を手放したら、もう一生チャンスは来ないと思う」


「……夢のために自分だけが死ぬのはまだいい。だがテメェ一人の夢のために、あの教育係の女も巻き込んで犠牲にしようってのか!」


「一人じゃないよ。アタシの夢はショーズヒルドにとっての夢でもあって、故郷に住むみんなの夢でもあるんだ」


エイリーナの話は無茶にもほどがある。


大体、魔法の剣そのものがそもそも違法の異物だ。


彼女の島を管理しているロンディッシュは、魔法大戦後の時代において、各国の総意により治安維持を目的に設立された武力組織である。


大戦後はその武力を使い、世界中を管理する――いわば支配者であり、そんなロンディッシュが魔法に関するものや知識をすべて禁止しているのだ。


つまり魔法に関わるものは犯罪者。


アウスゲイルから見れば、エイリーナがやろうとしていることは、世界の支配者に粛清されることに他ならない。


それだけではない。


カルドゥールが所属するスヴォルド商会もまた、魔法の剣を狙っている。


現にこうして魔獣に殺されかけているといった状況だ。


だが、目の前に立つ赤毛の少女は、それをすべて承知の上で行動している。


子どもが描く絵空事じゃない。


しかも魔法の剣なんていう特別な力を自分のために使うのではなく、故郷のために手放すとまで言っている。


「それと似たような話をよく知ってる……」


エイリーナの覚悟を感じたアウスゲイルは拳を強く握り込むと、両目をつぶりながらある話を始めた。


それはある裕福な家に生まれた男の話だった。


生まれてから男は何不自由なく暮らし、大した家柄でもないのに上等な教育を受けることができていた。


そして、男の親はそんな彼に跡を継がせようと、自分の仕事がどんなものか教えた。


「そいつの親の仕事は金貸しだった。高利貸しってヤツさ。資金繰りに困った人間を食い物にし、最後には地獄へ叩き落す……。男は今まで自分が贅沢ができてたのが、他人の不幸のおかげだと知って嫌になり、そんな親と縁を切った……」


そして家を飛び出した男は、巨大な組織の末端に潜り込んだ。


その理由は、組織の中で伸し上がり、出世して権力と金さえ手に入れれば、生活にあえぐ人間やどこにも居場所がない人間を自分が救えると思ったのだ。


これまで他人の不幸を糧に暮らしてきた罪滅ぼしの意味もあったのだろう。


不幸な人間の居場所を作る――その夢のために、男は死に物狂いで働いた。


必死にやり続けた結果、末端から組織の幹部に仕えるまでになり、男の夢に同調する仲間もできた。


だが、そこまでだ。


いくら必死に働こうとも男は使い捨てされる側で、多少の金銭を与えられるだけ――食えるエサの量が増えるだけだった。


「そして結局は組織に捨てられ、男を信じてついてきた仲間は……死んだ。この話を聞いて理解できただろ? 巨大な組織の前では一人の人間がいくら足掻あがこうが無駄。すべてを失ってから後悔しても後の祭りなんだよ!」


アウスゲイルの両目が開く。


まるで訴えかけるように、彼はエイリーナに向かって声を張り上げた。


そんなアウスゲイルの話を聞いたエイリーナは、静かに両目を瞑ると、再び彼を見つめ返す。


「まだだよ。あなたはまだ終わってなんかない」

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