第32話 駐留地への帰還
テントから少し離れた場所に竜が着地する。舞い上がる砂埃の向こうから、必死に走ってくる者がいる。
「ユウ様! ご、御無事でっ」
「……レト」
ジードに支えてもらって竜から降りた途端、レトが俺を抱きしめた。俺の顔もレトの顔も涙でぐちゃぐちゃだ。
「い、生きてらっしゃるって、ずっと……」
「うん……うん」
魔力もない俺が生き延びるなんて誰も思わなかっただろう。それでも信じてくれるのがレトだ。レトは、子どもみたいにわんわん泣いている。
「レトこそ、無事でよかった」
「王太子殿下の魔力で助けていただきました。それに、ザウアー部隊長たちも魔林の中に探しに来てくださったんです」
どこからか、うおおおお……と声がする。地鳴りのような音がして、今度は応援部隊の騎士たちが走ってきた。エリクが先頭に立ち、泣き出しそうな顔を必死で堪えている。俺の前で膝をついて頭を下げた。
「エリク!」
「……ユウ様。よくぞご無事で。お、お守りできず、申し訳ありません」
「謝る必要なんてないよ。ミウドールに攫われるなんて思わなかった。そもそも俺、魔林がこんなすごいところだなんて、考えもしなかったんだ」
まるで観光気分だった。俺が来ると言わなかったら、エリクだって危険な任務に志願したりはしなかっただろう。
「それに、エリクが一番守らなきゃいけないのは俺じゃない。テオたちを助けてくれたんだろう?」
エリクの瞳に光るものがあった。目の下には
エリクは俺がレトたちと共にいないのを知って、自分一人でも捜索に行こうとした。心配でろくに寝ていないのだと騎士たちが言った。
俺の隣にいたジードは、いつの間にか第三騎士団の騎士たちに取り囲まれていた。ジードたちが魔林に入って一週間以上経っている。救援を増やすかどうかの話し合いが連日続けられていたそうだ。
「……後はゾーエン部隊長だけだ」
耳にした言葉に、俺は咄嗟に叫んだ。
「ゾーエンは、きっとすぐ近くまで来ていると思う。ウーロに乗って!」
仰天する人々に、俺は馬車がミウドールに攫われた後のことを話した。ゾーエンに偶然拾われたことを聞いて、レトは泣きながら女神に感謝を捧げた。魔林ではぐれてしまったけれど、ゾーエンならきっと無事に帰ってくる。
俺はひとまず休養を、ジードは第三騎士団の団長たちにこれまでの経緯を話すことになった。テントの中で、エリクやレトと一緒に、これまでのことを話し合う。
「ユウ様が馬車から落ちた後、今度は傾いていた馬車そのものが落ちたんです。私たちも魔林の中に真っ逆さまでしたが、王太子殿下の魔力で助けていただきました」
レトを掴んでいたテオはただちに空中に体を浮かせて、地表への激突を避けた。何とか着地した後は、ミウドールを追ったエリクたちに会うまで、必死に魔林の中を歩き続けたのだと言う。
「私だけでは、とても無事ではいられませんでした。命があるのは殿下のおかげです」
「そういえば、テオは?」
「体調を崩されています。ずっと
俺はすぐにテオのテントに向かった。テントの前に立つ二人の近衛騎士が仰天して俺を見る。テオに会いたいと言うと、ドゥエが中に入っていく。
久々に見たソノワの瞳はやはり冷たくて、少しも好意は感じられなかった。
「ご無事でいらしたのですね」
「うん。何とか」
「魔力もないのに、よくもあの魔林で助かったものだ」
「……魔力がない方が助かることもあるんだよ」
ソノワが、理解できないといった顔で俺を見る。
……わかってもらわなくてもいい。あの魔林の中には、人の常識では測れないことがたくさんあるんだ。
ドゥエに促されて、テントの中に入った。
「テオ!」
「……ユウ? 無事だったのか?」
王太子のテントは絨毯が引かれ簡素なベッドもある。テオはベッドに横になったまま、こちらに顔を向けた。すぐ隣まで行くと、泣きそうな顔で笑う。
「よかった。ユウには女神の加護があるとは思っていたが、さすがに心配だった」
「女神の加護?」
「異世界から揺れでやってくる者は皆、女神に愛されている。我がエイランではそう言われているんだ」
「……確かに、あの高さからオルンの上に落ちたのは加護があったのかも」
「オルンの?」
俺が今までのことを話すと、テオが微笑んだ。
「テオがたくさん魔獣のことを教えてくれて助かった。それに、レトを助けてくれてありがとう」
ベッドに投げ出されていた手を取ると、ひどく冷たい。テオは魔力を使いすぎたんだろうか。思わずぎゅっと握りしめると、テオはゆっくり息を吐いた。
「これは、体の中の魔力の調整が上手くいっていないんだ。ユウ、前に言ったことを覚えてる?」
「?」
「私の持つ魔力のこと」
「ああ、テオが持っているのは少し変わった魔力だってこと?」
「そう。自分で使うこともできるけれど……、本当は逆なんだ」
――逆?
