第二章 魔林

第24話 南への同行者

 南へ向かう日が来た。

 非常時なので壮行会はないけれど、出発前に国王陛下との挨拶がある。


 この世界では、それぞれの国の最初の王は皆、生命を生み出す海の女神トリアーテの子どもたちだ。女神の子である神々は大きな魔力で国を治めた。その力は今も、王族たちに脈々と受け継がれている。力ある王から言葉を賜ることで、人々は身に宿る魔力を向上させるのだという。


 『王の』と呼ばれる広い部屋に入ると、中には陛下と宰相が立っていた。驚いたのは、陛下の格好だ。騎士団の黒の礼装に国王のマントをまとって微笑んでいる。そう言えば陛下は、元々騎士団を率いていた方だ。


「来たか、客人よ」

「はい、陛下。色々お世話になりました。何ができるかはわかりませんが、行ってきます」

「其方が向かうだけで励みになる者もいるだろう。現地では送られたピールが大層役立っていると聞く。騎士たちに代わって礼と感謝を」


 国王陛下の言葉はいつも温かい。じんわりと心に沁み込むようで、魔力のない俺でも元気をもらえる。ピールが役立っていると聞いて、心からほっとした。

 宰相が一歩前に出て、俺と後ろに控えたレトに目を向けた。


「南部の現状は安全とは言えず、客人殿をお守りするためにこの度、同行者を選ばせていただきました。早速ですがお目通りを」


 続き部屋の扉が開いて、足音も高く、三人の男たちが入ってきた。


 ――は?


 一瞬、目を疑った。


 ……なんで?


 王太子テオドア・エンツアールが優雅に微笑み、藍色の瞳をきらめかせている。呆然と見つめていると、殿下は俺の前に立ち、二人の騎士がその後ろにひざまずく。真っ白な礼装の二人は王族の近衛騎士だ。だけど、そのうちの一人は忘れもしない。夜会で俺を睨みつけてきた男だった。銀色の髪に紫の瞳。俺は、ごくりと唾を飲みこんだ。


 ……ソノワ伯爵令息。ジードの許嫁の、兄。


「この二人は私の警護に当たると同時に、ユウ殿の命を守る。二人とも、腕は立つので安心してほしい」

「あの、ちょっと聞きたいんだけど」

「何なりと」

「もしかして、王太子殿下も一緒に行くの?」


 殿下がにっこり笑った。


「ふふ、その通りだ。ユウ殿が行くなら、私も行ってみようと思って」


 ……ふふ、じゃねえ!!!

 誰か言ってなかったっけ?好奇心は猫をも殺すって。危ない危ないって言ってる場所に、大事な王太子を行かせていいのかよ?それに、殿下はあまり外に出ない人なんじゃなかったの?


 心の中で叫びまくっていると、王太子殿下が眉を寄せて考え込んでいる。


「うーん、この間聞いたばかりの……ユウ殿の世界の言葉。こんな時に使うのがあっただろう? 確かこの先も一緒に…と言う挨拶が」

「え? あ……と、よろしく?」

「そうだ! どうぞよろしく、ユウ殿」

「うん……よろしく……お願いします」


 跪く近衛騎士たちにも同じ挨拶をすると、彼らは俺に丁寧な礼を返した。


「ランバルト・ドゥエと申します。身命を賭してお守り致しますゆえ、ご安心を」

「ゼフィール・ソノワにございます。我らは御身の手足となりましょう。何なりとお申し付けください」


 目が合ったソノワ伯爵令息の瞳が一瞬、暗く光ったように思ったのは気のせいだろうか。言葉もなく部屋を出た俺の後ろで、レトが一生懸命励ましてくれる。


「ユウ様、元気を出してください。ご一緒なのは王太子殿下たちだけじゃないんですから。第一騎士団や第二騎士団の騎士もいますよ」

「……うん、わかってる」

「ほら、騎士たちが待っていますよ」


 外に出ると、南に一緒に向かう騎士たちが整列して待っていてくれた。


「ユウ様!」


 ――えっ?


