第25話 旅の途中
「それって」
「魔林の中で消息を絶った者たちがいるということだ。現地でも必死に探している」
ドッ、ドクドクドク……。胸が早鐘のように鳴る。
――ジードは? その中にいるのか?
「ユウ?」
「……行方不明の人たちの名前、わかる?」
「まだ報告が上がってきていない」
俺は小さく息を吐いた。まだ詳しいことはわかってない。ジードだとは限らない。そう思うのに、嫌な汗が出てくる。
「ユウは確か、第三騎士団に会いたい者がいると言っていたな」
黙ったまま頷く俺に、テオは気遣うように言葉を選んだ。
「報告を受けたのは三日前だ。第三騎士団は五隊に分かれ、それぞれに小隊が存在する。魔林の中に偵察として入った中の二小隊が帰還していないと聞いた」
「……二小隊」
「魔林の中でさえなければ魔力探知が出来るが、魔獣が多い場所では難しい。個々の人間の魔力は小さすぎる」
そんなところに、ジードたちはいるんだ。俺がのんびりしていた間に。
「だが、まだ気落ちするのは早い。第三騎士団は他の騎士団とは違う。元々が辺境の魔獣を専門に駆逐している者たちだ。無事に戻る可能性は高い」
「……うん。そうだよね」
悪い方にばかり考えちゃだめだ。そうだ、じいちゃんがよく言ってた。
――不安は疑心を呼び、本物の厄を呼びよせる。それよりも、今自分にできることを考えろ。
俺は大きく息を吸った。
「ごめん、テオ。悪い方にばっかり考えちゃだめだよな。あのさ、他の魔獣のことも教えてくれる?」
テオは、じっと俺の目を見て頷いた。
「わかった。私が知る限りの魔獣について教えよう」
その後しばらくして、俺とレトは甲高い叫び声を馬車の中に響かせることになった。すぐ側を警護していた近衛たちが慌てて馬車を止める。涼しい顔をしたテオとは対照的に、今にも吐きそうな顔の俺たちに驚いて、部隊は休憩をとった。
「どうなさったんです、ユウ様? 馬車に酔われたんですか?」
「いや、酔ったのは馬車にじゃない。魔獣に……」
「魔獣?」
木陰で座っていると、ぐったりした俺に驚いて、エリクが声をかけてくれた。自分も青い顔をしたレトがお茶を運んでくる。ミントみたいな香りのするお茶で、一口飲むと気持ちが落ち着いた。
テオは自分が言った通り、次から次へと魔獣を見せてくれた。竜や動物系の魔獣の後に出たのは、巨大な昆虫や蜘蛛、ムカデやミミズに似た魔獣だった。大量のバズアが動くのも嫌だが、手や足がうじゃうじゃあるのも嫌だ。虫たちが苦手じゃなくても、デカいサイズになっただけでぞっとする。
「……ねえ、エリク。魔獣って色々いるんだね。俺、何もわかってなかった」
「私も王都勤務が長いので、辺境に赴くのは久しぶりです。第一や第二の中には全く辺境の経験がない者もいます。魔力が高い者ばかりを選抜しましたが、気を引き締めていかなければ」
エリクは一時の休憩をとっている騎士たちを見渡す。決意を秘めた凛々しい横顔に見惚れてしまう。
「エリクはすごいなあ」
「ユウ様こそ」
「俺は別に……」
「この世界で生きる道をいつも前向きに考えていらっしゃる。私も見習わねばと思います」
俺を見る瞳には優しさが溢れていて、ほんわりと温かい気持ちになる。いつの間にか、魔獣たちのことも忘れていた。
再び出発した時、魔獣の勉強は少しずつお願いしたい、とテオに申し入れた。また部隊を止めることになっては申し訳ない。
日が暮れようとする頃に宿に到着した。だが、そこは俺の想像とは全く違っていた。
「ホーレンエフ城、到着にございます」
近衛の言葉に馬車を降りると古城があった。エイランの王宮より断然小さいが、物語の中に出てくるような尖塔の付いた美しい城だ。正面扉の前で、たくさんの使用人が左右に分かれて深く頭を下げている。
