第22話 王太子の許可

 翌日、俺はスフェンを訪ねた。


 スフェンは王宮の財務省で働いている。以前、貴族で身分も高いのに働くのかと聞いたら、王宮内での人脈を作ることは重要だと言っていた。それに自分は三男だから、家を継ぐこともないしと。

 急に訪ねて仕事の邪魔をしては悪いので、昼休みに合わせて向かう。王宮の上級職は、正午から一時間を昼食および休憩時間と定めている。


 レトに教えてもらった部屋の前まで来ると、立派な扉が開いて、次々に人が出てくる。華やかな容貌で姿勢の良いスフェンは、すぐにわかった。


「スフェン!」

「ユウ! どうしたんだ。こんなところに来て」

「スフェンに相談があって来たんだ。少しでいいんだけど、時間を取ってもらえる?」


 俺は思い出したのだ。たしか、スフェンの生家の公爵家は、南に広大な領地を持っているはず。南部のことについて教えてもらえるんじゃないだろうか。


「いきなり来てごめん。でも、スフェンにしか頼めないと思って」

「……そんな言い方をされたら弱いな。わかった、ちょっと待ってくれ」


 スフェンはすぐに同僚たちに話をつけ、俺を連れて外に出た。


 スフェンの後をついていくと、真っ白なクロスの掛かったテーブルと椅子が幾つも見えてくる。テーブル同士の間隔は広く、近くの木々の葉が陽射しを遮り、穏やかな風が吹いていく。王宮に、こんなオープンカフェのような場所があるなんて知らなかった。


 テーブルを挟んで、クッションの置かれた椅子に腰を下ろした。さっと給仕がやってきて、スフェンが二人分のお茶と軽食を頼んでくれる。


「さて、ユウの頼みは何だい? わざわざ私のところに来たぐらいだから急ぎなんだろう?」

「うん! スフェンに南部のことを聞きたいんだ。第一騎士団の騎士が言ってた。他の騎士団から第三騎士団の応援に向かうかもしれないって」

「……ああ、バズアが増えているからな」


 スフェンの顔が一気に暗くなった。


「たしか、植物の形の魔獣だっけ?」

「……そうだ。今年は特にひどい。魔獣たちの住む魔林は、南部地方の中でも最南端にある。現地からの報告では、近年にない多さだそうだ。このままでは魔林に飲み込まれる土地も出てくるだろう」


 ――飲み込まれる?


 魔獣が大量発生すると空気や土中の魔力濃度が変わり、土地自体が変化してしまう。魔力過剰な土地では作物は育たず人は生きられないので、全てを捨てて逃げるしかない。農民にとっては、死ぬほどつらい選択なのだとスフェンは言う。


「い、今、南部はそうなろうとしてるの?」

「バズアの繁殖が止まらなければ、一部の土地は魔林と化すだろう。最初は、こんなことになるなんて思わなかった。第三騎士団が行けば、すぐに収まると思っていたのに」


 ……スケールが大きすぎる。


 全く実感の湧かない俺の顔を見て、スフェンが慰めるように優しく言った。


「心配しなくていい、ユウ。王都からは遠く離れているから大丈夫だ。近々、他の騎士団からも討伐隊が出ると思う」


 俺は考え考え尋ねた。


「ねえ、スフェン。今、俺が南に行くのは難しいかな?」

「……ユウ。君は、私の話を聞いていたのかい?」


 スフェンの眉間に皺が寄っている。心なしか声も低い。


「難しいも何も、無謀に決まってるだろう! 南には近寄らないのが一番だ!!」


 スフェンの言う通りだ。でも、このままじゃ、それこそ何年もジードに会えないかもしれない。そんなの嫌だ。


 ちょうどその時、頼んだ食事が運ばれてきた。

 スモークされた肉に付け合わせのチーズや野菜が添えられている。小さめの皿の上には、大人のこぶしだいのパンがあった。硬めだけれど、綺麗な狐色に焼かれたパンだ。


 俺は、焼き立ての温かいパンを手に取った。

 前にレトが言ってた。異世界からやって来たパン職人が、この国にパンを普及させたって。自分が焼いたパンを世話になった村人たちに食べてもらいたい。だから、何年もかけて、職人はこの世界で作れるパンを研究し続けた。


「……あきらめたら、そこで終わりだ」


「ユウ?」

「このパンだって、あきらめなかったからできた。ピールだってそうだ!」


 スフェンが目を丸くしている。


 くすくすと小さな笑い声が聞こえた。

 俺とスフェンが目を向けると、陽射しの中に銀色の髪が輝いている。端正な面差しは、夜会で見た時のままだ。そして、俺の頭の中には大量のフルーツが、ごろごろと転がっていく。


「……王太子殿下」

「食事中のところ申し訳ない。天気がいいからたまには外でお茶を飲もうと思ってね。ちょうど通りかかったんだ」


 スフェンがすぐさま給仕を呼んで、殿下の席を作らせた。

 王太子殿下が微笑んで、俺とスフェンの間に座る。給仕からお茶の入ったカップを受け取った殿下は、まるで一枚の絵のようだった。


「ユウ殿はどうして南に行きたいと?」

「第三騎士団に……早く戻ってきてほしいと思っています。会いたい人がいるんです」

「ほう?」


 殿下の藍色の瞳が俺をじっと見た。何だか心の奥まで覗かれてしまいそうな不思議な瞳だ。


「でも、このままじゃいつ会えるかわかりません。確かに俺が行っても何にもならないけど、ここで何もせずに待つのは嫌だなって思ったんです。バズアを見たら、何かいい案が浮かぶかもしれないし」


 スフェンの眉がつりあがっている。王太子殿下がいるので、何とか怒りを堪えているらしい。

 殿下はお茶を一口飲み、優雅な微笑みを浮かべた。


「なかなか、面白いかもしれないな」


俺とスフェンは同時に殿下を見た。美貌の主は歌うように言葉を続ける。


「客人がと共に訪れる時、エイランに新たな風が吹く」

「……?」

「我が国に昔からある言い伝えだ。揺れでやってきた客人が新しい恵みをもたらすことを言う。現にユウ殿は、果実の皮から魔力を増やす食べ物を作った。南部の魔獣を見たら、新たな知恵が浮かぶ可能性はある」


 王太子殿下の言葉に俺は動揺した。ピールの効果は偶然の産物で、いつもうまくいくわけじゃない。簡単に作れそうなプリンだって見事に失敗したんだ。


「いや、あれはただの思いつきだから。魔力の効果だって、狙ったわけじゃないし」

「構わないだろう。確かに成果はあったのだから。……ユウ殿」

「はい?」

「私が許可しよう。南へ行かれることを」


 ……へ? 南へ行ける?


「で、殿下!」


 スフェンが椅子からガタンと立ち上がった。顔色が蒼白になっている。


「恐れながら、魔力のない者には危険だとしか思えません! ユウは異世界人で、魔獣がいない平穏な国から来たのです。魔獣の恐ろしさなど、少しも知らないのです!」

「……控えよ、スフェン・ルブラン」


 殿下は手にしたカップを静かにソーサーに戻した。仕草は優雅なのに、発する言葉には有無を言わせぬ力がある。

 スフェンは、はっとしたように唇を閉じ、深く礼をした。殿下はにっこり笑う。


「しかし、其方の心配ももっともだ。ユウ殿には、しかるべき同行者を用意しよう」


 こうして、あっという間に俺の旅立ちが決まった。

 

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