第34話 新たな試み

 空中に金色の花火が幾つも打ちあがったのを見た時、第三騎士団は歓喜に湧いた。土埃の中を一人の男が歩いてくる。


「おーい! 無事に帰ったぞ!!」


 俺たちの帰還から丸二日経って、ロドス・ゾーエンも第三騎士団の駐留地に帰還した。俺とゾーエンは互いの無事を喜び、ゾーエンはジードが無事だったことにも、大喜びだった。

 魔林でバズアの餌になりかけた時、ゾーエンは俺を助けに行こうとしたが、ウーロは話を聞かなかった。増殖するバズアと突然現れた竜に脅えて逃げ出したらしい。ウーロは昼も夜もなく飛び続けて、気がついた時には魔林の外れまで来ていた。


「あいつとは魔林の端で別れました。元気でいてくれたらいいが」


 俺は頷いた。ウーロは魔林に生きる魔獣だ。どうか無事に生き抜いてほしい。ほんの数日一緒に過ごしただけだったのに、あの丸い瞳がやけに懐かしい。


 魔林の様子を話すために、俺とゾーエンは騎士団の部隊長たちの話に参加することになった。今も魔林に多くの土地が飲み込まれつつある。第三騎士団が野営しているこの赤茶けた大地も、元々は人が住める土地だった。バズアの大繁殖が始まってから地中の魔力が高まり、見る間に姿を変えたそうだ。人々は争うようにして他の土地へと移っていった。


 俺とゾーエンは、バズアが芽を出し繁茂する様子を話した。魔林の中でバズアを見た者たちも同じように証言する。これはもう、人が手を出せる範囲ではないだろう、撤退も止むを得ない。ならば近隣の村人たちはどうする、と話し合いが続く。


「あの……、前にもバズアが大繁殖したことはあったんですよね。その時はどうしたんですか?」

「増えた魔獣が人や村を襲えば駆逐するが、それ以上のことはしない。魔林の変化も自然の営みだからな。それに、今までは、これほどの多大な被害はなかったんだ」

「彼らがこちらに干渉しなければいいと?」

「そうだ。人も魔獣もそれぞれの領域で生きている。全ての生き物は女神トリアーテの愛し子なのだから、互いの境界を守って生きることが望ましい」


 第三騎士団長の言葉に、その場にいた人々が深く頷く。


 ……そっかあ。お互いの生活を侵さなきゃいいってことなんだな。


「そう言えば、ジードの連れてた竜はバズアをばくばく食べてたよね」

「ああ。あれは氷竜だから、この暑い土地にいるのは辛いらしい。バズアを大量に食べることで魔力を保っている」


 氷竜と聞いて、人々が騒めいた。本来はもっと北方に棲む魔獣だ。何故、南にとの声が起きる。

 ジードは、ゾーエンたちからはぐれた後、バズアの繁殖地で氷竜と出会った。竜は知能が高く、魔力で意思の疎通が出来る。氷竜から聞いた話によれば、不意に起きたに飲み込まれたのだと言う。

 魔林の魔力が高まりすぎて、大気も大地も不安定になっている。突然、空間を歪める揺れが起こり、本来いないはずの魔獣が魔林に引き寄せられる。氷竜の出現は、魔林のバランスが崩れていることを物語っていた。


 騒めく人々の間で、俺は一つのことを考えていた。繁殖する魔獣のように、うちの庭を侵食した植物のことを。昔、母さんが買ってきたハーブをうっかり地植えしたら、夏の間にすごい勢いで増えてしまったのだ。


 夏にあんなに増えたあいつは、霜が降りる頃に凍って枯れた。バズアはどうなんだろう?