「今宵はここに宿泊し、明日の朝出発する」
エリクの言葉に、騎士たちがほっとしたような声を上げる。レトにこっそり囁いた。
「宿って、旅人が泊まるような専門の宿屋があるんじゃないの?」
「ありますよ。商人や平民が泊まる宿もありますし、貴族相手の宿もあります。ただ、高位貴族や王族が旅をする時は、領地にある城や、通り道にある貴族の城に滞在します」
成程、王太子であるテオがいる以上、その辺の宿屋に泊まりはしないのだろう。
ホーレンエフ城は直轄地にある王家の城だ。現在、城に住んでいる王族はいない。しかし、いつ立ち寄ってもいいように、専属の使用人たちによって常に整えられているという。
今回は王太子と騎士たちが立ち寄るとの通達を受けて、何日も前から部屋や料理の準備がされていた。
この世界に来てから、王宮でしか生活したことがない俺は、おとぎ話に出てくるような城に興味津々だった。夕暮れに到着したため、すぐに夜がやってくる。城のあちこちには魔石による明かりが灯されて、思ったよりもずっと明るかった。
夕食は、俺とテオだけが広い部屋に案内されて、給仕が付いた。レトや騎士たちは別の部屋で食事をする。身分制度がはっきりしている国だから仕方ないとは思うけれど、何だか寂しい。折角、皆で食べられると思ったのにな。
食事は、穀物の煮込まれたスープに炙った肉。チーズに茹でた野菜や果実が出された。王都でよく見るものが多くてほっとする。
「旅で温かいものが食べられるのって嬉しい。じゃあ、早速……」
いただきます! と言おうとした時だった。
「待て、ユウ。まだ食べてはだめだ」
「……なんで?」
「ここには、毒見役がいない」
――どくみ?
言葉と料理が結びつかずに目を瞬くと、テオが食卓の皿の上に手をかざす。手の平から見る間に光が広がった。俺はテオから目が離せなかった。
夜になる前の空のような藍色の瞳が、一瞬、髪と同じ銀色の光を帯びる。さあっと手の中の光が消えるのと同時に、テオの瞳の色も元に戻った。
「い、今の……」
「食事の中に危険なものが入っていないかを調べた。特に問題はない」
テオは当たり前のように言って、飲み物のグラスに口を付けた。
「毎回、こんなことするの?」
「いや、王宮では私が行う必要はない。食事は専門の者たちが作り、毒見役もいるからな。ただ、王宮を離れたならば、話は別だ」
それは、テオが王太子だからなんだろうか。黙り込む俺にテオは不思議そうな顔をする。
「……テオは、温かいものは食べられるの?」
「え?」
「いや、俺の国の昔話にあるんだ。今、それを思い出した」
俺はテオにじいちゃんから聞いた昔話を語った。
昔話の殿様は、いつも毒見された食事ばかりで冷めたものしか食べたことがない。こっそり町に行き、初めて食べた温かい料理のおいしさに感動する。城に戻ってからもう一度その料理を食べたいと作らせるんだけど、殿様の元に届くまでには、毒見をするからやっぱり冷めてしまう。殿様は町で食べた味が忘れられなくて、あの土地のものが一番だと言うんだ。
本当は笑い話なんだけど、その昔話を聞いた時に、俺は悲しくて仕方がなかった。
「温かいものを温かいうちに食べるおいしさを、殿様は知らなかった。確かに命が一番大事だけど、何だか可哀想だと思ったんだ」
「そんなことは、考えたこともなかった。王族なら当たり前だと思っていた」
「……テオも色々、大変なんだな」
テオが俺を見て、ふっと笑った。
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