第41話 幸せな時間
「よし、これで大丈夫!」
俺はしっかり冷やしたプリンを籠に詰めた。このために、連休をもらったのだ。
魔林から王都に帰った俺に、素晴らしい報告があった。魔道具開発部がゼノを中心としたチームを組み、魔石冷蔵庫を作った。よかったら、使ってみてくれと言う。
以前から俺は「オーブンができたなら、今度は冷蔵庫が欲しい」とぼやいていた。ゼノはその言葉を聞いて、挑戦してみることにしたそうだ。
「氷魔法と魔石を使って、これまで似たようなものはあったんですよ。ただ、温度調節が難しく、魔力のない者が使えるような保存庫はありませんでした」
試作品は、魔石オーブンよりも二回りぐらい大きい。感激して、俺は何度も魔石冷蔵庫を撫でた。
「ゼノ……ゼノ、ありがとう」
「いえ、レトもいないし暇だったんです。時間だけはたっぷりありましたので」
にこにこと微笑むゼノに、俺もレトも何も言えなかった。ごめんと呟くレトの背をゼノが優しく撫でる。ゼノはレトがいない間、ずっと研究所で仕事をしていたらしい。不安や心配を飲み込んでレトを待ち続けた彼に、今度、特製ピールを贈ろうと決めた。
プリンと卵ボーロを持って、まず、テオの元を訪れた。
王太子が住むのは王宮の敷地の中でも奥まった場所にある離宮だ。周りを小さな森に囲まれた美しい離宮は白で統一され、しんと静まり返っている。応接用の部屋に通され緊張していると、扉が開いてテオが現れた。
「テオ!」
「久しいな、ユウ」
晴れやかな笑顔のテオを見て、俺は涙が出そうなほど嬉しかった。ソノワから俺を助けてくれたテオ。以前より痩せた気はするけれど、顔色はすっかりよくなっている。体調は回復し、体内の魔力の調整も上手くいっていると言う。
「テオ、遅くなったけど、前に約束したものを持ってきたよ」
「楽しみにしていたぞ ユウ! とうとうバズアを使ったんだな?」
「うん、食べてみて。……あ、毒見はいらないと思うけど」
テオが吹き出した。余程ツボにはまったのか、体を屈めて笑い続けている。ようやく顔を上げた時には、侍従が手際よくお茶を淹れてくれていた。
「失礼。早速、いただこう」
テオは俺のプリンを口にすると、柔らかな微笑みを浮かべた。
「口の中でとろけるな。バズアがこんな美味な食べ物になるとは驚くばかりだ」
「気に入った?」
「ああ、また食べたいと思うぐらいだ」
テオはプリンを綺麗に食べ終えた後、俺を静かに見つめた。
「ユウ、私はもっと人前に出ようと思う」
「テオ」
「どんな力を持っていても、私は私だ。父上とも話をして、この国の為に何ができるかを真剣に考えていく。私にもまだ、やれることがあるはずだから」
あの魔林の中で学んだ、と話すテオに胸が熱くなった。
「俺、テオはきっと、いい王様になると思う」
「……ありがとう」
テオは黙って、皿の上の卵ボーロを見つめた。なかなか手を伸ばさないのでどうしたんだろうと思っていたら、頬が少し赤くなっている。
……もしかして、照れてる?
そんなテオを見たのは初めてで、思わずじっと見てしまった。慌てたテオは、いきなり卵ボーロをひとつ摘まんで口に入れた。はっとしたように、これはうまいなと呟いて次々にボーロを口に運ぶ。
「それ、好き?」
こくんと頷く姿は子どものようで、今度は俺が笑い出す番だった。
テオの次は、昼に合わせてスフェンの職場に向かった。俺の顔を見るなり大きなため息をつかれ、何だか恐縮してしまう。大きな手が俺の肩をポンポンと叩いた。
「ユウ、君は私の寿命を縮める名人だ。知ってるか? 君と殿下が魔林に行ってから、私は心労のあまりずいぶん痩せた」
「え、ご、ごめん」
「だから私は、君の作ったものをたっぷりもらう権利があると思う」
「……ほんとは一人二個なんだけど。プリン、おまけするね」
俺の言葉にスフェンは機嫌よく頷き、以前訪れた王宮のカフェに行こうと誘ってきた。テーブルに置いたプリンを一個食べた後、真剣な顔でレシピを教えろと言う。
「正直、どんなものができるのか半信半疑だった。これはうまい。うちの料理人にも作らせてみたい」
俺はもちろん頷いた。スフェンのおかげで、俺はたくさんの知識を得ることができた。スフェンの役に立てたら、こんなに嬉しいことはない。
その後、俺のレシピは公爵家の料理人を喜ばせた。ルブラン公爵家の晩餐会に登場する『客人のプリン』は、貴族たちの間で大層な評判になったそうだ。
研究所に行くと、レトとゼノ、ゾーエン兄弟が待っていた。折角だから、皆でお茶をしながらプリンを食べようと思ったのだ。ゼノが作ってくれた魔石冷蔵庫のおかげで、プリンの鮮度は完璧に保たれている。
コンコン、と扉を叩く音がして、笑顔のエリクが入ってきた。
「客人殿のお茶会に、お招きいただいて光栄です」
「こちらこそ。忙しい中、来てくれてありがとう。どうぞ座って」
「……本当は、私だけお邪魔しようと思ったのですが、騎士棟を出る時に偶然彼に会いまして。暇そうなので連れてきました」
エリクの後ろからひょいと入ってきたのは、ジードだった。何だか気まずそうな顔をしている。ロドス・ゾーエンがにやりと笑った。
「ま、確かに暇だな! 俺たちは第一や第二の訓練の相手ぐらいしかやることがねえ」
「兄上、お静かに! だったら、研究所の下働きでもしてください」
「ユウ殿のスイーツの味見ならするぞ」
レトとゼノが笑いながらお茶を淹れ、皆に配ってくれる。ジードはどことなく緊張しながら、俺の隣に座った。テーブルには俺のスイーツ以外にも、テオから土産にもらったフルーツが並んでいる。俺はジードに、こっそり耳打ちした。
「実はもう、プリンの数がぎりぎりなんだ。俺のプリン、半分こしよ」
「……それこそ、俺が一番食べたからな」
俺たちは顔を見合わせて笑った。こほん、とラダの咳払いが聞こえる。
「あ~~そこのお二人! いいですか、もうお茶会はじめますからね!」
「あっ、はい……」
「すみません」
ラダの苦笑いと共に、お茶会がはじまった。
「これが、プリン!」
「おいしい!」
「甘い! ……この中にあのバズアがいるとは」
「いるって言わない! 魔獣のバズアと甘い
どっと賑やかな笑い声が広がる。プリンやボーロの感想から、魔石冷蔵庫の苦労話など次々に話が出た。レトが魔林での日々をぽつぽつ語ると、ゼノが下を向いて泣き始めた。慌てたレトが、自分のプリンの載ったスプーンを差し出して、ゼノに「はい、あーん」を皆の前でやってのけた。俺たちは呆然と二人を見つめた。
「あれって……。思ったよりインパクトあるな」
「……そうだな。二人だけの時にしよう」
ぼそっと言うジードに口元が緩んだ。ジードがそっと俺の手を握り、俺もジードの手を握り返した。
二人でこれから、たくさんの時間を一緒に過ごそう。
大切な人たちに囲まれて、俺は幸せだった。こんな時間が変わらずに、ずっと続くんだと思っていた。
――永遠に、ジードの腕の中にいられると思っていたんだ。
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