「外では決められたセリフしか言えません!」~残念令嬢の心の声

碧桜 汐香

第1話 婚約打診

「いいか。お父様との約束だ。復唱!」


 お父様パパが怖い顔で後ろに腕を組みながら、大声で唱和した。


「決められたセリフ以外、話さない!」


「決められたセリフ以外、話さない!」


「振る舞いはお淑やかに!」


「振る舞いはお淑やかに!」


「微笑みを絶やさない!」


「微笑みを絶やさない!」


「最後にお願いだから、王家と関わるな」


「王家と関わらない!」


「お父様とお母様がミシェルから離れないでいることが一番なのだが……。極力、一緒にいるようにするからな!?」


「大丈夫だって、お父様お母様パパ ママ! まっかせてー!」


 ばっちーんとウインクを決めながら、ギャルピースをしたら、お父様は泡を吹いてぶっ倒れた。


「この子は……黙って動かないでいてくれたら、天使のような美しさなのに……もったいないわ」



 確かに、あたしはお父様パパ譲りの甘い顔立ち、お母様ママ譲りのはかない美貌とナイスバディ。緩いウェーブを描く金髪は、純金のようだとよく言われるし、アクアマリンとエメラルドを合わせたようだと言われるぱっちりした瞳。ルビーのようなぷるんとした口。かわいい恰好して微笑んでいると、人がばったんばったんと倒れる。


「大丈夫大丈夫! お母様ママ!」


「……決められたセリフ以外、絶対話しちゃダメよ?」


「はーい」



 お父様パパお母様ママと一緒に、夜会に行くために、事前の打ち合わせを終えた。






決められた台詞


「わたくし、スターナー伯爵家が長女、ミシェルと申しますわ」

「よろしくお願いいたします」

「また、両親に相談してお返事いたします」

「ありがとうございます」

「まぁ」(困った顔)


以外のセリフは絶対に発さずに夜会に参戦することとなった。

 それはさておき、うっまいもんたくさん食うぞー!



 ちなみに、今までの夜会は、各種感染症を理由に欠席してきた。今回は、王子サマの婚約者サマを決めるやつで、絶対に欠席できないんだってー。知らんけど。夜会では、うまそうなものが出るって聞いていたから、楽しみすぎてマジ卍。

 王子サマなんて関わったらめんどくさそうだし、食い物が楽しみだー。酒もあるかな?












――――

「大変麗しい少女だ」


「ありがとうございます」


「名をなんと言う?」


「わたくし、スターナー伯爵家が長女、ミシェルと申しますわ」


「ミシェルか。名前まで愛らしいんだな」


「ありがとうございます」


「よければ、私と共に踊ってくれないか?」


「まぁ」(困った顔)


「む? あまり踊りは得意じゃないのか? では、二人きりで語ろう」


「よろしくお願いいたします」


「場所を変えよう」







 お父様パパお母様ママが、知らん人に連れ去られ、一人で食べ物を物色していたら、王子サマに話しかけられた。


 未婚の男女が二人きりって婚約者以外禁止って聞いたけど、私の話していいセリフには、断るセリフがないんだよねー。「また、両親に相談してお返事いたします」は、今のタイミングじゃおかしいし……ま、いっか!


 そんなことを考えながら、王子サマの後ろを静々とついていく。お淑やかに、お淑やかに。







「ミシェルは、本当に麗しいな」


「ありがとうございます」


「食べ物を見ていたが、何か必要なら給仕に取ってこさせよう」


「ありがとうございます」




 これはラッキー! と、お淑やかに欲しいものをそっと指さす。ビュッフェ形式だから、欲しい分だけ取ったら、お父様パパお母様ママにぶっ殺されると思っていたんだよね。王子サマに渡されたなら、仕方ないよね?

 歓喜に震えながら、料理に舌鼓を打つ。お淑やかに、お淑やかに。





「食べる姿まで愛らしいな」


「……ありがとうございまふ」


 人が食ってる時くらいこっち見んなよ。話しかけるなし。


「我が妻になって欲しいくらいだ」


「まぁ」(困った顔)


「はは、気が早かったかな?」


「ありがとうございます」


「では、婚約を受けてくれるか?」


「また、両親に相談してお返事いたします」


「では、いい返事を期待しているよ」




 我ながらうまく回避できたと思いながら、お上品にお料理を食べる。ちょこっとしか取ってきてくれなかったから、すぐに食べ終わった。食べ終わったお皿を給仕に渡してお礼を言い、王子サマにエスコートされながら会場に戻る。




 あたしを捜していた様子のお父様パパお母様ママ。あたしの横に王子サマがいるのに気づくと、口をパクパクとさせている。なにあれ。魚みたいでおもろ。無事にプロポーズは断ったよ! 満面の笑みをお父様パパお母様ママに向けたら、周囲が「なんてお似合いなんでしょう」という空気になり、お父様パパお母様ママは一層顔色が悪くなった。



「スターナー伯爵夫妻!」


 王子サマが意気揚々とお父様パパお母様ママに声をかける。


(……何をやらかしたんだ!?)


(あたしのせいじゃないって!)


