第11話 悪い人には見えない
そして、ついに
その衝撃で連絡船は破壊され、さらに体当たりの影響で石畳の地面ごとえぐられていく。
飛散した石つぶてが周囲に撒かれ、エイリーナとアウスゲイル、そして彼の仲間に降り注いだ。
「おい、いつまで寝てんだ、スツトゥル! 兄貴を守るぞ!」
「言われなくてもそのつもりだ!」
だがスツトゥルとラングルは、アウスゲイルを庇い、降り注ぐ石の雨から彼を守った。
それは同時に、近くにいたエイリーナの盾にもなっていた。
「ぐッ!? 兄貴! 俺らが時間を稼ぎます!」
「だから、その間に逃げてください!」
「お前ら、何を言って……?」
スツトゥルとラングルは笑みを浮かべてそう言うと、目の前にいる漆黒のクジラへと飛びかかった。
それぞれ剣を構え、魔鯨の大きな額へ刃を突き刺す。
彼らの攻撃で魔鯨が激しく
「兄貴にこんなところで死んでもらっちゃ困るんですよ!」
「そうです! 兄貴には俺たちの夢を……俺たちみてぇな嫌われもんの居場所を、絶対に作ってもらわねぇといけないんでね!」
「バカ野郎、下がれ! 魔獣がそんなもんで止まるか!」
アウスゲイルが止めるのも聞かず、スツトゥルとラングルは何度も魔鯨の額に刃を突き立てた。
だが痛みで怒り狂った魔鯨は二人を振り払い、上空へと飛び上がると、全身から光を放つ。
それは現在では失われている力――魔法だった。
放たれた光はやがて水へと変わり、まるで嵐のような勢いで周囲へと降り注いだ。
「ヤバい!? スツトゥル! ラングル! 俺のことなんていいから、さっさとそいつから離れろ!」
無数の水滴がまるでナイフのような形状となり、スツトゥルとラングルの体を貫いて、彼らの体を蜂の巣にした。
全身に水の刃を受けた二人は、呻きながらその場で倒れる。
アウスゲイルが彼らの側へと駆け寄ったときには、もうすでに事切れかかっていた。
「なんて無茶をするんだよ、お前ら!」
「兄貴……逃げてっていったのに……」
「頼みますよ、兄貴……。あんたらなら……絶対にできる……」
最後までアウスゲイルのことを気にかけながら、スツトゥルとラングルの呼吸は止まった。
全身から血を流しながらも、自分のことよりも兄貴分である男のことを案じていた二人は、もう二度と目を開けることはなかった。
「すまねぇ、二人とも……。俺が不甲斐ないばっかりに……。クソッタレがぁぁぁッ!」
アウスゲイルが仲間の亡骸に向かって叫んでいるとき――。
乗客たちの避難を終えたショーズヒルドが、半壊した港へと戻ってきていた。
彼女は真っ先にエイリーナの姿を探し出し、その声を張り上げる。
「ご無事ですか、お嬢! 船にいた方々は皆、地下に隠れてもらいました! ここなら魔鯨も簡単に攻撃できません! 早くこちらへ!」
「アタシは元気だよ。あの二人が盾になってくれたから」
「おケガがなくてなによりです。そこは危険ですので急いでお嬢も地下へ」
「うん。でも、その前にやることがある」
「お嬢!? 何をなさるおつもりですか!?」
ショーズヒルドの声も虚しく、エイリーナは魔鯨のいるほうへと走り出していた。
慌てたショーズヒルドだったが、すぐに赤毛の少女の考えていることがわかり、彼女の後を追いかける。
これまでにもう何度も繰り返ししてきたこのやり取りだけに、ショーズヒルドにはエイリーナが何をしようとしているのか、手に取るように理解できるのだ。
エイリーナに追いついたショーズヒルドは、大きくため息を吐きながら言う。
「さっきの賊どもを救おうと言うのですね。魔鯨が迫っているというのに、まったくお優しいことです」
「そんなイジワル言わないでよぉ。いろいろあったけど、アタシにはあの人たちが悪い人には見えないんだもん」
「お嬢がそういうならそうなのでしょうね」
「だからごめんって、ショーズヒルド! お願いだから、そんな顔しないで!」
エイリーナは顔をしかめ続けるショーズヒルドに何度も謝りながら、二人は魔鯨の目の前へとたどり着いた。
そこには全身から血を流しているスツトゥルとラングルの亡骸があり、そして今まさに魔鯨の突進を受ける寸前のアウスゲイルがいた。
「ショーズヒルドはあの二人を運んであげて。かなり重たいと思うけど、ショーズヒルドならなんとかできるでしょ?」
「あの二人はもう死んでいると思いますが……。はぁ、仕方ありませんね。お嬢はあの男を連れてくるつもりなのでしょう? けして無理はなさらないように」
「うん、ありがとう、ショーズヒルド! じゃあ、お願いね!」
エイリーナはショーズヒルドに亡骸の回収を頼むと、魔鯨と対峙しているアウスゲイルのもとへと向かった。
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