第21話 殿下からの贈り物
「ユウ様、贈り物ですよー!」
「……レト、これ送り返したらまずいんだよね?」
「だめです――ッ!!」
レトが涙目になっている。
目の前のテーブルには、粒の揃った美しいロワグロが積まれている。届いたばかりの美しい箱にはひらひらした金のリボンがかかり、中には艶々の高級フルーツ。
夜会の翌日から毎日のように贈り物が届いて、今日でちょうど一週間だ。
「だって、さすがに食べきれないし」
「……でも! 送り返すのはだめです!! 絶対だめ!」
これだけは譲れないとレトが叫ぶ。
「いいですか、ユウ様! 贈り物を返すのは、貴方のことを好きじゃない、って意味です!」
「あああ……」
確かに好意的じゃない。俺たちの世界でだってまずいと思う。しかも、フルーツの差出人は、この国の王太子殿下だ。
最初の日はロワグロのみで、翌日からは他のフルーツも一緒に入っていた。嬉しいけれど、さすがに食べきれない。三日目に、勇気を出して殿下からの使者に言った。
「ありがとうございます。でも、もうお気持ちだけで十分ですと、どうぞ殿下にお伝えください」
しかし、どう判断したのか贈り物は止まず、届くのが一日置きになっただけだった。
「王太子殿下、いったいどうしたんだろう? 夜会で俺が山ほど食べたから、よっぽど好きだと思ってるのかな。別に好物なわけじゃないって言ったはずだけど。レト、よかったらこれ、持って帰らない?」
「ひっ!」
何、その反応。
レトは蒼白になって小さく首を振った。俺を見てぷるぷる震えている。
「……だ! だめですうぅ。殿下からの品を私たちが頂戴するなんて!」
「何で? このままじゃ、折角の品が無駄になるよ。俺の食事なんて今や、三食フルーツ! もう、これ以上は魔石オーブンに入れて乾かすしかない……」
「た、高いのに! 殿下がユウ様に贈られた品はエイラン王国の最高級品ですよ? で、でも、これはユウ様の為に殿下がお送りくださったものですからご自由に……」
「ご自由にできるはずなのに、人にあげるのはだめっておかしくない?」
レトいわく、上位の相手からもらったものを簡単に他人に下げ渡すのは失礼らしい。宮廷生活も色々お作法があって大変である。
「あ、じゃあさ! あげるんじゃなくて一緒に食べるのはどう? それならいい?」
「えっと……。はい、それは大丈夫かと思います」
「やった! 王立研究所に持っていってもいい? そうすれば、ゼノやラダも食べられるよね」
レトが頷いてくれたので、早速実行することにした。
じいちゃんが言ってた。うまいものは、皆で分け合ったら、もっとうまくなるって。
研究所でのアルバイトは無事に終了し、出かけるのも久々だ。早速フルーツがぎっしり詰まった箱を抱えて、研究所に向かう。
研究所は部署ごとに分かれていて、食事もそれぞれの部署でとることになっている。殿下からもらった果物を持ってきたと言うと、所長が仰天した。急遽、高級果物の試食パーティが行われることになり、あちこちの部署から人が集まってきた。
「先日の夜会で陛下からお褒めのお言葉を賜り、今日は王太子殿下からの贈り物をユウ様がお持ちくださった。皆で食べようとのお心遣いだ」
所長の挨拶にわっと歓声が上がったものの、皆、どこか緊張した顔をしている。どうやら、本当に食べていいものか戸惑っているらしい。それでも、俺とレトが剥いた果物を皿に載せると、おずおずと口に運ぶ。一口食べた途端に、あちこちで笑顔が見られた。
「……おいしい! ロワグロなんて初めて食べました」
「この果実は南方にしかない品では?」
「そう言えば、この間の夜会で聞いた話ですが……」
普段は黙々と研究に励んでいる人々が、楽しそうに話している。
じいちゃんは、うまいものは人を笑顔にするとも言ってた。あれは本当だなあと思う。
ラダが俺の隣にやってきた。何故か呆れたような顔をしている。
「……ユウ様は、全く気前がよくていらっしゃる。どれも簡単には手に入らないものばかりなのに」
「気前がいいかな? でも、俺が部屋で一人で食べるよりずっといいよ」
「欲のないことだ。結局ピールの製法も全部、この研究所に渡してくださったし」
「最初からその約束だったよ。最初に俺が言った通り給料は支払われてるし、王様からは報奨金までもらったし、もう十分! 俺、ラダに感謝してるんだ。第三騎士団にピールを運べるようにすごく頑張ってくれたよね」
ラダの尽力と働きかけによって、多くの魔石が国から提供され、大量の魔石オーブンが製造された。おかげでピールの生産効率が上がり、ジードたちのところに発送することができたのだ。
「本当にありがとう、ラダ」
「……いや、別に。仕事ですし」
いつもよく話すラダの声が小さくなり、黙々と果物を口に運びはじめた。
よかった、ラダも果物好きだったんだな。俺は嬉しくなって、自然に口元が緩んだ。
「ラダ殿も、たまには照れるんですねえ」
「照れる……?」
「ええ、普段は結構はっきりものを仰るでしょう? 照れてる時だけ静かになるんですよ」
いつの間にか隣に来ていたゼノが、おかしそうに笑う。ラダを見ると、確かに頬が赤かった。
「失礼します」
扉が開いて、一人の騎士が入ってきた。あれは、エリクの率いる第一部隊の騎士だ。大柄な騎士は少し硬い表情で、まっすぐに所長のところに向かう。騎士が話し出すと所長の表情が曇った。
「……それで、南の状況は?」
「第三騎士団は善戦していますが、厳しい状況です。バズアの繁殖が強すぎて、他の魔獣も活性化しています」
騎士から聞こえたバズア、の言葉にざわりと緊張した空気が流れる。楽しげに話していた人々の表情が不安げに揺れた。
何だろう、それ。魔獣を活性化させるようなもの?
「ユウ様!」
騎士が俺に気づいて、笑顔で手を挙げた。所長と話し終わったのか、こちらに向かって歩いてくる。
「……話してるのが聞こえちゃったんだ。第三騎士団のいる南部は大変なの?」
「ええ、そうなんです。もしかしたら第一や第二からも応援を出さなきゃならないかもしれません。その際には、ピールを食料として持参できないかと話しているところです。今日はザウアー部隊長から言われて、相談に来ました」
優しいエリクの顔が受かぶ。エリクも行ってしまうんだろうか。
「あのさ、バズアって何?」
「巨大な植物魔獣の一種です。甘い香りで他の魔獣を誘い、近づいた獲物を捕らえます」
……あれ? 前にどこかで聞いたことがあったような気がする。どこでだったかな?
騎士はバズアについて詳しく教えてくれた。
南部地方は高温多雨で、魔獣たちが多く住む魔林がある。そこでは数年に一度、バズアが大量発生する。あまり動かない植物魔獣なので、他の魔獣の格好の餌になる。元々保持している魔力が高い為に、バズアを食べた魔獣の力も一気に高まるのだという。
「おかげで、バズアが大量発生した年は、他の魔獣も増えるんです。活性化した魔獣の群れが魔林から出て村や町を襲うことも多くて、なかなか討伐も終わりません」
「……そうだったのか」
俺の頭の中に、初めて聞いた魔獣の名前が渦を巻く。バズアか。そいつがいなくならないと討伐は終わらず、俺はジードに会えない。
女神に祈り続けていることしか、今の俺にできることはないんだろうか。
……何か、もっといい方法は。
その晩、俺は巨大魔獣の口に、たくさんの果物を投げつける夢を見た。
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