第2話 婚約打診お断り作戦!その1

「ミシェル! あれほど王族と関わるなと言っただろう!?」


「え、だって、仕方なくない? お父様パパが決められた台詞に断り文句いれないのが悪いじゃん? あと、私の美貌?」


「わかった。では、次の夜会では断り文句も入れてやろう。そして、仮の婚約者として我が家の筆頭執事の息子ムサルトを。密かに想い合っていた設定でいこう」


「「うへぇー」」


 あたしとムサルトは、お互いに嫌な顔をする。

 現国王と王妃が恋愛結婚に走ったおかげで、真実の愛だと語れば、婚約打診くらいなら断れる風潮があるってお父様パパは言うけど、ムサルトって弟分って感じで密かに想い合うとかウケるんだけどー!


「伯爵様! 無理です。ミシェル……様と結婚なんて!」


「それ! こっちのセリフなんだけどー」


「まだその辺の使用人を捕まえたほうがマナーがあります!」


 みんなで頷かれるの、まじ遺憾ー!


「フリだから、無事王家の打診から逃れたら破棄すればいいから」


「……それって何年後ですか!?」


「……五十年後かな?」


「もう他の人との結婚は望めないじゃないですか!」


 嘆くムサルトをお父様パパが慰めます。ムサルト、まじ不敬だぞー?


「あ、でも。あたし、ムサルトと結婚するの、ありよりのありかも!」


「え?」


 満面の笑みを浮かべて近寄れば、ムサルトは顔を真っ赤にする。ウケる。顔がいいって罪だよね。


「だって、素のままでいても、許してくれるっしょ?」


 ムサルトの頬をつーって触りながら、そう言うと、ムサルトは壊れたみたいにこくこく頷いていた。


「なんて罪作りな」

「また一人堕とされたか」

「あの顔であれだけ近寄られたら、仕方ありません」


 ぽーっとしながら固まるムサルトを放置して、お父様パパと唱和する。お父様パパが怖い顔で後ろに腕を組みながら、大声で言った。






「いいか。お父様との約束だ。復唱!」






「決められたセリフ以外、話さない!」


「決められたセリフ以外、話さない!」


「振る舞いはお淑やかに!」


「振る舞いはお淑やかに!」


「微笑みを絶やさない!」


「微笑みを絶やさない!」


「最後にお願いだから、婚約打診のお断りを!」


「王子サマを思いっきり振ってやる!」



 お父様パパに頭を思いっきり叩かれた。ひどくない? あたし、間違ったことを言ってないのに!






決められた台詞


「わたくし、スターナー伯爵家が長女、ミシェルと申しますわ」

「よろしくお願いいたします」

「また、両親に相談してお返事いたします」

「ありがとうございます」

「まぁ」(困った顔)

new! 「申し訳ございませんが、わたくし……」(悲痛な顔)

new! 「申し訳ございません」(真剣な顔)

new! 「幼い頃から心に決めた方がおりますの」(愛しい人を思い浮かべる顔)



新しいセリフが追加され、決められたセリフ以外のセリフは絶対に発さずにお断りのための夜会に参戦することとなった。













「ミシェル嬢!!!」


 会場に着き、馬車を降りようとお父様パパの手を掴もうとすると、懐いた犬のような速さで王子サマが走ってきた。



「まぁ」(困った顔)


 困った顔をお父様パパに向け、対応をぶん投げる。お父様パパなら余裕っしょ? あ、お母様ママは今回も立ったまま気絶した。


「殿下……殿下という身でありながら、一介の令嬢にそこまでしてはなりません……」


 忠臣っぽいお父様パパの口調に、顔を顰める王子サマ。




(うわー子供っぽい男、まじ無理ー。)


(お願いだから、その不敬な思考を放り捨てろ)


(まじ無理。ごめん。ぴえん⭐︎)


(こんの阿呆娘がぁぁぁぁ)


「ミシェル嬢。君の気持ちを聞きたい。僕のエスコートを受けてくれないだろうか?」


 自信満々に、でも少し不安そうに差し出される王子サマの手。……手汗かいてない? それ。



「申し訳ございませんが、わたくし……」(悲痛な顔)


(その手汗まみれの手、無理)


(よし、いいぞ。あとはお父様に任せろ……)


「幼い頃から心に決めた方がおりますの」(愛しい人を思い浮かべる顔)


「うぉい、こら、この馬鹿娘!」


お父様パパ、言葉に出てる。みんなに聞こえてるよ!)


(なりふり構ってられるか! まずは様子見でエスコートを断るだけでいいのに、初っ端から渾身の右ストレートを打つ阿呆がおるか!)


