第38話 王都への帰還

 ジードがってきてくれたバズアを皆にも食べてほしい。


 そう言ったら、ジードは目を瞬いた。


「せっかく苦労して獲ってきてもらったし、たくさんあるから……。きっと皆、喜んでくれると思うんだ。ばあちゃんがよく『お福分け』って言ってた」

「フク?」

「うん。おいしいものをもらったら、自分だけで味わうんじゃなくて、他の人にも分けるんだ。そうすると、自分も分けた相手も嬉しいから」

「それはいいな」

「うん」


 手の中にあるバズアは、真っ白な砂糖の塊にしか見えない。少し力を入れたら、端からほろほろと崩れていく。この世界に来てから、こんなにも強烈な甘味を感じたことはなかった。バズアは、ずっと魔獣と戦ってきた騎士たちの力にもなるんじゃないだろうか。


「核を潰した状態のバズアは、滅多に手に入らないんだよね?」

「ああ。大抵はすぐに他の魔獣に食べられてしまうし、稀に市場に出回ることがあっても、驚くほどの高値がつく」


 魔林に入って命がけで手に入れるんだ。値段も高くなるだろう。


「あのさ……。ジードたちは今までも魔獣を退治してきたんだよね? バズアをたくさん手に入れて持ち帰ろうとは思わなかったの?」

「俺たちは商人じゃないからな。魔獣として駆除する方が先だ」


 バズアが大量発生するような時には、増えた魔獣を仕留めるのに大忙し。それが落ち着くころにはバズアの数は減り、任務終了となって王都に帰還する。


「そうか。任務は魔獣討伐だもんね」

「ああ。しかし、ユウが皆にバズアを分けるのはかまわないが……」


 ジードがぽつりと呟いた。お前は魔林で何をしてたんだと、団長に怒られそうだな、と。俺は思わず吹き出してしまった。


「エーリーク―!」

「どうなさったんです、ユウ様」

「あのさ……ちょっとお願いがあるんだ」

「どうぞ。私にできることでしたら」


 にっこりと微笑むエリクが眩しい。


「よかったら、食べてほしいと思って」


 俺が布にくるんで差し出した白い塊を見て、エリクは目を丸くした。


「ユウ様、何ですか、これ?」

「……何だと思う? ものすごく甘いんだ。俺の世界にあるものとよく似てる」

「甘い?」


 エリクがまじまじと眺めていると、近くにいた応援部隊の騎士たちがのぞき込んでくる。やはり王都勤務の第一や第二の騎士たちには馴染みが無いのだろう。


「皆がよく知ってるものなんだけど」

「魔力を感じますが、やはりよくわかりません」

「……食べてみてくれる?」


 俺はエリクや周りにいる騎士たちの手に、少しずつバズアの欠片かけらを載せた。エリクが俺をじっと見る。


「……ユウ様がそうおっしゃるなら。いただきます」


 エリクの言葉を聞いて、他の騎士たちも一斉にパクリと口に入れた。


「~~~!!!」

「えっ」

「甘い!」 


 あっという間に大騒ぎになり、何の騒ぎだとやってきた第三騎士団長にも欠片を渡した。騎士団長はまじまじと見つめた後に、はっとする。


「これは……!」

「ええ、バズアです」

「ユウ様!!」


 バズア?これが!とあちこちから声が上がった。


「これは……どこから?」

「ジードが、偵察がてら魔林から獲ってきてくれました。核を潰したバズアは、何よりも甘い。王都に持ち帰って、ピールのように新たなものを作ってみたいんです」


 騎士団長がピール、と呟く。


「バズアを手にする機会は滅多にないと思います。今なら竜たちも魔林から運ぶのを手伝ってくれると思うのですが」

「……ちょうど、魔林からの撤退を考えていたところだ」


 騎士団長は少しの間考え込んでいたが、俺に硬質化したバズアを見せてもらえるかと聞いた。俺は団長や騎士たちと共に、ジードと氷竜たちの元に向かった。

 騎士団長はバズアを見た後、ジードにいくつか質問をした。ジードが神妙な顔をしている。最後に俺を見て、団長はにやっと笑った。


「……持ち帰れる分だけ、手土産としますか」


 魔林から王都に戻る前に、第三騎士団と応援部隊はバズアを捕獲し、片端から核を潰した。竜たちに協力してもらって、魔林で仕留めたものを駐留地まで運んでもらう。さらには総出で解体した。

