第4話 魔法の剣

一体何が起こったのか。


慌てたエイリーナだったが、彼女はどうしてだが、輝き始めた剣を両手で握りしめていた。


そして、祈るように力を込めると、刃から水が噴き出し始める。


その勢いはまるで島にある滝のようで、大量の水がイスランの町を覆い尽くしていく。


気がつけば町から火は消えていた。


そこら中が水浸しになっており、多少の損壊はありつつも建物のほとんどが無事の状態だ。


「嘘……でしょ……。でも、今ので火が消せちゃった……」


エイリーナが呟きながら剣を見つめると、それは元の錆びたものへと戻っていた。


凄まじい光を放っていたのが嘘かのように、誰にも見向きもされないような朽ち果てた剣。


だが、間違いなくこの剣が奇跡を起こし、町を救ったのだ。


「これってもしかして魔法なの……?」


考えられることは一つ。


今見た奇跡は、現在では失われた力――世界で禁忌されている力である魔法だとしか説明がつかない。


エイリーナは思考を巡らせ、昨夜に亡くなった父の友人のことを思い出す。


「じゃあ、スネービョルンさんが父さんにこの剣を渡そうとしていたのって……」


「お嬢、エイリーナお嬢! ご無事ですか!?」


そこへ住民たちを避難させたショーズヒルドがやってきた。


彼女は立ち尽くしているエイリーナに近づくと、その小さな体を抱きしめる。


「賊を打ち倒し、まさか火事まで止めてしまうとは。お見事でしたよ、お嬢」


「聞いてよ、ショーズヒルド! この剣、スネービョルンさんが父さんに渡そうとしてたこの剣は、魔法の剣だったんだよ!」


抱きしめられたエイリーナは、ショーズヒルドの両肩を手でつかんで叫んだ。


興奮した様子で言葉を続け、つかまれたショーズヒルドの左側――義手がカタカタと金属音を鳴らしている。


「魔法の剣……ですか? ともかく工房へ戻りましょう。今のお嬢は少々混乱しているようなので。後始末は皆さんに頼んでおきますから」


まだ興奮冷めやらぬエイリーナは、ショーズヒルドに言われ、自宅である機械工房へと戻ることになった。


火事にあった町のことは、ショーズヒルドが言うように住民たちに任せ、その後に島を管理している組織――ロンディッシュの兵たちが現れ、状況の確認をしていた。


後で兵から事情聴取を受けたエイリーナたちが聞いた話では、火をつけた二人組の姿は、水浸しになった町から消えていたらしい。


話が済み、ロンディッシュの兵が工房から出ていくと、ショーズヒルドがエイリーナに訊ねる。


「お嬢、火事を消した方法を誤魔化していましたが、何か考えがあってのことですか?」


エイリーナはロンディッシュの兵に、錆びた剣の起こした奇跡――刃から大量の水を出したことは話さなかった。


それも、言っても信じてもらえないという理由からではなく、明確に彼らに隠そうとしている――そうショーズヒルドには感じられた。


「うん、そうだよ。ねえ、ショーズヒルド。アタシの夢は知ってるよね」


「もちろんです。お嬢の夢は私たちが住む島、イスランを栄えさせることですね」


「そう。世界から忘れられたこの島だけど、忘れられたのなら無視できないくらい凄い場所にすればいい。なんていってもイスランにはとっても綺麗な大自然がある。少し手を加えれば、絶対に凄い場所になるんだから」


「それは、とても険しく困難な道なりますね」


微笑んでいたショーズヒルドの表情が強張る。


それも無理もないことだった。


エイリーナが幼い頃から言い続けている彼女の夢は、常識がある者なら誰にも成し遂げることができないと理解できるからだ。


イスランが世界から忘れ去れているというだけならば、まだなんとかできる可能性もあるが。


一番の問題は、このイスランが、世界を管理している武力組織ロンディッシュのものだということだった。


いうならば世界の支配者から国を一つ買おうとしている行為ということになる。


そんなことは、たとえ子どもでも考えない。


「それでも絶対に叶えてみせるよ。もう誰も出ていくこともない、アタシたちの場所を手に入れるために」


だが、知識や経験、常識を覚えてもまだ、エイリーナは夢を諦めていない。


彼女にとって、それだけこの故郷の島は大事な場所なのだ。


「それで、お嬢の夢と火事を消した方法を隠していたのには、一体どうのような繋がりがあるのでしょうか?」


「さっきも町で言ったけど、これは魔法の剣だったんだよ。ショーズヒルドだって見てたでしょ? 大量の水が町の火事を消すのを。それはこの剣から魔法で水が出せたからなんだ」


エイリーナはあのときのことを話して聞かせた。


もうダメだと諦めかけたとき――。


突然、錆びた剣が輝き出し、刃から大量の水が噴き出したことを。


こんなボロボロの剣から魔法など信じられない話だったが、町の火事を消した事実だ。


「お嬢が嘘を言っていないことはわかりますが……。しかし、とても信じられる話ではありませんね」


それになりよりも、エイリーナが嘘をつけばすぐに見破れるショーズヒルドは、その話を信用するしかなかった。


「では、その魔法の剣がお嬢の夢に役立つと、そういうことでしょうか?」


「そうなんだよ、ショーズヒルド。アタシはこの魔法の剣を売って大金持ちになって、ロンディッシュからイスランを買い取るつもりなんだ」

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