「お待ちしてましたよ! 参りましょう!!」


 俺たちを待っていた中にいたのは、エリクと第一騎士団の騎士たちだった。


「エリク────ッ!!」


 俺がまっしぐらに走って行くと、エリクは破顔した。エリクの前で立ち止まると、力強く手を握ってくれる。


「エリク、え、りく……」

「ユウ様、出発前は誰でも不安になるものです。ご安心ください。これからは私たちがおります」


 エリクの言葉に、じわっと涙が浮かぶ。エリクがいてくれたら大丈夫だ。わらわらと第一騎士団の騎士たちが俺たちの周りに集まってくる。


「そうですよ、ユウ様! 何しろ部隊長はこの応援に参加するために、連日、団長たちと揉めまくって……」

「あっ! バカ!」


 ばちっと鋭い光が騎士たちの間で炸裂した。小さな花火が爆発したみたいな光だ。


「ひえッ」

「静かにしろ。ユウ様がびっくりなさるだろう」


 エリクの言葉に、俺の涙も騎士たちの言葉も引っ込んだ。

 応援部隊はエリクが隊長となって率いることになった。出発までに騎士団を何度訪ねても会えなかったのは、今回の準備に忙殺されていたらしい。俺とレトと王太子殿下は馬車に乗り込み、騎士たちに囲まれて出発した。


「ところで、ユウ殿。私のことはテオと呼んでくれ」

「テオ……様?」

「いや、呼び捨てで構わない」

「それは……不敬ってやつでは?」


 馬車の中でいきなり切り出されて、俺は動揺した。馬車の中にいるのは、俺と王太子殿下とレトだけだ。レトは俺の世話人なので馬車の同乗が許されている。しかし、まるで置物のように黙りこくり、気配を消していた。


「私が良いというのだから、構わない。それより、私もユウと呼んでいいだろうか?」

「それは全然構わないけど」


 殿下……いや、テオは嬉しそうだ。王太子なんて偉い人は、なかなか名前で呼び合うなんてことないのだろう。


 南部までは宿屋に泊まりながら十日ほどかかるという。その間に、俺は魔獣について学ぶことにした。

 レトにあれこれ尋ねていると、向かい側で本を読んでいたテオが一緒に教えてくれた。テオは、びっくりするほど博学だ。言葉だけではイメージできない俺のために、手の中に魔獣の姿を浮かび上がらせてくれる。


「まずは、今回大繁殖しているバズア」


 テオの右手から淡い光が出たかと思うと、目の前に小さな魔獣が現れた。

 鮮やかな緑の葉に真っ赤な花。花びらには黄色の斑点がついていて毒々しい。花の真ん中は、ぽかりと空洞になっていた。 


「この中心は、餌を取り入れる口だ。奥に魔獣の命ともいえる核がある。バズアは核を潰せば死ぬが、潰さなければ再生する。ただし、核を潰そうと迂闊うかつに近づけば、麻痺まひどくのある体液をかけられ、触手に絡め取られて餌にされてしまう」


 しかも、植物魔獣のバズアは自分の種をき散らし、どんどん増えることができる。


「こんなのが、いっぱいいるの……?」


 テオが頷くと光の中の画像が変わった。バズアがわさわさと増えて、つる状の触手がうごめいている。


「ぎゃっ!!」


 隣に座っていたレトと一緒に飛び上がる。


「あまりに増えると魔林の均衡が崩れかねないが、大抵は他の魔獣に食べられてしまうので問題ない」

「ああ、それで今度は他の魔獣が増えちゃうのか」

「そうだ。バズアは魔力が高いからな。バズアを食べた他の魔獣が分裂して増えたり、巨大化したりするんだ」

「ひええ……」


 魔力が高いってことは、つまり食べ物として高カロリーだってこと? しかし、こんなのが食べたり食べられたりしてるところに行くのか……。


「あのさ、テオ。第三騎士団はどんな状況か知ってる?」


 ジードからの手紙は届かず、どこからもはっきりした情報は入ってこなかった。でも、王様やテオなら知っているかもしれない。

 テオの眉が曇り、藍色の瞳が僅かに伏せられた。


 ……胸の奥に押し寄せる、この不安な感じは何だろう。


「第三騎士団と共にいる魔術師から、王宮には逐一報告が届いている。あまり良い状況とは言えない」

「良い状況じゃないって……」


「行方不明になった小隊がある」


 ──行方不明?

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