第10話 クジラの魔獣

その一撃でアウスゲイルは吹き飛んでいった。


吹き飛んだ彼は港の目の前にある海へと落ち、手から落とした剣が地面に転がっている。


「お見事です、お嬢。よくできましたね」


「でも、結局ショーズヒルドに助けられちゃったなぁ。まだまだだね、アタシも」


「いえいえ、それでも私の合図と同時に動けたのは、お嬢が日頃から鍛錬を怠ってないな証拠ですよ」


ショーズヒルドはエイリーナの全身に隈無く触れ、彼女にケガがないことを確認していた。


一方でエイリーナのほうはというと、やはり真っ向勝負ではアウスゲイルには敵わなかったと、しょんぼりとしている。


しかし、ショーズヒルドの言葉から考えるに、エイリーナの実力はそこらの大人にも負けないものだ。


ただ今回は、アウスゲイルという男が常人以上だったというだけの話である。


「あ、兄貴!?」


「まさか兄貴がやられるなんて……」


意識を取り戻したスツトゥルとラングルが叫ぶと、海面からアウスゲイルが顔を出した。


彼は慌てて呼吸をすると、凄まじい形相でエイリーナとショーズヒルドのことを睨む。


どうやらまだ戦意は失っていないようだ。


そんなアウスゲイルを見たエイリーナは、彼が落とした湾曲した片刃の長剣を手に取った。


その顔はなぜかとても嬉しそうにしていて、まるで久しく会っていなかった友人の姿を、偶然、町で見かけたかのようだった。


「あなたの剣ここに置いておくね。さあ、早く上がってきてよ。今度は自分の力だけで戦うから」


「な……ッ!? ふざけんじゃねぇぞ、このガキが! バカにしてんのか!?」


「バカになんてしてない。あなた、本当に強いから。だってアタシが出会った中で、ショーズヒルド以外じゃ初めて倒せなかった人なんだもん」


「なにが初めて倒せなかった人だ……。大人からすりゃな、そういうのをバカにしてるって言うんだよ!」


アウスゲイルは声を張り上げると、海から上がって片刃の剣を手に取った。


そして、再び赤毛の少女と対峙する。


互いに次こそは決めてやるとでも言いたげに、真剣な表情で視線を合わせていた。


そんなエイリーナとアウスゲイルの戦いがもう一度始まろうとしていたとき、ショーズヒルドがふと空を見上げると――。


「うん? あれは飛空艇?」


マルクスンドの港の上空に飛空艇が現れた。


船体は銀色に輝き、プロペラが散りばめられていた。


高いマストには帆が広がり、風を受けて空を舞っている。


船首には鋭い先端があり、船体は曲線的で美しい形状をし、装飾的な彫刻が船の側面に施されていた。


そんな特徴を持った、とてつもなく巨大な飛空艇だ。


「わあ! 本物の飛空艇だ! しかもあんなにおっきいの初めて見る! 凄いね!」


「ラグナルロズブローク……? 一体何しに来たんだ? まさかカルドゥールさんが加勢に?」


突然、現れた巨大な飛空艇を見て、エイリーナは大喜びでその場でピョンピョンはねていた。


一方でアウスゲイルはというと、現れた飛空艇の名前と彼の上役である男の名を口にしていた。


その言葉からもわかるが、どうやらアウスゲイルたちも飛空艇が現れるとは思ってもいなかったようだ。


「もういい、アウスゲイル。お前の仕事は終わりだ」


飛空艇から冷たい男の声が聞こえてきた。


アウスゲイルは顔を強張らせ、その男の声に向かって怒鳴るように言い返す。


「カルドゥールさん!? そりゃ一体どういうことだ!?」


「だから終わりだと言っただろう。これから島に魔獣を放つ。すべてが破壊された後に、剣は我々が回収しにくる」


「それって……俺らごとこいつらを殺すってことか!?」


「チャンスは与えた。だが状況を見るに、とても剣を取り戻せそうにないのでな。だがまだ死ぬと決まったわけではないぞ。せいぜい殺されないように頑張るんだな。まあ、不可能だろうが」


カルドゥールと呼ばれた男がそう言うと、飛空艇の背後から大きな影が現れた。


それは黒い体を持ったクジラで、宙を飛びながら港を目掛けて下降してくる。


いや、下降などという緩やかなものではない。


空飛ぶクジラは、まるでその場をすべて吹き飛ばすつもりで突進していた。


「魔獣を放つと言っていましたが、まさかあんな大きな魔鯨まげいとは……。お嬢! これは非常にまずい状況です! 一旦退きましょう!」


「退くってどこに!? この島に隠れられそうな場所なんかあるの!? アタシたちだけならなんとかなりそうだけど、他にもたくさんのお客さんたちもいるんだよ!」


ショーズヒルドが撤退することをエイリーナに助言すると、彼女は船の乗客たちの心配をしていた。


そんな赤毛の少女に呆れながら、ショーズヒルドは歯を食いしばって乗客たちに声をかけ、港の側にあった施設に誘導を始める。


「皆さん、慌てずに移動してください! こういう施設には必ず地下倉庫がありますので、そこへ隠れるんです!」


「さっすがショーズヒルド! 頼りになるぅ!」


「さあ、お嬢も早くこちらに! 魔鯨など相手にしていたら、命がいくつあっても足りませんよ!」


ショーズヒルドが乗客を避難させている間にも、空を飛ぶ魔鯨は港へと迫ってきていた。

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