(ここにいっまーす⭐︎)


 お父様パパに頭をぐりぐりされながら、周りを見渡すと、あたしの渾身の(愛しい人を思い浮かべる顔)にぶっ倒れてる人がちらほらいた。王子サマも鼻血を垂らしながら固まってる。え、キモ。




「ぜ、前回、婚約の打診を了承してくれたのは……」


「愚娘は、マナーも品性もない口下手でございまして……身分差をわきまえた返事を、私が許した発言の中から選ぶとそうなったのでしょう」


「わ、私が許した発言……?」


「ええ、もう、それはそれは殿下のお耳には聞いたことのないような汚い言葉遣いなもので、こういう場で使う言葉は、厳しく取り締まっております」


「申し訳ございませんが、わたくし……」(悲痛な顔)


(まて、今そんな顔すると……)


「その、ミシェル嬢はもしかして……お父上に虐待されているのか? 先ほども手を挙げられていたようだったし……まさか! 家族に虐げられているのか……?」


(こんな馬鹿娘がー! 自分の容姿を考えて発言しろ!)


(その発言を制限してるの、お父様パパじゃん?!)


「まぁ」(困った顔)


(発言を許す! 違うと言え! 違うと!)


(残念賞でぇーす! 自由奔放に生きてまぁす⭐︎でおけ?)


(だからなんでただ“違いますわ”でいいところを、そう変換する!)


(え、こんな感じ?)


「違いますわ」(悲痛な顔)


「ミシェル嬢……! 僕が、絶対に君を救い出してみせるよ!」


(顔が! 顔が! もういい。お前は決められた台詞以外絶対に発するな!)


「決して虐待などしておりません。先ほどの行為は愛情を込めた教育的指導です」


「……殿下、発言をお許しください」


 ちょびひげ生やしたおっさんが割り込んできて、何か書物を出しながら言ってくる。



「虐待をする親の多くが、“教育的指導”等の言葉を使うと、統計結果がこちらにございます。美しいご令嬢でいらっしゃいますので、身体的というよりも精神的な虐待が多いのでは……、」


「ミシェル嬢……」


 悲痛な顔であたしに向かって、手を差し出してくる王子サマ。


「まぁ」(困った顔)


(その、手汗まみれの手はちょっと……)


(お前は、いい加減にその、)


お父様パパ、そんな顔してこっち見てると、また虐待って騒がれちゃうよ? いいのー?)


 ハッとした顔で周りを見渡すお父様パパお父様パパの表情は曇ります。


(どうしたらいいんだ、これは!!)


(ファイティン! お父様パパ!)


(元はといえば、お前のせいだろー!!)


(やだー! お父様パパの顔、こわ〜い!)


(この、阿呆娘が……。このままいくと、王家に保護という名目で連れていかれるぞ? いいのか?)


(まじ無理。ごめん、お父様パパ。早くなんとかしようこの気持ち悪い王子サマ)


(……いいか、お父様の言葉に静かに微笑んでおけ。必要そうなタイミングで必要そうなセリフを頼んだぞ)


「ご心配おかけして申し訳ございません。殿下。そして、皆様」


「申し訳ございません」(真剣な顔)


「娘に正しく育ってもらおうと厳しくした時期もありました。しかし、全て無駄だと知り、自由に育てることとし、公の場では猫を被らせることといたしました」


「殿下! 調査結果が上がってきました! 殿下の婚約者に相応しいか調査する時に調べた結果、虐待は認められない、と」


「そんな娘の全てを理解し、受け入れてくれる唯一の相手が、娘の想い人である筆頭執事の息子でした」


「幼い頃から心に決めた方がおりますの」(愛しい人を思い浮かべる顔)



 バタバタと倒れる人を尻目にお父様パパはさりげなくお母様ママを叩き起こす。


「本人も“結婚するならその筆頭執事の息子と”と言い、相手もその家族も了承し、書類の提出もしております。身分差を超えた真実の愛でございます」


(ま、五十年後には別れるかもしれないけどね)


(お黙りなさい? ミシェルちゃん)


(イエス、マム!)


「殿下のお言葉、大変光栄には思いましたが、親としては娘の気持ちを優先してやりたい、と思いました!」


(そして、ミシェルちゃんを他領に見せる必要をなくしておきたい、と)


(いえー! 自由な生活、うぇーい!)


「不敬と罰せられる覚悟もとうに決めております!」


(え、あたしはまじ無理。ごめん、お父様パパ


(お父様はぴえん)


(あなた、うつってますわよ?)


 会場入りもしていないのに、聴衆は集まり、一部の人は涙を流している。え、涙腺よっわ。


「……すまなかった、スターナー伯爵。君の娘への思い、伝わった。虐待なんてものを疑って本当にすまない」


「お分かりいただけたなら、よかったです」


「あぁ。僕も胸の内でミシェル嬢を想うだけにして、その幸せを願っているよ」


(あ、ごめん、ムサルト。離婚無理だわ)

(すまない、ムサルト)

(ごめんなさいね? ムサルト)


「「ありがとうございます」」

「ありがとうございます」(満面の笑み)





 鼻血を垂らしながら、倒れた人々の間を縫って先を歩く王子サマを見ながら、あたしは思う。



(ねぇ、お父様パパ知ってる? あたしの“愛しい人を思い浮かべる顔”って、スルメを食べてる時の味イメージしてるの⭐︎ まじうまいから、今度食ってみ?)


(スルメ……)

(スルメ……)


 お父様パパお母様ママは無の境地に至ったみたいな顔をして、会場に入っていった。

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