第15話 一緒にいて楽しいから

――アウスゲイルと顔を合わせた後、エイリーナは施設の地下倉庫に逃げていた連絡船の船員たちから話を聞いていた。


彼女はまずこの島――マルクスンドの地形を聞き、ここの他にも施設や港はあるのかを訊ねる。


なぜそんなことを知ろうとしているのか?


それは当然、外で暴れ回る魔鯨まげいを倒すためだ。


エイリーナがマルクスンドの地形を調べているのも、敵を上手く追い詰める場所はないかという理由からである。


「じゃあ、島の中心は山みたいな感じなんですね」


「ああ、緩やかに上がっていく坂があって、頂上には深い火口がある」


マルクスンドの中心には山や丘のような地形になっており、その頂上には火山の活動によってできた深い穴があるという。


山といってもそれほど高いものではないらしく、子どもの足でも登れるようだ。


さらに火山活動を確認したことは一度もないらしく、近づいても別に問題はないらしい。


船員たちからマルクスンドの地図をもらい、礼を言ったエイリーナはその場から去っていった。


そのときの彼女の表情から見るに、どうやら魔鯨を倒す作戦を思いついたようだった。


エイリーナの考えは、その火口まで魔鯨をおびき寄せ、その深い穴に押し込もうというものだ。


いくら空飛ぶ魔獣とはいえ、穴に入ってしまえば動きが制限される。


そこから出るには真上へ飛ぶしかなく、そうすれば突進もできずにこちらが一方的に攻撃できるはず。


何よりもさすがの魔鯨でも、山の厚い地層を突き破ったりはできないだろうとの判断だ。


「穴に誘い込んで上からエレメンタルで魔法攻撃をする……。うん、これならいけるよ! あーなんか安心したらお腹減ってきちゃった。あまりうかうかしてられないけど、食べて少し休んでから魔鯨退治をしよっと」


思い立ったエイリーナは、地下倉庫にあった干し肉や果物を手に取ると、地下内にあった個室へと向かった。


――その頃。


アウスゲイルは、まだ棚だらけの狭い部屋にいた。


痛む傷を無視して立ち上がり、まるで壁にすがるように寄りかかって、ブツブツと独り言を繰り返している。


「……結局、何もつかめずに終わっちまった……。なにが自分たちの居場所だ……。そのせいで何もかも失ってりゃ世話ねぇぜ……。スツトゥル……ラングル……俺なんかについてきたせいで……くッ!」


「怪我人は大人しく横になってなさい」


そこへショーズヒルドが現れた。


彼女はドアを開けて部屋に入ると、いきなりアウスゲイルの手を取ってケガの具合を確認し始める。


アウスゲイルはそんなショーズヒルドを振り払うと、彼女から顔をそらして俯いた。


「横になってろだと? ふん、どうせそのうちここも攻撃されて、みんな魔獣に食われて死ぬんだ。だったら休んでも意味ねぇだろ」


「まだ食われると決まったわけはないでしょう」


「決まってんだよ!」


突然、アウスゲイルがショーズヒルドに詰め寄った。


やり場のない気持ちをぶつけるように、彼女に向かって食ってかかるように声を張り上げる。


「あのクジラの化け物はな。魔法大戦時にどっかの国が造った戦争兵器と同じ魔獣なんだ。そんなもんが外で暴れ回ってて絶対に逃げれっこねぇ。どの道、あれに食われるしかねぇんだ」


「お嬢は戦うつもりですよ。もう作戦も考えたとか」


「悪あがきだな。勝てるはずがねぇ」


エイリーナの考えを改めて聞いたアウスゲイルは、ショーズヒルドに向かって鼻を鳴らした。


魔法大戦の頃に前線で使われていた化け物兵器を相手に、本気で戦いを挑もうする赤毛の少女のことを小馬鹿にするように。


きっと魔法の剣――エレメンタルを使えたことで、気が大きくなっているのだろうと、アウスゲイルはすぐに辞めさせたほうがいいと言う。


「現実を知らねぇんだよ、あの赤毛のガキは……。何をどうやっても八方塞がり、絶対に進むことができない、出口のない現実っていう迷路をな」


アウスゲイルはそう言いながら、右手で顔を覆った。


指の隙間から見える彼の表情は、まるで拷問でも受けているかのように歪んでいる。


藻掻もがいても藻掻いても抜け出せずに、さらに深みにはまっていく……。それで、最後にはすべてを失っちまうんだ……。それが現実だ……」


「それでも別に構わないじゃないですか?」


「な、なんだと……?」


ショーズヒルドの返した言葉に、アウスゲイルは思わず彼女を睨みつけていた。


彼女の態度がふざけていると思ったのだ。


睨まれたショーズヒルドは、彼から目を離すことなく淡々と答える。


「別に失敗してもいい。私はお嬢を信じてますから、もし魔鯨に食われて命を落とすことになってもそれでいいんです。力になれなかったことこそ悔やんでも、絶対にお嬢を恨むことなどない。はっきりとそう言いきれます」


「……どうしてそんなこと言いきれるんだ?」


「そんなことを言わせるなんて無粋な男ですね、あなたは。まあいいでしょう。答えてあげます」


視線をぶつけ合う中で、ショーズヒルドはアウスゲイルに詰め寄った。


そして、息を吐けば顔にかかるくらいの距離で、彼女は言う。


「私はお嬢のことが大好きなんです。それに何より、あの人と一緒にいるのは楽しいですから」


「……!」


ショーズヒルドの答えを聞いたアウスゲイルは、死んでしまった仲間のことを思い出していた。


スツトゥルとラングルは、酒が入るといつも彼に言っていた。


兄貴といると辛い仕事をしていても楽しくなってくる。


俺たちのクソみたいな人生は、兄貴の夢のおかげで輝き始めた。


だから俺たちは兄貴のことが大好きだ――と、スツトゥルとラングルは、アウスゲイルのことを本当に慕っていたのだ。


そんな命を失ってまでアウスゲイルを守った彼ら二人には、最後の最後まで後悔など微塵みじんもなかったことだろう。


二人との思い出を脳裏に浮かべたアウスゲイルは、またも俯いていた。


それを見たショーズヒルドがやれやれと言いたそうにため息を吐くと、彼は静かに口を開く。


「……あいつらも、同じだったのかどうなのか……」


「何か言いましたか? まったく聞こえませんよ」


ショーズヒルドがそう言うと、アウスゲイルは顔を上げた。


「……あいつに、エイリーナに会わせてくれ」

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