第7話 中継地点に襲撃者

――イスランから出ている連絡船に乗り込んだエイリーナとショーズヒルドは、旅の支度を終えた次の日の朝に出港した。


次第に離れていく故郷。


そういえばこうやって島を眺めるのは初めてだなと、エイリーナは思っていた。


島を出たこともなく、ずっと故郷で暮らしてきた彼女なのだからそれも当然だろう。


本人も今まで何人ものイスランの民たちを見送ってきた連絡船に、まさか自分が乗ることになるなんて思っていなかった。


「お嬢、どうかしましたか?」


「ううん、なんでもない。ただ島を見ているだけだよ。それにしても、外から見ても綺麗だよね、イスランは。そうだ! アタシたちが島を手にいれたら、イスランを観光地として盛り上げていこうよ! こんな綺麗な場所、他に絶対ないもん!」


「それはよい考えですね。ならばそのためにも、今よりもっと勉強に励まねばなりません」


「えぇ……そ、そうなの?」


うんざりした顔をしたエイリーナに、ショーズヒルドは微笑みながら言い返す。


「はい。イスランを観光地にするには、まず島の自然、文化、歴史などの資源を深く理解する必要があります。それからそれらを効果的にお客さまに伝える戦略や手法も覚えなければなりません。さらには設備に他国の法律、お客さまが求める必要性や欲求、時代の趨勢すうせいと傾向に流行など多くの知識が――」


「わかったからいいよ、もうそれ以上言わなくても! ようは勉強しなきゃいけないことがたくさんあるってことでしょ」


「その通りです。ですが、すべてお嬢ひとりでこなすには無理があります。もちろん私も手伝いますが、専門的なことは人を雇うのがよろしいかと」


「そうだね。ついでに言うと工房の職人も今はアタシしかいないし。よし! じゃあ気に入った人がいたら手伝ってもらおう!」


無邪気にイスランを購入した後のことを語るエイリーナ。


まだ魔法の剣を売る相手も見つかっていないのに、ずいぶんとお気楽だ。


ショーズヒルドとしては現実を伝えたかったのだが、どうやら目の前にいる赤毛の少女は、人を雇うという手段を聞いたせいか、さらに妄想をふくらませているようだった。


にんまりと笑みを浮かべては、両目を瞑ってブツブツと何か独り言を口にしている。


(平坦な道ではないと言いたかっただけなのですが……。まあ、これはこれでよいでしょう。こういうとらえ方ができるのは、お嬢のいいところでもありますしね)


少しばかり呆れながらも、ショーズヒルドはエイリーナの前向きな性格に胸を温かくするのだった。


イスランからグリンヌークまでは、連絡船ならば早くても四日はかかる。


途中で安全な航海をするための物資の補給もあるので、実際には一週間といったところだ。


一般的な船旅としてはそれほど長いものではないが、初めて島の外に出るエイリーナにとっては、かなり長旅に感じる日数だった。


――そして数日を船内で過ごし、そろそろ地面が恋しくなる頃に、連絡船はマルクスンドという島に到着する。


海の景色にも飽きていたエイリーナは、船が停まると甲板へと走り出した。


もう待ちきれなかったと言わんばかりに飛び出し、船から見えるだろう光景に胸を弾ませていたが――。


「あれ、ここがグリンヌークなの? なんか何もないところだね。こんなところに本当に大金持ちなんているのかなぁ」


人気ひとけのない港を見たエイリーナは、肩を落として深いため息をついた。


そんな彼女を見たショーズヒルドは、クスクスと上品に笑いながら言う。


「お嬢、ここはグリンヌークじゃありませんよ。ここはマルクスンドという島です」


肩を落としているエイリーナに、ショーズヒルドは説明した。


イスランからグリンヌークへ向かう連絡船は、物資を補給するために一度この島で停泊することになっている。


つまりは両方の間にある中継地点ともいえる島なのだと。


「なんだ、だから何もないのか。でもよかったよ、ここがグリンヌークじゃなくて」


「さて、物資の積み込みにはまだ時間がかかりそうですし、他の乗客たちも一度船から降りて休んでいるので、私たちも島でゆっくりしますか」


「賛成! ずいぶん小さな島みたいだけど、何か面白いものがあるかもしれないしね」


「お嬢、好奇心旺盛なのは素晴らしいことですが、ほどほどしておくことを心掛けてください」


「わかってるって。さあ、早く船から降りよう、ショーズヒルド」


エイリーナは初めて故郷以外の土を踏むのが楽しみになのか、先ほどの落胆した様子はどこへやらすっかりご機嫌になっていた。


ショーズヒルドの手を握ると、彼女を急かしながら引っぱる力を上げていっている。


だが、それでもショーズヒルドはうんともすんともいわない。


彼女はやれやれとため息を吐いては、どこか嬉しそうにその口角を上げていた。


まだ十三歳の子どもながら、日々鍛えているエイリーナの力は大人にも負けないほどなのだが、どうやら隻腕、隻眼の教育係を強引に動かすにはまだ鍛え方が足りないようだ。


「おい、スネービョルンから剣を奪った奴! この島にいるんだろ! 聞こえてんならさっさと出てきやがれ!」


エイリーナたちが船から降りようとしていたとき――。


突然、港内に男の怒鳴り声が響き渡った。

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