第20話 王太子との出会い

「公の場に伴侶と出席する時は、互いに同じものを身につけるんです。それが無二の相手だと示す証立あかしだてとなります」

「証立て……。それは、何でもいいの?」

「ええ、宝石でも服でも。他の者から見て、すぐにわかるものなら」


 俺たちの世界で、揃いの結婚指輪をつけるようなものかな。


「此度の世話人は優秀だな。おかげで客人は見事な成果をあげられた」


 後ろから声をかけられて振り向くと、銀色の髪に藍色の瞳の美形がいた。レトとゼノが息を呑む。二人はすぐさま並んでひざまずき、深く頭を垂れた。


「えっ?」


 ……この人、もしかしてすごく偉い人なんだろうか?

 

 そういえば、まだ名前も聞いていなかった。

 柔らかに微笑んだ美形が、彫像のように身動きしない二人に話しかける。


「そんなにかしこまる必要はない。客人も驚いている」

「あの、貴方は……」

「……あ! ユウ様っ!」


 血相を変えて叫んだレトを、俺の隣に来た人物が目で制した。


「申し遅れました、客人殿。私は、テオドア・エンツアール。どうぞお見知りおきを」


 優雅な礼と共に手の甲にキスをされる。きちんと礼を返さなければ、と思った時だった。

 ふと、スフェンが言った言葉が耳に浮かんだ。


『ヨロシク……と、ユウがよく言うだろう。その度に真剣な顔をするから、大事な挨拶なんだと思って』


 俺は深々と頭を下げた。そして、顔を上げてじっと相手の目を見た。


「俺はサダ・ユウです。こちらではレトや王宮の皆さんにお世話になっています。よろしくお願いします。……あの、よろしくって言うのは俺の国の挨拶なんです」

「挨拶? その言葉にはどんな意味が?」

「色々あるけど……。これから仲良くしてほしい、とか、一緒にやっていきましょう、とか」


 藍色の瞳は驚いたように瞬く。次の瞬間、小さな笑い声が上がった。


「一緒に……か。私とも、これから親しくしてもらえたら嬉しい」

「……はい!」


 ほっと息をついて傍らを見れば、レトが目を見開いて口をパクパクしている。何か言いたいことがあるんだろうか。ゼノは、そんなレトの手をぎゅっと握りしめていた。

 

「皆様方、ご静粛に!」


 その時、華やかな音楽が止んで、宰相の声が響き渡った。中央で繰り広げられていたダンスは終わり、大広間は水を打ったように静かになる。


「これより、我が国へ大いなる恩恵を授けられた客人たちに、陛下よりお言葉を賜ります」

「ああ、ちょうどいい。行こう」

「……えっ?」


 銀髪の美形が俺の手を引いて歩き始めると、あっという間に左右に人が分かれて道ができる。人々が次々に頭を下げ、優雅な礼が続く様は細波さざなみのようだ。俺だけがまるで、訳も分からず保護者に付いていく子どもだった。

 大広間の奥には一段高い場所があり、そこに玉座がしつらえられていた。国王に王妃、輝く金髪に青い瞳の一族が並び、一斉にこちらに目を向ける。国王陛下が俺の前の人物をじっと見た。


「ほう、其方そなた自ら客人を迎えに参ったか?」

「御意にございます。我が国の功労者を一目でも早く見たいと心がはやりました」


 ……この二人はどういう関係なんだ?


 言葉は静かだけれど、何だか空気が重い。まるで猛獣同士が威嚇し合ってるみたいだ。俺は猛獣使いではないので、さっさとこんな緊迫した空気から逃げ出したい。

 

「王太子殿下と客人殿のお出ましにございます。皆様、温かい拍手を!」


 宰相の言葉に、すぐさま万雷の拍手が湧き起こる。


 おう……たいし? ちょっと待って。

 