「私はね、……他の者の魔力をことごとく奪い、吸収してしまうんだよ」
テオの宵闇のような藍色の瞳が、ひどく寂しそうな色を帯びた。
幼い頃は今よりも魔力の調整ができず、周囲で何人もの人が倒れた。自分も寝込んでばかりだったとテオは言う。
「『魔力喰い』なことが分かった途端、人前には一切出されなくなってね。いつのまにか、得体の知れない王太子と人々が噂するようになった」
「……テオ」
「この髪は元々金で、瞳は青だったんだ。色が変わったのは、毒を盛られた後遺症だ」
魔力を奪う存在は、恐れと憎悪の対象でしかない。毒が入った体は高熱を発し、魔力が暴走した。一命をとりとめた時には、髪も瞳の色も元の面影はなかった。
「それ以来、人と会わず、友人と呼べる者もいない。宮に来た宰相からユウの話を聞いて、久々に人に興味を持った」
何度も失敗しながら、客人が魔力を増やす食べ物を作った。自分が食べても何の変化も無いのに、他の者の役に立ったら嬉しいなんて、面白い人間がいたものだ。会えるのなら、夜会に参加してもいいかもしれない。
「出てみたら……私のことを恐れずに一緒にロワグロを食べようなんて言う。人と食事をするなんて久しぶりだった。勢いよく食べる姿を見て、魔力の有無とは関係ない生きる力を感じたんだ」
「テオ……」
俺は、テオの話を聞きながら胸が痛くてたまらなかった。
ロワグロを贈られたことも、毒見のことも、王族だからそんなこともあるだろうとしか思っていなかった。自分と同じような人間だとは考えていなかった。
「テオ……テオ、ごめん」
「どうして謝るんだ?」
「俺……、王族だからって勝手にレッテル貼ってた。テオのこと、一人の人間として見てなかった」
テオがくすくすと笑う。王宮の人間だって、皆そうだと。
「……魔林での経験は、なかなか悪くなかったぞ」
「えっ?」
魔林の中で何匹もの魔獣と戦った。魔獣の魔力を片端から吸収して攻撃に使う。傍らのレトに使えるのは治癒魔法だけだ。小さな傷の手当てをしてもらいながら、応援部隊が救援に向かうまで魔林を歩き続けた。
「自分の力で他人を守れるなんて思ったことがなかった。レトが言うんだ。『殿下、ありがとうございます。助けを呼んで、ご一緒にユウ様を探しましょうね』って。自分たちが助かるかもわからないのに」
――そんなことを言われたら、ユウに会うまで頑張らないわけにはいかないだろう?
テオは俺を見て笑う。
「魔林の中で食べられるものを見つけて、二人で分けた。ユウが言っていた、人と分けるってことを知ったんだ。レトと二人で、ユウのことばかり話していた」
俺は、またしてもボロボロと泣いてしまった。自分はすごくちっぽけなのに、優しい人たちが周りにいる。これが女神様の加護なら、たくさんありがとうを言いたい。
「……テオが助かってよかった。今度からもっとまじめに女神様に御礼を言う」
「ありがとう、ユウ」
俺はテオの手が温かくなるまで、ずっと握っていた。テオがうとうとと
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