第2話 一夜明けて町に火が
――次の日の朝。
エイリーナはショーズヒルドと共に、スネービョルンの遺体を埋葬した。
父ソルヴァルドと母アストリッドの墓がある側に埋め、ささやかだが花を添えてあげた。
「親方さまの隣なら、この方も安らかにお眠りになられるでしょう」
「うん、そうだね」
二人は軽く言葉を交わしてから、工房へと帰ることにした。
その帰り道でショーズヒルドがエイリーナに訊ねた。
スネービョルンのことをロンディッシュに伝えるのかと。
「見たところ、スネービョルンさまは何か事情があって親方さまを訊ねてきた様子でしたが」
「いいよ、しなくて。どうせろくに調べもしないもん」
「そうですね。島の管理をしているとはいっても、ロンディッシュはいつも動いてはくれませんから」
ロンディッシュとは――。
魔法大戦後の時代において、各国の総意により治安維持を目的に設立された武力組織だ。
今から二百年前、大戦を終結させるために有志によって国家の枠組みを超えて結成された勢力がその前身となっており、魔力を持った兵士――マジックソルジャーの開発を行い、その武力を以って戦争を終結に導いた。
戦後はその軍事力を背景に各勢力が保有する軍事力を一本化し、世界を監視し、戦争の火種となるであろう事象に対して介入している。
さらに戦争の元凶だった魔法を禁忌としたのはロンディッシュであり、戦前は生活などにも使用されていた魔法は、現在では一般人にとって遠い昔のおとぎ話になっている。
当然、世界から忘れ去られたエイリーナの故郷であるイスランも他の国と同じく監視下に置かれているものの、何か援助してもらえるわけでもなく、年々人がいなくなっていく一方であった。
「そうそう。それに話したら、この剣も取られちゃいそうだし」
そう言ったエイリーナは、手にしていた錆びた剣を掲げた。
スネービョルンが持っていたものだ。
彼は死に際にエイリーナの父であるソルヴァルドにこの剣を渡すように言っていたが、こんな使えそうにない剣をどうして大事そうにしていたのか、彼女は理解できないでいた。
「普通に考えればたしかに証拠品といって持っていかれそうですが、連中がこんなものに興味を持ちそうにないですけどね」
「でも、こんなものでも父さんに渡そうとしてたんだ。きっと何かあるんだよ」
彼女たちは錆びた剣のことを話しながら町へ戻ると、大通りから悲鳴や怒鳴り声が聞こえてきた。
慌てて声のするほうへ向かうと、そこには――。
「こ、これは……なんでこんな、こんなことに!?」
エイリーナは大通りを見て声を張り上げた。
その理由は、並んでいた家や店から煙が噴き出し、その日が次々と隣の建物に燃え移っているからだった。
通りには家から飛び出てきた住民たちの姿があり、皆、混乱して燃え盛る建物の前で悲鳴をあげている。
「誰だよ、火なんてつけた奴は!?」
「お嬢、ここはまず皆さんの避難を」
「そ、そうだね。よし! みんなアタシだよ、機械工房ロイザヘルズのエイリーナだよ! 今からショーズヒルドが安全な場所へ誘導するから慌てずについていって!」
エイリーナはショーズヒルドに住民たちの避難誘導を任すと、突然走り出した。
赤毛の少女が駆け出したのは、先ほどからずっと聞こえている怒鳴り声が聞こえる方角だ。
「お嬢!? 何をするつもりですか!? 早くお戻りを!」
「ショーズヒルドはみんなのことをお願い! アタシはロンディッシュにこのことを話してくる!」
「そんなすぐに見破れる嘘をつかないでください! ロンディッシュは何があっても動かないって、先ほど話していたばかりでしょう!?」
「ハハハ、さすがわかっちゃうかぁ。でも、大丈夫だから! ショーズヒルドだってアタシが放火犯にやられちゃうようなやわな鍛え方はしてないでしょ?」
「そういうことではなく!」
エイリーナは笑顔で手を振りながら、ショーズヒルドの前から走り去っていった。
ショーズヒルドは、義手でない生身の右手で潰れている右目を掻いた。
まったくいつもこうなのだと、彼女はため息をつきながらも住民たちを避難誘導し始める。
「お嬢、どうかご無事で……」
――エイリーナが大通りから移動して、曲がり角に入るとすぐに、二人組の男がいた。
その二人組の手に松明が見え、そこら中に乾燥した草や
一人は短髪のブラウンヘアをした背の低い男で、もう一人は長い黒髪の背の高い男だ。
イスランは世界でいうところの北側に位置し、冬になると気温がマイナスまで下がる土地である。
その気候は当然、空気中に含まれる水蒸気を水滴や氷に変える。
そのため空気中の水分量が減ることになるので、空気が乾燥する。
つまりは 寒くなると吐いた息が白くなるのと同じ仕組みで、息の中の水蒸気が空気に溶け込めず、空中で結露するのだ。
そして、乾燥した空気――水分量が少ない状態では火はつきやすい。
町があっという間に火の海になってしまったのは、二人組の持っていた道具だけではなく、イスランの気候も影響していた。
「どこに隠れてやがる! さっさと出てきやがれ!」
「出てこねぇならもっと燃やしていぶり出してやる!」
どうやら町に火をつけた二人組は誰かを探しているようだったが、エイリーナにとってそんなことは関係ない。
この島――イスランを大事に思っている彼女からすれば、たとえどんな事情があろうと、町や住民に被害を出すような人間は敵だ。
「よくもアタシの町に火をつけたな! もう絶対に許さない!」
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