第8話 一騎討ち

殺意すら感じさせる男の声に、先に港に降りた乗客たちが怯えていた。


全員、エイリーナとショーズヒルドが知らない顔だったのもあって、おそらくはイスランに滞在していたロンディッシュの兵士らの親族だろう。


身なりの良さからもイスランの町に住む者とも違い、明らかに裕福な服装から想像するに難しくない。


そんな彼ら彼女らが、荒事に慣れていないのはすぐにわかった。


誰もビクビクと震え、その場から一歩も動かない――いや、動けないでいる。


普段から争う事とは無縁の生活をしている者らからすれば、いきなり暴漢が現れれば、恐怖で怯えてしまっても仕方がないだろう。


いくら親族にロンディッシュの兵士がいるとはいえ、普通ならこうもなる。


「出てこねぇなら船をぶっ壊すぞ! いいのか、あん!?」


男の声が連絡船に近づいてくる。


そして、エイリーナとショーズヒルドの視界に、その男の姿が入ってきた。


金色の短髪に青い瞳をした二十代中頃の男。


青いジュストコールを着ていて、片刃の湾曲した刃を持つ長剣を手に、そこら中に向かって怒鳴り声をあげている。


さらに金髪の男は仲間を引き連れていた。


しかも二人――背の低い双剣使いの男と、長い黒髪の背の高い男だ。


エイリーナはこの二人が目に入ると、すぐにショーズヒルドへ耳打ちした。


「ちょっと、ショーズヒルド。あの男の人の後ろにいる二人、町に火をつけた奴らだよ」


「なるほど、あの二人組が。では、今度はリーダーを連れて剣を奪いにきたってところですね」


「なんであの人がリーダーだってわかるの?」


「あの男の雰囲気や二人組の態度から理解できることです。それよりもどうなさいますか、お嬢。船を壊されるのは、こちらとしても非常にまずいですが」


エイリーナは、小声で訊ねてきたショーズヒルドに向かってニカッと白い歯を見せた。


そして、背負っていた荷物の中から布で包んでいた錆びた剣を取り出し、金髪の男たちのもとへ飛び出していく。


「なら、やっつけちゃうしかないでしょ。もちろんアタシがやるからね。ショーズヒルドはここで見てて」


「またですか、お嬢!?」


エイリーナはまるで閃光のような速さで、ショーズヒルドの前から消えてしまった。


残された彼女は、顔を引きつらせながら思う。


これでは町で火事が起きたときと同じではないかと。


「まったく、どうしてああも血気盛んになってしまったのか……。やはり武芸など教えないほうがよかったのでしょうか……。はぁ、ともかく今はお嬢がケガしないうちに賊を打ち倒さねば」


頭を抱えたショーズヒルドは、気を取り直してエイリーナの後を追いかけるのだった。


飛び出してきた赤毛の少女が錆びた剣を手にしているのを見ると、金髪の男――アウスゲイルは仲間に指示を出す。


「スツトゥル、ラングル! 町でやり合ったのはあの赤毛のガキだな! よし、あいつは俺がやる! お前らは邪魔が入らねぇように周囲を警戒しとけ!」


湾曲した長剣を手に、アウスゲイルはエイリーナへと斬りかかった。


エイリーナはこれを錆びた剣で受け、港にガキンという金属音が鳴り響く。


その音を聞いた船に乗っていた乗客たちが、悲鳴のような叫び声を発していた。


「その剣を寄越せ!」


「ヤダよ。アタシにはこの剣が必要なんだ。あなたたちが何者か知らないけど、絶対に渡すもんか」


「渡さなきゃ力づくでいただくまでだ!」


「おかしなこというなぁ。もう力づくできてるじゃないの」


「うるせぇ! 俺にはもう後がねぇ……これ以上しくじるわけにはいかねぇんだよ!」


アウスゲイルは声を張り上げると、エイリーナへ片刃を振り落とし続けた。


エイリーナはどうしてだか反撃できず、ただ相手の攻撃を受けているだけだ。


その理由は、アウスゲイルが太陽を背に戦っているため、チラチラと相手の体から現れる光で目がくらみ、距離感も計りにくくなるためだった。


「こりゃまずいなぁ。なんか上手く戦えないや。よくわかんないけど、この人、すっごくやりづらい」


「テメェもガキのくせに大したもんだ! 俺の剣を受け続けるなんてな! 敵わねぇとわかったんならさっさと剣を渡せ! 俺もできるなら女子どもを傷つけたくねぇんだよ!」


次第に追い詰められていくエイリーナ。


だが彼女は、アウスゲイルの言葉を聞いてなぜか笑っていた。


後がないのに笑っている赤毛の少女のことが理解できず、アウスゲイルは攻撃の手がゆるんでしまう。


「なに笑ってやがる!? 怖くて頭がおかしくなっちまったのか、あん!?」


「違うよ。あなた、言葉遣いは汚いけど、いい人だから」


「お、俺がいい人だと!?」


戸惑うアウスゲイルに、エイリーナはさらに笑みを深くして言葉を続ける。


「だって仲間がいるのにこうやってわざわざ一対一で戦ってるし、それにさっきからアタシがケガしないように、剣ばかり狙って打ってきてるもん。船や他の人たちにも手を出さないしね」


「くぅ!? ガタガタうるせぇんだよ、ガキが! いいから剣を渡せってんだ!」


再び剣を振り落とし始めるアウスゲイル。


エイリーナは変わらず防戦一方のままだったが、彼女の笑みは消えずにいた。


どこからそんな余裕が出てくるのか。


アウスゲイルは考え、そして、まさかエイリーナが魔法の剣を使いこなせるからなのかと冷や汗を掻いていた。


「ご無事ですか、お嬢!」


そこへショーズヒルドが現れた。


彼女はエイリーナの状況を確認すると、アウスゲイルの戦法――太陽を背に戦うスタイルの種明かしをした。


「戦闘時の立ち位置が重要なことは、以前に教えたはずですよ、お嬢!」


「ごめん、完全に忘れてたよ。でもありがとう、ショーズヒルド。それさえわかればなんとかなる!」


ここからエイリーナの反撃が始まる。

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