第5話 危険をかえりみず

エイリーナが考えたことは、魔法の剣を売って故郷を買い取ることだった。


とはいっても、本当にそんなことは可能なのだろうか。


現在、世界で国が所有する島や無人島を購入する価格は、数億スターリンドはいると思われる。


ちなみにスターリンドとは、魔法大戦後にロンディッシュが定めた世界共通の通貨である。


話をまとめると、つまり魔法の剣を億を超えた額で買ってくれる人物を探すのが、エイリーナが考えた夢の叶え方だった。


やっと道が開けたと思っているエイリーナは、笑顔でショーズヒルドにその話をしていたが、一方で聞いていた隻腕、隻眼の彼女の顔は強張っていた。


「……残念ながらお嬢。その魔法の剣はすぐにでも手放すべきです」


「どうして!? なんでよ!? これがあればアタシたちの島、イスランを手に入れられるのに!?」


エイリーナがショーズヒルドへと飛びつき、何度も声を張り上げた。


まさかずっと夢を応援してくれていた彼女から、こんなふうに反対されるとは思ってもみなかったのだろう。


疑問以上に寂しさ、悲しさを感じさせる――そんな表情でエイリーナはショーズヒルドにしがみついていた。


「それは、お嬢の身に危険が及ぶからです」


ショーズヒルドは、願うようにしがみつくエイリーナにそういうと、顔を強張らせたまま言葉を続けた。


突然イスランの町に現れた二人組の男は、エイリーナの持つ魔法の剣を狙っていたのだろう。


おそらく亡くなる前のスネービョルンが大怪我をしていたのは、その男たちにやられたか、または二人組が属する組織にやられた可能性が高い。


人を殺してでも手に入れたいもの――。


それが錆びた剣ならば、そんな血生臭いことにエイリーナが進んで参加するような真似を受け入れることはできないと、ショーズヒルドは言う。


「それに、もし魔法の剣など所有していることがロンディッシュに知られでもしたら、お嬢は問答無用で捕らえられてしまいます」


ショーズヒルドの話は終わらない。


彼女は、二人組の男の背後にあるだろう組織だけでなく、世界を管理している武力組織についても語り始めた。


およそ二百年前に終結した戦争――魔法大戦。


この大戦によってそれまで世界にあったルールは解体され、武力組織ロンディッシュによる管理が行われるようになった。


各国が同時に始めた古代魔法研究が戦乱の発端であり、魔力の影響を受けた魔獣、強力な魔法による終わりのない人間同士の戦争が起こった。


そして、それに終止符を打ったのがロンディッシュという武力組織であり、魔法への対策としてウィザード·システムを開発し、魔力を持つ兵士が生み出された背景がある。


また戦後は魔法をタブー視する風潮がロンディッシュによって築き上げられているため、魔法の知識や関わりがあるだけで犯罪者として扱われていた。


つまりショーズヒルドが言いたことは、人を殺すような組織からも世界を管理する武力組織からも狙われるような立場に、エイリーナを置きたくないということだった。


彼女の立場からすればそれも当然だろう。


エイリーナの母であるアストリッドは娘を生んですぐに亡くなり、父ソルヴァルドは病に倒れた。


そんなエイリーナの両親は、訳があってイスランへと流れついたショーズヒルドを家に迎え、まだ生まれてもいなかった娘の教育係になってほしいと頼んでいた。


このことからショーズヒルドはエイリーナと血こそつながっていないが、生まれたときから彼女の傍にいたのもあって、本当の家族のように思っている(ショーズヒルドの年齢的に、娘というよりは妹か)。


もちろんそれはエイリーナも同じであり、だからこそショーズヒルドは可愛い彼女が危険な目に遭うことを拒んでいるのだ。


だが、それでも赤毛の少女は引き下がらなかった。


彼女はショーズヒルドから手を離すと、真っ直ぐな瞳で口を開く。


「狙ってくる連中がいるから、この剣に価値があるのがわかるんじゃないの。それにイスランの状況を変えるには命くらい張る覚悟をしなきゃダメだよ」


迷いなくエイリーナは言葉を続けた。


このままロンディッシュに管理を任せていても、一生イスランは良くならない。


世界に忘れられたままだ。


それでは島からさらに人が出て行ってしまい、残った老人たちの寿命が尽きる頃には、故郷が滅んでしまうと。


「ショーズヒルドだってそのことはわかってるでしょ? まともなやり方じゃダメなんだよ。だから、アタシはこのチャンスに賭けたい。お願いだよ」


「ですが……」


「一生のお願い!」


静かだが、力強い声を発したエイリーナに、ショーズヒルドは強張っていた表情を緩めてしまっていた。


この子はこうなったら何を言っても行動してしまう。


自分が止めても無駄だろう。


だったら少し危険が減るように手を貸すだけだ。


それが自分を拾ってくれたエイリーナの両親に、そして家族のように想っている彼女に対しての、ショーズヒルドなりの報いるやり方だった。


「……ちゃんと勉強は続けてもらえますか?」


「もちろんだよ! イスランを買うのはアタシの夢だけど、その後は父さんの機械工房を大きくして、それでごはんを食べていくんだからね」


「そこまで考えていらっしゃるならもはや何も言いません。微力ながら私もお嬢に従います」


「やった! ありがとう、ショーズヒルド!」


こうして偶然手に入れた魔法の剣を売るために、エイリーナはショーズヒルドと共に動き出すことになった。


故郷であるイスランを、この困窮した現状から救うために。

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