 本当に砂糖のように使えるのか試してみたくて、ハルルの薬草茶にも入れてみた。さらさらしたバズアは見る間に溶けて甘いお茶になる。それを飲んだ騎士たちは皆、疲れがとれると笑顔で言う。


 エリクが真っ白なバズアを見ながら漏らした言葉に、誰もが頷いた。


「……憎いばかりだったバズアが、宝の山に見えます」



 氷竜レシオンの群れが故郷に旅立ったのは、それから数日後のことだった。


 王竜と番の竜が二頭揃って咆哮を上げると、他の竜たちもそれにならう。十分に体を休めた氷竜たちは、王竜を先頭に舞い上がった。竜たちは真っ直ぐに飛んでいくかと思ったのに、駐留地の空の上を三回ほどぐるりと旋回した。

 騎士たちが一斉に拳を握り、胸の前で右手を真横に揃える。それは相手に対して親愛と礼を示すのだと言う。


 王竜と番の竜が大きく息を吐くと、空からひらひらと雪が落ちてきた。まるで白い花のように風に舞う雪を、誰もが声もなく見つめる。俺とジードは並んで空を見上げ、北に進路を取った竜たちが見えなくなるまで、その姿を追っていた。


 氷竜たちを見送った後、第三騎士団と応援部隊は駐留地を引き上げ、王都に帰還した。




 国王陛下は騎士団の帰還を大層喜んでくださった。魔林は氷竜たちのおかげでバズアの繁殖が収まり、魔獣たちも落ち着きを取り戻しつつある。騎士たちは労をねぎらわれ、王都での休暇が命じられた。


 騎士団は持ち帰った大量のバズアを王に献上した。王は騎士たちに報奨金と共に、バズアの一部を分け与えた。残りは国の保存庫に納め、驚いたことに俺に自由に使っていいと言う。俺はジードからもらった分を確保したので十分だが、素材が必要な時はありがたく使わせてもらおうと思う。


 一番心配だったテオは、王都で治療を受け、ようやく本来の体調を取り戻しつつある。見舞いにバズアを使った菓子を届けると言ったら、楽しみだと笑う。


 俺は一時的に、王立研究所で働くことになった。

 バズアを使ってスイーツを作ると言ったら、その成果をラダが知りたがったからだ。それに器具も研究所が一番揃っているし、何よりゼノの魔石オーブンがたくさんある。


 プリンを作り直したいし、ケーキも焼いてみたい。いくつか、スイーツの案を絵に描いてみたら、レトが面白そうに眺めている。頭に浮かぶのは、マカロンやポルボロン、ボーロだった。


「ユウ様、これは何ですか?」

「ああ、それ。何か丸い形のお菓子を作ってみたいんだよね。魔林でウーロに、茸型魔獣をあげたのがずっと頭に残ってて」


 コンコンと扉が叩かれ、にこにこしながら第三騎士団の第一部隊長が入ってくる。


「ユウ殿~~。スイーツとやらの進み具合はいかがです?」


 その声を聞いた途端、ラダの眉がつりあがった。


「兄上! またいらしたんですか? さっさと騎士棟にお戻りください。こちらは仕事中なんですよっ」

「ええ~。でも俺たち、今、陛下から休暇もらっててさ。すっごく暇なんだよ……」

「たまの休暇だからって、すぐにふらふらと研究所にやってきてッ。そんなに暇なら、研究所周りの草取りでもしてください!」

「魔林で植物はもう十分なのに……」


 俺は王都に帰るまで、王立研究所のラダ・ゾーエンと魔林で出会ったロドス・ゾーエンが兄弟なことに少しも気づかなかった。ロドスは日に一度は研究所にやってきて、ラダに追い返されている。二人は外見はあまり似ていないが、押しの強さと逞しさはよく似ていると思う。


 ゴーン、リーンゴーン。


 大聖堂の鐘が遠くに聞こえる。もう、昼だ。俺の大好きな騎士がやってくる。彼は毎日、俺と昼食を共にしている。

 開いていた扉から、ひょいと金色の髪の騎士が顔を出した。


「ユウ、食事に行こう」

「うん!」


 碧の瞳が、とても嬉しそうに輝く。

 俺はすぐさま、大好きな騎士の元に飛んで行った。

 

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