 お父様パパと目で会話しながら、お母様ママを見ると、目を開いたまま失神していた。お母様ママ器用だな。


「は、はい。我が愚娘が何かやらかしましたでしょうか?」


 はっとした様子でお父様パパが返事をする。私は微笑みを絶やさず、成り行きを見守る。



「やらかしたなんて。……確かに、娘さんには心を奪われてしまったよ。よければ、ミシェル嬢を婚約者として望みたい。本人からの了承は得ている。婚約者となって、お互いを知って、良い関係を気付いていきたいと思っている」


(お前、何をやってんだ!? 王家と関わらないように言っただろ!? しかも了承!?)


(あたしのせいじゃないってば! 決められたセリフで断ったって! そもそも、こんな夜会に連れてきたお父様パパがわるいんじゃん!)


(王子の婚約者を探す夜会に、健康そのものな娘を参加させないなんて、謀反を疑われるだろう!? 今までも再三参加を要請されていたんだ)


(なら、せめてセリフに断り文句入れてよ! ていうか、自由に話していいんなら、猫を外してすぐに本性をバラしたって!)


(やめろ。お前の言動は我が家を潰しかねないほどだ)


(しっつれいなー!)


「伯爵……?」


「その、殿下。我が娘は殿下の婚約者には相応しくないかと」


「ほう。女神のように愛らしく麗しいミシェルが私に相応しくないなら、隣国にでも嫁がせるつもりか? 確か、成績も優秀で素行も問題ないと聞いているが」


「いや、その、平民の方が性があっているような野蛮な娘でして」


「この麗しいご令嬢が?」


「まぁ」(困った顔)


(くそ娘! 私が虚言癖の阿呆に見えるだろ!)


お父様パパ、一定層には野心がなく謙虚だって評価されてるっぽくてラッキーじゃん!)


(あーもう!)


「外面はいいのですが、家では驚くほどガサツな娘でして」


「はっはっは。伯爵は野心がなく、謙虚なんだな。そんな伯爵の良さを引き継いだ娘さんだ」


(詰んだー! 信じてもらえない! くそ、被っている猫を外させるか? いや。あの娘、まず殿下の手を振り払いかねないぞ? 不敬で処刑される可能性が98%くらいある。2%にかけるか?)


(この王子サマ、我が物顔であたしの肩に勝手に手を置いてるの、きもいんだけど)


(やめろ! やめろ! お父様が悪かった。猫を外すな!)


「は、ははは。後日また返答させてください」


(手っ取り早く使用人の中から婚約者を決めて断ろう。隠れて恋愛関係だったということにして。爵位が取り上げられようとも、不敬による処刑よりは……背に腹は代えられない)


「いや。後日にする必要はない。今日は日柄もいい日なんだ。断る必要もないだろう?」


「……殿下。国王陛下とご相談する必要があるかと思います」


「なかなか婚約者を決めない私のために、父上が”今日の夜会で気に入ったご令嬢がいれば、我が許可を得ずに声をかけていい。ご令嬢ははじいてあるからな”とおっしゃったのだ。……ミシェル嬢と出会った瞬間、衝撃が走ったのだ。きっと運命に違いない」


(この世で一番ふさわしくない我が娘が残ってますよぉぉぉ! 国王陛下ぁ!)


(え、運命とかきっしょ)


(その不敬な口を閉じろ。阿呆娘! 殿下。出会った時の衝撃は、今まで出会ったことのない生物と出会った衝撃です。運命じゃありません!)


(言われた通り、口閉じて微笑んでるんだけど。思考くらい自由にさせろって)


「は、はははは」


「それに、伯爵が言う通り、ミシェル嬢がガサツで野蛮な女性だったとしても、愛していくことができると確信しているよ」


「しかし、殿下……」


(え、きも。頭撫でんな)


(ああああ。優秀な殿下が阿呆娘の美貌で壊れている)


(私、その辺で屁するし、鼻ほじるけど、それ見てもイケル口?)


(こんなところに連れてきて悪かった、ミシェル。お願いだから、やめてくれ)


(というか、こいつと結婚したら、一生自由に屁できんの? まじ無理。ぴえん)


(その不敬な思考を捨てろぉぉぉ)


「まぁ」(困った顔)


「すまない。ミシェル嬢。御父上と争いたいわけではないんだ。君を困らせるつもりはなかったんだよ。仕方ない。今日のところは、婚約の申し込みだけで終えておくよ。君はスターナー伯爵家の大切な一人娘だったね。ごめん。御父上にも、心の準備と後継者の相談が必要だよね?」


 あたしの手にそっと口づけを落とし、国王陛下へ報告をするために、王子サマは去っていった。


(困った顔は、この思考なんて捨てられねーなって意味だったんだけど)


(よくやった。でかした。そのとんでもないことを考えながら、いいタイミングでその表情をした。きょうのところは、なんとか婚約を結ばないで済んだ)


「ミシェル。……疲れただろう? とりあえず、何か食べるか?」


「ありがとうございます!」


 満面の笑みで料理を選びにいったあたしは、ふと思い出した。


(……きも)


(お願いだから、殿下が口づけを落とした場所を周囲にばれないように拭き取るなー!!)

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