「ジード、魔林は一年中暑いの?」

「そうだ。気候は一定している」

「ちょっと思ったんだけど、氷竜が暑さに弱いように、バズアが寒さに弱いってことはないかな?」


 バズアは真ん中の核を潰せば死ぬ。ただ、迂闊に近づくとこっちが餌にされてしまう。バズアを餌にするような大型の魔獣だけが平気で近づくことができる。それなら、氷竜に頼んで、見つけたバズアに凍気をかけてもらったらどうだろう?うまくいけば、バズアはパリパリに凍った花みたいになるはずだ。


「……試してみる価値は、あるかもしれない」


 早速、一つの実験が開始された。氷竜はジードを乗せて魔林に行き、バズアに凍気を吹きかけた。


「ユウ! 氷竜の吐く凍気でバズアは死ぬ!」


 ジードの報告に騎士団は活気づいた。


「部隊には氷魔法を使える者がいます。彼らの力をバズアに当てればいいのでは」

「他の者は増幅魔法で手伝ったらどうでしょう?」


 俺は騎士たちが盛んに案を出すのを、側で聞いていた。隣にいたゾーエンに思わず話しかける。


「……バズアの真ん中の部分を狙えば、中の核だけを潰せないかな」

「ユウ殿、それはどのような?」

「ほら、ウーロに餌をあげた時みたいにさ」


 丸めた茸型魔獣を投げると、ウーロはぱくりと食べていた。じゃあ、氷の玉みたいなのをバズアの口の中に放り込んだらどうだろう?


「やってみましょう!」


 ゾーエンが早速、部隊長たちに俺の案を出した。俺のちっぽけな案を形にしようと彼らは話し合っている。すごいな、さすが専門家。こういうのを餅は餅屋っていうのかな。


 ――バズアの口を狙って氷魔法を打ち込み、核を潰す。


 騎士たちによって試された方法は大成功だった。精度を高めれば、離れた場所からでも確実にバズアを仕留めることが出来る。

 魔林の端に現れるバズアを駆逐していると、確かに魔獣たちの出現率が減った。大繁殖を抑えることはできなくても、一定の効果が得られる。残念ながら、現状ではそれ以上のことはできそうにない。


 バズアの駆逐法を確立しながら撤退の時期を考える。第三騎士団の今後の方針が決まった。




 第三騎士団の駐留地で過ごして二週間が経った。


 俺は朝起きてすぐに、連なるテントの端に向かう。そこには、薄氷色の氷竜がいる。氷竜はジードと行動を共にしていて、背に乗せるのはジードだけ。夜明けすぎに、ジードが氷竜に話しかけているのを見るのが、最近の楽しみだ。

 ジードと竜は互いに魔力を介した思念で会話をしているらしいが、傍目には見つめあっているようにしか見えない。彼らの姿は朝の空気の中で、まるで一枚の絵のようだった。


「おはよう、ユウ」


 ジードは見惚れている俺に気づくと、いつも優しく微笑んでくれる。そして、俺を抱きしめてキスをする。その温もりを感じると、じんわりと体に力が溢れて、今日一日頑張ろうと思う。困るのは、思わず口元が緩んでしまうことだ。もっと、しっかりしなきゃと思うのに。


「どうした?」

「いや、ジードを見ると顔が緩んで困るな、って」

 

 ぺちぺちと自分の顔を叩いていたら、ジードが小さく笑う。


「ん? んん――っ!」


 いきなり強く抱きしめられて、優しくキスをされる。散々唇を貪られて、頬も体も熱い。ちょっと待って!と言おうにも体に力が入らない。ふうと息をつくと、さらに強く抱きしめられる。ジードの体温を感じて、もっと体が熱くなる……はず。


 ……あれ?熱くない?


 ぶるりと体が震えた。顔を上げると、ジードも怪訝な顔をして眉をひそめている。


「……さ、寒い」

「何だ、これは」

 

 周りの温度が一気に下がった気がした。思わず空を見ると、晴れ渡った空に、黒雲のようなものが見える。一瞬、蜂型魔獣のミウドールかと思ってぎょっとしたが、大きさも形も違う。もっと大きな魔獣の群れだ。

 すぐ隣にいた氷竜が突然、咆哮を上げた。その声に呼応するかのように、群れの動きが早くなり、寒さが急激に増す。


「まさか、あれは……」


 ――……氷竜?

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