 国王一家とは前に挨拶も会食もしたけど、銀髪に藍色の瞳なんか見かけなかった。皆、金髪に青い瞳だったはずだ。いくら何でも、こんなに目立つ人を見逃すはずがない。

 一人で混乱していると、不意にレトの言葉が浮かんだ。


『ユウ様、いいですか? 身分が上の方に、こちらから話しかけたり質問したりしてはだめですよー!』


 さっき、レトが金魚みたいにパクパクしてたわけがわかった。


 ごめん、レト。せっかく教えてもらったのに、だめだって言われたことばかりしてたよ……。もう、泣きそう。


 衝撃のあまり、これ以上ないぐらい固くなっている俺の隣で、王太子は美しい微笑みを浮かべている。

 国王陛下が、ゆっくりと立ち上がった。見事な体格の陛下は、豪華な服の上からでも筋骨隆々としてるのがわかる。元々は力自慢の第二王子で騎士団を率いていたが、兄王が病で亡くなり、代わりに王位に就いたと聞いた。


「南部で発生した魔獣たちの討伐に際し、客人の作り出した食物が騎士たちを大いに助けていると聞く。誠に喜ばしい。客人の叡智とたゆまぬ努力に深く感謝する」

「あ、ありがとうございます」


 陛下の視線はとても温かい。

 

「客人と共に力を尽くした者たちも、大儀であった」


 ねぎらいに満ちた言葉に、後ろに並んでいたラダやレトにゼノ、研究所の所長が涙ぐんでいる。大広間はたちまち、嵐のような拍手に包まれた。


 ……もう俺、帰ってもいいかな。そろそろ限界なんだけど。


 自分たちの表彰が済むと、どっと力が抜けた。ラダやレトたちはあっという間にたくさんの人々に囲まれているが、俺のところには誰も来ない。それはどうやら、ぴたりと離れず隣にいる人物のせいらしい。興味津々といった視線は感じるのに、貴族たちからは遠巻きにされているだけだった。

 俺より二十センチは背の高い王太子殿下を見上げると、銀色の長い睫毛が揺れる。


「何か聞きたいことがありそうだな」

「いえ、今までお会いしたことがないなと思って。それに、王族の方たちは皆、金髪に青い瞳だと思っていました」

「違いない。私は王族には異質な外観と、少々変わった魔力を持っている。だから、あまり外に出ないようにしているんだ。揺れでやってきた客人の話は聞いていたけれど、会うのは今日が初めてだな」


 ……王太子なのに人前に出ないんて。よっぽど特別な力なんだろうか。


「ただ、私の力は魔力の無い者にはきかない」

「じゃあ、同じですね」

「同じ?」

「元々魔力のない俺と、魔力が俺にきかない殿下なら、一緒かなって。どっちも魔法が関係ないから。……あっ! ロワグロ!!」


 殿下の後ろの長いテーブルには、山ほどのご馳走が並んでいる。段々になった皿の一番上に、高級食材であるロワグロが見えた。目にしたのは公爵家に招かれた時以来だ。


「さすが、王様の夜会……! あのロワグロが、山ほどあるなんて!!」


 ふらふらと近づいていくと、真珠色に輝くフルーツが、銀皿に宝石のように並んでいる。他にもこんがり焼かれた肉や魚がふんだんにある。脇に控えた給仕係に向かって、思わず叫んだ。


「すみません、ロワグロください! あと、そっちの肉も!」

 

 俺の言葉に給仕係は頷き、次々に皿に盛ってくれる。

 

 疲れた時には、甘いものが一番だ。

 幸せな気持ちで振り返ると、呆然と俺を見ている王太子殿下がいた。


「あ、すみません。つい夢中になって」

「……客人殿は、ロワグロが好きなのか?」

「え? いえ、食べられる時に食べておこうと思って。高級品はそうそう食べられないし」


 砂糖やスイーツのない世界では、甘いものは貴重だ。ましてやロワグロは貴族のフルーツ! もう二度とお目にかかれないかもしれない。

 

「殿下も食べませんか? お腹すいたし」 

「そう、だな。客人殿が……、そう言うのなら」


 俺はその後、続き部屋に用意されたテーブル席に移動して、殿下と共に山盛りのロワグロを平らげた。


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