第12話 大砲
開いた口はまるで巨大な洞窟のように広がり、その中には鋭い歯がぎっしりと並んでいた。
魔鯨のその歯は、まるで磨かれたばかりの剣のように鋭く、光を反射して冷たい輝きを放っている。
「スツトゥル……ラングル……。俺なんかについて来たせいでお前らは……」
だがアウスゲイルはそんな巨大な魔獣に対して、ただ立ち尽くしているだけだった。
その姿は、片刃の長剣こそ手にしているものの、迎撃するでも避けるでもないように見えた。
「何してるの!? 早く避けなきゃ死んじゃうよ!」
駆けつけたエイリーナが立ち尽くしているアウスゲイルに向かって叫んだが、ときすでに遅し、彼は魔鯨の体当たりを食らい、破壊された連絡船の甲板の上へと吹き飛ばされていった。
得物を仕留めたと思った魔鯨は、次の標的を現れた赤毛の少女へ向ける。
だがエイリーナは魔鯨などに興味はないとばかりに無視し、壊れた連絡船のほうへと走り出していく。
「ブォォォォォン!」
その態度をよく思わなかったのか。
まるで地上そのものが低く唸っているかのような方向をあげ、魔鯨は再び空へと飛びあがった。
そして、上空からエイリーナの姿を見据えると、その全身から凄まじい光を放った。
それは、先ほどアウスゲイルの仲間であるスツトゥル、ラングルの命を奪った魔法――無数の水滴をナイフのような刃へと変えて標的へと飛ばす技だ。
「ひえー! あんなの食らったら体が穴だらけになっちゃうよ!」
走りながら魔鯨の魔法を見たエイリーナは、慌てて連絡船までたどり着くと、倒れているアウスゲイルを担いだ。
錆びた剣を腰に収め、両手でアウスゲイルの体を背負う。
彼女の体格が大きければ片方の肩に担いでもう一つの腕を自由にもできたが、子どもが大人の男を運ぶとなると、どうしても両手が塞がってしまう。
魔鯨の魔法――無数の水滴が刃へと変わって、今にも飛んできそうだというのにまさしく絶体絶命。
現状では、イスランの町で見せた錆びた剣による魔法も、剣が握れなければ不可能といった状況だった。
「ねえ、あなた大丈夫!? 待っててね!」
「ぐッ……カルドゥールめ……」
「よかった、まだ生きてる! 安心してね! すぐにでもショーズヒルドのとこにいって治療してあげるから!」
かといってエイリーナは、アウスゲイルを見捨てることなどしなかった。
彼女はアウスゲイルを自分に覆うように担ぐと、そのままショーズヒルドたちが避難した施設に向かって全力疾走する。
そんなエイリーナたちに、無数の水の刃が降り注いだ。
なんとか躱しながら逃げるものの、さすがに雨のような刃を避けきれるはずもなく、魔鯨の魔法がエイリーナとアウスゲイルの体を切り刻む。
それでもなんとか致命傷を避け、施設までたどり着くと、そこにはショーズヒルドが立っていた。
「お嬢、お急ぎください! あとは私がなんとかします!」
「なんとかってどうするの、ショーズヒルド!? 刃の雨なんてどうやって防ぐつもり!?」
アウスゲイルを背負ったまま走るエイリーナは、施設の前に立つショーズヒルドを通り抜けながら訊ねた。
敵は魔法を使ってきているのだ。
そうなると対処法としては、こちらも魔法で応戦するしか手はなさそうなものだが――。
「こうするんです」
ショーズヒルドはエイリーナが施設内へと入ったことを確認すると、魔鯨へと向けた左手の義手を右手で支えて構える。
それから彼女は義手から伸びた
「ブォォォォォンッ!?」
そして次の瞬間、施設の前に爆音が鳴り響き、魔鯨の体が吹き飛んだ。
なんとショーズヒルドの左手の義手には、小型の大砲が仕込まれていたのだ。
彼女の鋼鉄の腕は、義手にある紐を引くことで内部で火薬が点火され、砲弾が発射される仕組みになっている。
その衝撃と威力は雨のような水滴の刃を吹き飛ばし、見事に魔鯨を後退させることに成功したのだった。
だがさすがに距離があったのか、魔鯨は苦しそうに呻きながらもその動きを止めていなかった。
空中で痛みでのたうち回りながら、地面が揺れるほどの大きさで叫び続けている。
「凄いよ、ショーズヒルド! そんな隠し武器があったんだね!」
「親方さまが遊び心で付けてくれた仕掛けでしたが、まさか役に立つ日が来るとは思ってもみませんでした。さあ、魔鯨が怯んでいる今うちに地下へと参りましょう」
ショーズヒルドは、待っていたエイリーナの担いでいるアウスゲイルを代わりに背負うと、彼女と共に施設にあった地下倉庫へと走るのだった。
施設の壁は石造りのため、とても魔鯨の突進には耐えられそうにない。
だが地下に隠れていれば、すぐに攻撃はできないないだろう。
さらに幸いなことに、巨大な体を持つ魔鯨では、港の側にあったこの施設内に入ってくることはできない。
「そうはいっても魔鯨もバカではありません。きっとこの倉庫も長くは持たないでしょう」
「そうなると、やっぱり倒さなきゃだよね」
「ですが、ここで戦えそうなのは私とお嬢くらいでしょう。正直いって船に乗っていた皆さんには期待できませんし」
ショーズヒルドは、周囲を見回しながらそう言った。
先に避難させた連絡船の乗客たちは誰もが恐怖に震え、中には泣きながら神に祈る者までいた。
アウスゲイルたちが襲撃してきただけで、怯えて動けなくなっていた彼ら彼女らだ。
それが、次に現れたのが魔法を使う化け物ともなれば、こうなってしまっても仕方がないといえる。
「でも、やらなきゃだよね。だってアタシの夢のためにも、こんなところで死ぬわけにはいかないもん」
ショーズヒルドは、会話をしながらアウスゲイルの治療を始めていたが、その赤毛の少女の言葉を聞いて手が止まってしまった。
だがすぐにまた治療の準備をし出し、彼女はまさに予想通りだった言葉を聞いて、呆れたようにため息をつく。
しかし、そのため息の中には、どこか嬉しさも混じっていた。
「お嬢なら必ずそう言うと思っていました」
そしてショーズヒルドは、エイリーナに微笑みながらそう返すのだった。
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