第13話 使い捨ての駒

――アウスゲイルが目を覚ますと、そこは棚だらけの狭い部屋だった。


ここはどこだと考えていると、すぐにあのときの惨劇――魔鯨まげいが仲間の命を奪った光景を思い出していた。


スツトゥルとラングルの無残な姿が、彼の心に深い傷を刻む。


二人はアウスゲイルを守るために命を落とした。


胸の奥から湧き上がる痛みと後悔が、彼の全身を貫いていた。


「なんで、俺だけが生き残っちまったんだ……」


アウスゲイルは拳を握りしめ、床を叩いた。


彼らと共に夢見た未来が、今や遠い幻のように感じられる。


スツトゥルとラングルはアウスゲイルを兄貴と慕い、共に笑い、共に戦った仲間だった。


彼らの笑顔が、今もまぶたの裏に焼き付いて離れない。


そのとき、アウスゲイルの頭の中で過去がよぎり始める。


彼は金貸しをしていた両親のもとで裕福に暮らしていたが、人を食い物にするその姿に耐えきれず、縁を切った。


その反動もあってか、家を飛び出した後のアウスゲイルは、漠然と社会的に弱い立場にいる者たちが笑顔でいられる場所を作りたいと考えるようになっていた。


そのためにはまずは金が必要だと考えた彼は、巨大な組織に末端として入り、危険な仕事をし続けてきた。


スツトゥルとラングルと出会ったのもその頃だ。


二人はアウスゲイルの話を聞き、彼の夢を一緒に叶えたいと言ってきた。


それからは、組織から与えられた仕事をこなし、どんな辛いことも共に乗り越えてきた。


彼らと共に築き上げた絆が、今やアウスゲイルの心を締めつける。


「俺たちの夢は……こんな形で終わるのかよ……」


アウスゲイルは涙をこらえ、立ち上がろうとするが、体が動かない。


組織に裏切られ、使い捨ての駒にされた現実が、彼の心を重く押しつぶしていた。


スツトゥルとラングルと共に信じた夢が、組織の冷酷な計画に潰されたと気づいたとき、彼の心は深い絶望に包まれた。


「使う者と使われる者……。結局はいくら藻掻もがこうと、ただの使い捨てだったってことか……」


アウスゲイルは、なんとか起き上がろうとしたがうつむいてしまい、立ち上がる力を失っていることに気がついた。


スツトゥルとラングルの犠牲が無駄になったと感じるたびに、胸の痛みが増していく。


二人の笑顔が、今や彼を責めるようにすら感じられる。


「俺がもっと強ければ……。スツトゥル、ラングル……すまねぇ、俺なんかについてきたばっかりに……」


アウスゲイルは罪悪感に押し潰されそうになりながら、組織への怒りが沸き上がっていた。


彼らは自分たちを利用し、使い捨てにした。


仲間たちの命を奪ったのは、冷酷なカルドゥールの仕業だ。


奴が島に魔獣など放たなければ、二人は死なずに済んだのだ。


「カルドゥールの野郎……クソ……ッ!」


アウスゲイルはまた床に拳を叩きつけ、怒りと悲しみが交錯する中で、ただ無力感に苛まれていた。


彼の心には、スツトゥルとラングルの魂が重くのしかかり、組織への憎しみが渦巻いていた。


だが怒りに身を焦がすも、結局は仲間を失った事実に打ちのめされていく。


「夢なんて……叶うわけなかったんだ……」


アウスゲイルは絶望の中で、夢は叶わないという現実を受け入れざるを得なかった。


彼らと共に描いた未来は、今や完全に崩れ去ってしまった。


アウスゲイルの心は、完全に折れてしまったのだった。


仲間を失い、後ろ盾さえなくなった今の自分には、もはや何も残されていない。


たとえもう一度立ち上がろうと、これから先の人生で何をしようが、きっとまた失敗してしまう。


夢などただの幻想に過ぎない。


現実の冷酷さに打ちのめされたアウスゲイルは、もう何も信じることができなかった。


「お目覚めですか?」


そこへ隻腕、隻眼の女性――ショーズヒルドがやってきた。


ドアを開けて入ってきた彼女の手には、乾燥した肉や果物、さらには飲料水が入っているだろう瓶があった。


ついさっきまで敵だった短い銀髪の女の姿を見たアウスゲイルは、今さらながら傷の手当てをされていることに気がつく。


そして、彼女たちが魔鯨まげいから自分を助けたのだと理解し、その顔を歪めていた。


「ここはどこだ……?」


「今にも噛みつきそうな顔をしてますね。いいでしょう、教えてあげます。お嬢があなたをこの港にあった地下倉庫まで運んだんです。あと治療をお願いされたので、応急手当をしておきました」


「お嬢……? あの赤毛のガキがなんで俺を……?」


訊ね続けるアウスゲイル。


ショーズヒルドはそんな彼の態度にムッと表情をしかめると、彼に詰め寄って見下ろす。


それから彼女は、持っていた食べ物や瓶に入った飲み物を乱暴に押しつけた。


「さっきから失礼な人ですね。聞きたいことが多いのは理解できますが、名前ぐらい名乗ったらどうですか?」


大声こそ出していないもののショーズヒルドの静かな威圧に、アウスゲイルはたじろいでしまっていたが、なんとか言葉を返す。


「……な、なんで敵の俺を助けた?」


「お嬢に直接訊いてみればいいでしょう。あなたが気がついたら、知らせるようにおおせつかってますしね。ここへお越しいただくので、その間に今渡したものでも口にしていてください」


ショーズヒルドはそういうと、部屋から出ていった。


パタンとドアが閉まり、アウスゲイルは渡された食べ物を見たが、とても口にする気になれなかった。


彼は赤毛の少女――エイリーナに対し、どうして自分を助けたのだと、頭を抱えながら顔をしかめる。


「なんで……なんで助けたんだ……。俺なんか放っておいてくれればよかったのによぉ……」

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