第9話 教育係

エイリーナはショーズヒルドの助言で、アウスゲイルの側面へと回り込んだ。


もう光で目がくらむことがなくなったのもあって、彼女は遠慮なく錆びた剣を振るい始める。


「くぅ!? ガキのくせになんて力だ!? 気を抜くとぶっ飛んじまいそうだ!」


「お嬢はまだ十三歳ですが、機械工房ロイザヘルズの代表ですよ。生まれたときから重たいものを持って作業場を駆けずり回っていたんですから、それくらい当然です」


アウスゲイルはエイリーナの剣を受けながら、横目でショーズヒルドを見た。


左腕に無骨な金属の義手と銀髪のショートカット。


整った顔立ちをしているが、右目には大きな傷が残っている。


そして、その出で立ちに合わないロングスカートにエプロン姿に、アウスゲイルは頭の中がこんがらがっていた。


「いきなり出てきやがって、なんなんだテメェは!?」


「私の名はショーズヒルド·ハーヴェイ。機械工房ロイザヘルズでお世話になっている、今あなたが相手にしているお嬢の教育係です」


「嘘つけ! テメェみてぇな教育係がいるか!」


声を張り上げたアウスゲイル。


まあ、彼がそう叫ぶのも仕方がないだろう。


その理由は服装こそ質素な町娘といった格好だが、ショーズヒルドは明らかに戦場の匂いを放つ人物だからだ。


大体どこに世界に隻腕、隻眼の教育係がいるのか、まともな人間なら誰でもそう思うはずである。


「吠えるのは結構ですが、お嬢はそんな余裕を持って戦えるほど甘くありませんよ。それに、今は私もいますからね」


ショーズヒルドは背負っていた槍を手にし、ゆっくりと近寄ってくる。


こいつはまずいと判断したアウスゲイルは、仲間たちに指示を出し、彼女を止めるように言った。


「スツトゥル、ラングル! お前らはその女を近づけるな!」


「任せろよ、アウスゲイルの兄貴!」


「ああ、兄貴の邪魔は俺たちがさせねぇ」


背の低い男――スツトゥルが両手に持っていた剣を構え、背の高いほう――ラングルは長い髪を振り回しながら、ショーズヒルドへと斬りかかった。


向かってくる二人組を前に、ショーズヒルドは大きくため息をつくと、槍を構えて一閃。


閃光のような刺突がラングルの体を吹き飛ばす。


「ラングル!? こいつぅぅぅ!」


次にショーズヒルドの背後に回っていたスツトゥルが飛びかかった。


相棒がやられたことで怒り狂い、ショーズヒルドが女であろうが容赦なく握っていた二刀を彼女の背中に振り落としたが――。


「戦闘中に冷静さを欠いた時点で負けは決まります」


「なッ義手!? ぐは!?」


ショーズヒルドの左腕――金属の義手でその顔を裏拳を喰らわされてしまった。


そして、ショーズヒルドは倒れたスツトゥルの顔面を蹴り飛ばし、敵の意識を奪った。


背後から襲い、槍の間合いを殺すまで接近したまではよかったが、警戒が足りなかったと、彼女は無感情に吐き捨てていた。


「さて、お嬢。交代です。その者の相手は私がします」


「もうちょっと待ってよ、ショーズヒルド! やっとまともにやれるようになったんだよ! お願いだから、もうちょっとアタシにやらせて! それにしても、この人やっぱり強い!」


エイリーナの返事を聞いたショーズヒルドは、大きくため息をついていた。


それから彼女は、やれやれとでも言いたそうに槍を背に収め、両腕を組んで二人の戦いを見守る。


事実として、アウスゲイルの実力は大したものだった。


ショーズヒルドは、エイリーナがそこら辺の暴漢や盗賊などに負けないくらい鍛えてきたつもりだが、金髪の男はそんな彼女と互角以上に打ち合えている。


さらに見るに、剣の基礎をしっかりと学んだ戦い方だ。


とても野盗などの類が身に付けている技術ではないと、ショーズヒルドは違和感を覚えていた。


「チンピラのような男ですが、剣に関しては正統派ですね。紛れもなく厳しい鍛錬で身に付けた剣技です。太陽を背に戦っていたのも、これまでの経験から得た知識でしょう。やはりお嬢には荷が重いかと」


「大丈夫だから続けさせて! たしかにこの人は強いけど、アタシだって負けないんだから!」


ショーズヒルドはエイリーナの心配をしたが、彼女はこれを拒否。


とはいっても実力の差が縮まるはずもなく、打ち返す数がアウスゲイルを下回っていく。


先ほどのようにただ受けるだけではないものの、二人の力の差が徐々に出始めていた。


そんな光景を見たショーズヒルドは、手を出すのがダメならば口を出そうと、アウスゲイルに向かって言葉で揺さぶりをかける。


「アウスゲイルとか言いましたね。このまま続けてもあなたに勝ち目はありませんよ。なぜならお嬢に勝っても、後に私がいますからね」


「そんなことはわかってる! けどな、ようやく回ってきたデカい仕事なんだ! 俺はこの仕事を成功させて、誰にも何も言わせねぇくらい出世するんだよ! だから、ここでしくじるわけにはいかねぇんだ!」


アウスゲイルの攻撃が激しさを増していく。


エイリーナは最初の状況よりも酷い状況――剣を受けるので精一杯になっていく。


彼女は、もはや限界かと思うほど追い詰められていた。


ショーズヒルドはまたもため息を吐くと、不可解そうに彼に訊ねた。


そんなに出世してどうするつもりなんだと。


彼女の問いに、アウスゲイルは剣を振りかぶる。


トドメの一撃だと言わんばかりに、エイリーナの頭上に片刃を振り落とそうとしながら、彼は叫ぶように答えた。


「出世すれば金が入る! 金さえあればなんだってできるんだ!」


「今です、お嬢!」


ショーズヒルドの言葉とほぼ同時に、エイリーナの剣がアウスゲイルの胴体を打ち抜いた。

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