第40話 二人でお茶を
プリンを冷ましている間に、もう一つ菓子を作った。
残りの卵と砂糖と穀物の粉を合わせてこねる。卵黄だけの方が濃厚な味になるけれど、今回は全卵を使った。生地がまとまったら千切って、一センチくらいの小さな丸い形にする。それを板に等間隔に並べて焼けば出来上がりだ。あまり長い時間はかからない。
「できるかな、卵ボーロ」
俺が子どもの頃、すごく好きだった菓子だ。料理雑誌で姉たちが見つけて「家でも作れる!」と三人できゃあきゃあ言いながら作り始めた。楽しそうな様子が嬉しくて、少しだけこねるのを手伝った。焼きあがった菓子が冷めると、姉たちがぽいぽいと俺の口に入れてくれる。おいしい、と言えばそうでしょ、と得意げな顔が返ってきた。
あの日は俺の誕生日だった。今なら、姉たちが俺のために作ってくれたのだとわかる。菓子は、いつだって優しい思い出を連れてくる。
魔石オーブンから、甘い香りが流れてきた。焼きあがったボーロは、口に入れるとほろっと甘く崩れた。思わず笑顔になってしまう味だった。
「……プリンは一人二個でいいかな。えっと、テオ。それからスフェン。エリクとレトにゼノ。……ラダたちにもあげよう」
それから、もちろんジード。ジードは何個食べるかな。卵ボーロも食べてくれるだろうか。
皆に配る分をせっせと分けた。それから、一人ずつに御礼の紙を用意した。こちらで覚えた文字の中で一番多く使った「ありがとう」をたくさん書いた。
コンコン、と扉が叩かれる。時間ぴったりにやってきたのは、ジードだ。俺は先日、ジードに頼んだのだ。休日に部屋に来てほしいと。
『あのさ、俺、こっちに来てからずっと、やってみたかったことがあるんだ』
『何だ?』
『俺の作ったスイーツを、ジードと一緒に食べたいんだ。……何だか、改まって言うと恥ずかしいな』
『そんなお願いなら、いつだって大歓迎だ』
『あ……りがと』
扉を開けると、ジードが嬉しそうに立っている。差し出されたのは、小さな白い花だった。
「レトが、ユウはいつも部屋に花を飾っていると言っていたから」
「うん」
ジードの無事を祈るためなのは、黙っておいた。すっかり習慣になってしまったが、さすがに恥ずかしい。
花を受け取ると、ジードはいきなり俺を抱きしめた。髪をクンクンと
「いい匂いだな。ユウは甘い匂いがする」
「そ、それはずっと、菓子を作ってたからだよ」
椅子に座ったジードに、俺はお茶を淹れた。
そして早速、用意していたプリンを出した。皿に開けたプリンの上には、とろりとしたカラメルがかかっている。
「これ、前に作って失敗したプリンなんだけど。今回は上手くできたんだ」
ジードが口に運ぶのを、俺はじっと見ていた。ものすごくドキドキする。
「……うまい」
「ほんと?」
「甘くて、少し苦い。なんというか優しい味がする。これが、ユウが作りたかった味なんだな」
ジードが俺を見て、優しく微笑んだ。俺は頷いたまま、何も言えなくなってしまった。
「ユウ、もう一つ食べてもいいか?」
「……うん、もちろん!」
ジードの分は特別だ。たくさん用意してある。
「ユウ」
「ん?」
二つ目のプリンを差し出すと、ジードは大きく口を開けた。
これは、もしかして。恋人同士がよくやるあれだろうか。「はい、あーん」って食べさせるやつ。ドドドッと急に鼓動が早くなった。ちょっと待ってほしい。キスなんかより、ずっとずっと恥ずかしい。
「え、えっと。食べる?」
ジードがこくりと頷く。手が震えそうになるのを何とか堪えて、プリンをすくう。俺の差し出したスプーンを、ジードがぱくっと口にする。
「うまい」
満面の笑みを浮かべられて、まともに顔が見られなくなる。俺は黙ってジードの口にスプーンを運び続けた。もう一つプリンを食べたジードに、俺は卵ボーロが入った皿を見せた。
「あとね、もう一つ作ったんだ。俺の国では色が違って黄色だけど、すごく好きな菓子なんだ」
俺は思い切って、指で摘まんだボーロをジードの口元に持っていった。ジードが体を乗り出して、俺の指ごとぱくんと食べた。
「ひゃっ!」
指先を舌で舐められて、思わず飛び上がる。ジードはにっこり笑って、俺の手を引いた。
うわっと思った時には、ジードの腕の中にすぽっと入っていた。膝の上に座らされ、ジードの唇が額に触れる。抱き抱えられたまま顔中にキスをされて、うわわわわと心が叫ぶ。
俺たちは身長差が二十センチ以上ある。こちらに来るまで、周りの人は大抵、俺より背が小さかった。それがここに来れば反対で、自分がまるで子どもみたいな扱いだ。騎士なんか皆、俺より圧倒的に背も厚みもあって、ついでに魔力もある。
……かなうとこなんか、ないんだよなあ。
「どうした? ユウ」
「なんだか、俺、子どもみたいだなと思って」
「子ども?」
「俺たちの世界では、俺の背でも十分デカいんだよ。でも、こっちでは女の人だって同じぐらいだし、皆、たくましいよね。俺、魔力もないし」
「……ユウには、十分、力があるだろう?」
それって、菓子を作る能力のことなんだろうか?うーん、と首を傾げていたら、唇をぺろっと舐められた。
「わっ!」
「甘い。……菓子よりもずっと」
ジードが微笑んで、こちらの頬が熱くなる。いきなりそういうことするのやめてくれないかな。心構えってものがいるんだから。
「あ、あのさ。ジードは、もうちょっと考えた方がいいと思うよ」
「?」
「……心臓に悪いって言ってんの!」
「本当だ。すごく早くなってる」
ジードが素早く俺の胸に手を当てた。俺は腹が立って、思いっきり胸を叩き返したが、全く相手にならなかった。胸板の厚みが全然違うんだ。
くすくす笑いながら、ジードが俺を抱きしめる。すごく安心して、いつのまにかここが、自分の大事な場所になってるんだなあと思う。
ジードは俺の髪を優しく撫で、もう一度、額にキスをした。
「ユウと一緒にいられて嬉しい」
「……俺も」
「今まで辺境で戦うのを嫌だと思ったことはなかった。王都の方が俺には息が詰まるから。でも、魔林の中で迷った時初めて、王都に帰りたいと思った」
「ジード」
「ユウに会いたかった。だから、絶対に生き延びて王都に帰ろうと思った」
俺は何度も頷いた。ジードの言葉の一つ一つが心に沁みていく。俺はジードの体にそっと、もたれかかった。
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