機械工房のお嬢と魔法の剣~剣を売って故郷を買います~

コラム

第1話 亡き父に来訪者

イスランの夜空には、まるで魔法のようにオーロラが舞い踊っていた。


とある機械工房の窓から、その美しい光景を見つめる少女がいた。


彼女の名前はエイリーナ。


緑色の瞳がオーロラの光を反射し、長い赤い髪を一つに束ねていた。


首にはゴーグルをかけ、白いブラウスにコルセット、動きやすいショートパンツという姿は、機械工房のお嬢さまらしい実用的な装いだった。


エイリーナは窓の外を見つめながら、心の中で様々な思いが交錯していた。


イスランはかつて開拓島として知られていたが、二百年前に起こった魔法大戦の影響であまり賑わっていなかった。


魔法大戦は、各国が古代魔法の研究を進めた結果、魔力の暴走や魔獣の出現、人間同士の終わりなき戦争を引き起こした。


最終的に、ロンディッシュという武力組織が戦いを終結させ、現在では魔法は世界でタブー視されている。


戦争の後、イスランは世界から忘れ去られ、今ではその静けさがさらに深まっていた。


住民の多くが島を離れ、残るのは年老いた住民ばかりで、若者の姿はほとんど見られなかった。


「お嬢、また考え事でございますか?」


背後から聞こえる声に、エイリーナは振り返った。


声の主はショーズヒルド·ハーヴェイ。


銀髪のショートカットに隻眼、隻腕の彼女は、整った顔立ちに右目に大きな傷が残っていた。


ロングスカートにエプロン姿のショーズヒルドは、厳しい表情をしていたが、その目には優しさが宿っている。


ショーズヒルドはエイリーナの教育係であり、幼い頃から彼女を見守ってきた女性だ。


「うん、ちょっとね」


エイリーナは微笑みながら答えたが、その笑顔にはどこか寂しさが漂っていた。


「最近、またみんな島から出ていちゃってるから……」


エイリーナの声には、失われたものへの悲しみと、未来への不安が滲んでいた。


ショーズヒルドは軽く頷き、近くのテーブルに置いてあったティーポットを手に取った。


「こちら、温かいお茶でございます。お召し上がりになって、少し落ち着きましょう」


彼女の声は穏やかで、エイリーナを安心させる力があった。


エイリーナはカップを受け取り、再び窓の外に目を戻した。


オーロラの光が町を照らし、静かな夜の景色が広がっていた。


「ショーズヒルド……。アタシ、イスランを買い取って、みんなが安心して暮らせる場所に、もっと賑やかで楽しい場所にしたいんだ」


エイリーナの声には、決意と希望が込められていた。


ショーズヒルドは微笑みながら頷いた。


「お嬢のその夢を語る姿を何度も見てきましたよ。小さい頃からずっと、イスランをもっと良い場所にしたいと話していましたね」


彼女の言葉は、エイリーナの心に温かさをもたらした。


いつもそうなのだ。


父が病で亡くなってからわずか十三歳という若さで機械工房ロイザヘルズを引き継いだものの、日に日に働いていた者たちは辞め、他の住民たちと同じように島を出ている。


それでも彼女――ショーズヒルドだけは今でもエイリーナの傍に居続けている。


生まれたときから教育係をしてくれているだけあって厳しいところもあるが、なんだかんだいって最後にはエイリーナの意見を聞いてくれる優しい女性だ。


ショーズヒルドの存在は、両親のいないエイリーナにとって何よりも大事な人であり、心の支えでもあった。


「うん? 変だな。こんな時間に丘に誰かいる」


そのとき、遠くの丘の上に一人の男が現れた。


月明りに照らされている男は傷だらけで、手には剣を握っているのが見える。


髪は乱れ、顔には疲労の色が濃く浮かんでいる。


伸ばしっぱなしに見える長い金色の髪と髭が、島の優しい風に揺れていた。


「しかもあんな傷だらけなんて、この島に魔獣は出ないのに……」


エイリーナは疑問を口にした。


心の中で不安と好奇心が入り混じっていた。


「見に参りましょう。もしかしたら島の外から来た人間かもしれません。何か問題を起こす前に、私たちで対処したほうがよいでしょうしね」


ショーズヒルドは即座に答え、エイリーナと一緒に工房を飛び出した。


エイリーナの心臓は高鳴り、何か大きな出来事が起こる予感がした。


丘の上にたどり着くと、男は息も絶え絶えに倒れ込んだ。


「この剣をソルヴァルドという男に……頼む……」


彼は最後の力を振り絞って錆びた剣をエイリーナに差し出し、そのまま息を引き取った。


エイリーナは驚きと共に剣を受け取り、その重みを感じた。


「父さんの名前を……この人は一体……?」


彼女の声は震えていた。心の中で恐怖と悲しみが渦巻いていた。


ショーズヒルドは男の顔を見つめ、静かに答えた。


「お嬢、この方は親方さまのご友人、スネービョルンさまでございます」


スネービョルンは、エイリーナの父であるソルヴァルドの古い友人だった。


ショーズヒルドが島に来たばかりの頃に、何度か顔を合わせたことがある人物だ。


エイリーナは心配そうにスネービョルンの顔を見つめた。


「父さんの友だち……? でも、どうしてこんな……」


彼女の声には、深い悲しみと混乱が込められていた。


ショーズヒルドは男の遺体に敬意を表し、静かに祈りを捧げた。


「お嬢、この方を埋葬してあげましょう。今夜はもう遅いので厳しいですが、明日の朝にでも」


彼女の声は静かで、しかし力強かった。


エイリーナはショーズヒルドに向かって頷くと、錆びた剣を見つめ、不可解な表情を浮かべた。


「でも、どうしてこんな剣を父さんに渡そうとしてたんだろう……」


突然現れた父の友人――スネービョルンのことを考えつつも、エイリーナはこの剣に何か特別な意味があるのではないかと感じていた。

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