第30話 魔林での日々

「……どの。ユウ殿!」


 目を開けると、ゾーエンが心配そうに俺を覗き込んでいた。

 指先には乾いた草の感触があり、周りが揺れていない。俺は地上に寝ていた。


「大丈夫ですか? 若いウーロだったので、思ったよりも速く飛び続けてしまいました。かなり辛かったでしょう?」

「う……ん。ウーロは……」

「あそこに」

 

 少し上の木の枝に、蛍光グリーンの鮮やかな体が巻きついている。ウーロも疲れているのか、動かずじっとしている。


「今日はここまでです。おかげでかなりの距離を移動できました」


 ゾーエンが動けない俺の側で状況を話してくれる。ウーロの滑空距離はかなり長く、順調に第三騎士団の駐留地に向かっている。ウーロの背でとうとう気を失った俺が樹上で寝るのはきついだろうから、地上まで下りてきたのだと言う。


「ここ……、だいじょ……ぶ?」

「とりあえず、近くに魔獣の気配はないですね。いざとなったら、また樹上まで上りましょう」


 俺たちは大きな木の根元にいた。周りが揺れないってすごいことだ。

 ゾーエンが手のひらほどの大きさの果実を幾つも手にしている。皮を剥いて食べると、水分がとれるという。魔林の中で人が食べられるものは貴重らしくて、ナイフで切ってもらったものをありがたく受け取った。少しずつ口にすると、水気が多くてほんのりと甘い。


「おいしい。すごく楽になる……」

「ずっと何も召し上がってなかったでしょう? これは地上に下りる時にウーロが見つけてくれたんですよ」


 ウーロは普段、植物型の魔獣や果実を食べる。滑空を止めた後に、俺たちを乗せたまま果実を探しに行ったらしい。


「おかげで助かりました。食料もですが、水の代わりになるものは大事です」


 魔林の中で水や食べ物はどうするのかと思ったが、手持ちの食料が尽きれば自力で探すしかない。大事なのは水だが、水のある場所には危険も多い。魔獣たちに水が常に必要なわけではないけれど、水のある場所で育つ魔獣もいるからだ。


「少し離れた場所に湧き水を見つけました」


 にっこり笑うゾーエンに、ほっとする。彼に会えなければ、俺はあのまま茸魔獣に喰われていた。

 そうだ、喰われていた、といえば。


「……ゾーエン。テオたちは、大丈夫かな」

「殿下たちが連れ去られた相手は、ミウドールですね」

「うん。確か、怖いこと言ってた」


 蜂型のミウドールは、獲物に卵を産みつけて餌にすると言う。巣に運ばれて餌にされてしまったらどうしよう。テオも心配だけど、レトはもっと心配だ。それに、ジードだって。たった一人で、この魔林の中を迷っているんだろうか。考えているうちに、どんどん不安でいっぱいになる。


「はい! そこまで!」


 ゾーエンがパン!と両手を鳴らす。


「ユウ殿、殿下たちのことは応援部隊も探しているでしょう。何とか逃れてくださっていることを祈るばかりです。それに」


 ――魔林に来た以上、まず自分が生き延びること。それぞれが、今できることをするしかないのです。

 

 ゾーエンの言葉は、ひどく心に響いた。



 俺たちを乗せてくれるウーロは、人との意思の疎通がしっかりできる。飛び蛇たちは温厚な性格のものが多くて、人の行動に合わせてくれるそうだ。初日に俺がダウンしてからは、ゾーエンの速度を落とせと言う要求も聞いてくれていた。ただ、ウーロにも問題はある。


 ウーロは果実を食べるけれど、好物なのはオルンのような茸型の植物魔獣だ。飛行の合間に見つけると、まっしぐらに向かっていく。何度も急な動きに振り落とされそうになって、ゾーエンがぼやいた。


「食べ物をとる時以外は、ちゃんと話を聞いてくれるのに」


 そうか、魔獣だって生き物なんだから腹を満たすために動く。それなら腹が減った時用に食べ物があればいいんだ。


「じゃあ、餌があればいいんだよね。ちょっと試してみたいことがある」


 洗面器ぐらいの大きさのオルンを見つけたので、ゾーエンに虫型の魔獣を捕まえてもらった。傘の中央に落として様子を見ていると、すぐに縁がめくれて丸くなる。ぴたりと口が閉じてから、茎を切り落とした。そのまま開いてしまうかと思ったが、傘の部分は固く閉じたままだ。コロンと丸い餌オルンの出来上がり。


「ウーロ! おいで!」


 大きなボールのようになったオルンを投げる。樹上からするりと下りたウーロがあっという間に飲み込んだ。見る間に膨らんだ体が黄色く光る。


「やった!」


 それから俺たちは、茸型魔獣を見つけてはウーロの餌にするようになった。ただし、ゾーエンのように魔力がある者が持つと、魔獣の出す魔力に酔う。自然に、餌やりは俺の役目になった。

 樹上から下りてきたウーロに向かってオルンを投げる。ウーロがそれをパクリと飲み込む。続けて二個投げると、ウーロはそれらも次々に飲み込んだ。


「ご飯終わり!」


 右手を上げると納得したように、ウーロは少し太い木の枝に移動して巻きついている。食事をした後は蛍光グリーンの体がピカピカと黄色に光るので、居場所がわかって便利だ。ゾーエンが感心したように言う。


「……すごい。すっかり慣れましたね」

「まさかウーロが食べ物で手なずけられるとは思わなかったな」


 何となく、ウーロは俺の言葉を聞いてくれる気がする。「ご飯だよ」「もう終わり」ぐらいなんだけど。ただ、オルンの匂いが付いているのか、時々長い舌でべろりと体を舐めるのは勘弁してほしい。




 魔林を移動するようになって五日目。

 ゾーエンから朝食用の果実を受け取って食べていると、小さな魔獣たちが何匹も近くを走っていく。


 今日は朝から魔林の様子が変だった。昼行性の魔獣たちは陽が昇ると活動を始め、夜行性の魔獣は巣で休む。ところが、陽が昇っても魔獣たちの声が聞こえない。ざわざわと何かがずっとうごめくような、落ち着かない気配だけが伝わってくる。


「ねえ、ゾーエン。今日は何か変じゃない?」

「ええ、空気がおかしいです。魔獣たちも小型のものしか動いていない」


 ウーロの様子も変だった。食事の後、忙しなく木を上り下りしている。普段はまったりのんびりしているのに。どうしたんだろう……と言いかけた時だった。


 突然、大地がぐらりと揺れた。


「え?」

「ん?」


 幾つもの魔獣の叫び声や咆哮が聞こえる。地を走る魔獣たちの数が一気に増えていく。


「ユウ殿! 地上は危険です。木に登りましょう!」


 ゾーエンがウーロに一声かけると、ウーロが樹上から素早く下りてくる。俺たちを背に乗せて、一際太い木の上にするすると上った。頂上付近の枝に座れば、魔林が一望できる。

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